二百七十三 大事な言葉
多種族同盟と命名された同盟の調印式は、シーリザニア王都ズーラーンで行われる事が決まった。急ピッチで修繕された離宮が、その会場だ。
シーリザニアには、ティザーベルとヤードの二人で行くことに決まった。レモはまだ帝都から帰してもらえず、いいようにこき使われてるらしい。フローネルは妊婦なので、最初から除外だ。
五番都市からズーラーンに移動し、マレジアに指定された場所で彼女と落ち合った後、そのまま王宮のスンザーナの元まで連れて行かれた。
彼女を交えて警護に携わる依頼を正式に受け、シーリザニアの形式で契約を行っている。こちらには冒険者組合がない為、スンザーナとティザーベルとの個人間での契約という事になるのだ。
「面倒だけれど、形式は大事だから」
スンザーナの言葉に頷く。国相手の仕事な為、口約束だけでは心許ない。スンザーナ個人は一応信頼しているけれど、国となると話は別だった。
契約書には、契約期間と契約内容、報酬などがきちんと記載されている。
「帝国と交易をするようになったら、ぜひ冒険者組合も受け入れてほしいね」
「そうね。仕組みをよく理解してから、導入したいと思うわ」
即答しなかったスンザーナには、好感が持てる。一国の王なのだから、新しい仕組みを導入する際には、しっかりと吟味してもらいたい。冒険者組合、ギルドはそれに耐えうる組織だと思っている。
ギルドが導入されれば、貧困層への助けにもなるだろう。無茶をやらかす人間も増えるだろうが、何より細かな雇用の創設にもなるはずだ。
そして帝国のギルドと提携してくれれば、いつでもこちらに来て魔物を狩ることが出来る。ティザーベルにとってもおいしい話だった。
契約が完了し、王宮から用意された滞在先に移動しながら、マレジアとあれこれ話す。話題は主に帝国の事だ。
「それじゃあ、そのくたばり損ないの爺さんは、まだ五番都市にいるのかい?」
「くたばり損ないって……まあ、四番都市の受け入れ体制がまだ整わないからねえ」
再起動させた都市は、現在フル稼働で都市機能の回復に努めているそうだ。予備機能で最低限の体裁は整えていたけれど、やはり「使う」となると、色々と足りないものばかりだという。
四番都市で言えば、医療に必要な薬剤も道具も古くなってしまっているので、新しく作り直しているところなのだという。それを一つの都市で賄えてしまう辺りが、地下都市か。
用意された滞在先は、王都でも五本の指に入るという宿だった。ここも王都襲撃の際に壊滅状態に陥ったそうだが、王都復興に併せて再建し、先日ようやく営業を再開出来るまでになったという。
宿の入り口でマレジアとは別れ、用意された部屋に入る。移動倉庫から通信機を取り出すと、着信が入っていた。セロアだ。
「何だ?」
着信と一緒に、メールも入っていたのでそちらを見ると、どうやら帝都に戻らなくてはならなくなったらしい。
何でも、クイトが来て「暇なら手伝って!」と言われて連れ出されたらしい。何をさせられるのやら。
クイトは能力は高いけれど、事務に関しては壊滅という話をいつだったか聞いた事がある。彼が忙しいのは本当だから、セロアの事務処理能力が必要なのだろう。なんとなく、書類に埋もれる二人を想像して笑ってしまった。
警備に関する打ち合わせを数日間行った後、とうとう調印式本番の日がやってきた。
現在、離宮は結界に覆われていて、出入り出来る場所は一つに絞っている。ここを通る人間はもれなく支援型がこっそり検査しており、武器及び危険物――毒薬などを持ち込まないように見張っていた。
警備をする以上、他の兵士達と見た目を揃えるという事で、ヤードはシーリザニア兵と同じ武装を、ティザーベルは案内役の女官と同じ服を着用している。
「こちら、一列での入場をお願いします」
にこやかに案内をしていると見せかけて、通る人間をもれなくチェックするのだから割と大変だ。主に顔の筋肉が。
――そろそろ頬の辺りがつりそう……
中に入れるのは、調印式の出席者のみで、護衛その他は入れない決まりになっている。そこをごねる者達もいて、その辺りは別に人間が対処していた。いつの世も、勝手な連中はいるものだ。
そんな中、見知った顔が来る。
「おお、久しいな」
ヒベクス枢機卿……いや、あの後教皇についたヒベクス一世だ。後ろにはフォーバルもいる。
「お久しぶりです。参加者の方のみ、こちらからどうぞ」
「うむ。ではな、フォーバル」
「行ってらっしゃいませ」
フォーバルはおとなしくヒベクス教皇を見送り、従者用に用意された控え室へと案内されていく。
こうしてスムーズに行く時もあれば、そうでない場合も当然あった。
『三人後の男、毒薬を所持しているわ』
パスティカからの連絡に、そっと魔力の糸を伸ばす。列に並んでいた三番目の男が、声もなくその場で倒れた。
「何だ!?」
「どうしたんだ?」
「お静かに。ご気分が優れないようですので、救護室の方へご案内いたします」
ティザーベルの言葉に、慌てた周囲の人達は落ち着きを取り戻す。「特別」な客を救護する為の兵士に目配せし、倒れた男を運ばせた。これで既に十五人目である。その全てが、聖国周囲の国からの使者だというから笑えない。
――同盟に参加する気がないのなら、最初から来るなっての。
聖国周辺の国々は、亜人を奴隷として迫害していた国が多かった。根付いた亜人差別からの抗議行動なのか、それとも奴隷商売でうま味を得ていた者達の反抗か。どちらにせよ、この離宮の中に入れる訳にはいかない連中だ。
半分くらい人が通り過ぎた頃、彼等は来た。
「ツイクス!!」
甲高い女性の声が響く。声のした方を見ると、獣人の、おそらく女性だ。ツイクスという名に、引っかかった。どこかで聞いた名だ。
声を上げた女性は、まっすぐにヤードの元へ走り寄る。ここでようやく、彼女があの獣人の村にいた女性だと気づいた。
――彼女が……
獣人の要素が強いウェソン族でも、なんとなく表情がわかるものなのだと、初めて知る。彼女は、ヤードにあえてとても嬉しそうだ。
素直な性格なのだろう。何やらヤードに話しかけている。その背後から、同じウェソン族の年嵩の人物が声をかけた。
おそらく、彼があの村の長だ。一度しか見ていないのでよく憶えてはいないけれど、この場にいるという事は、そうなのだろう。
少し離れた場所でやり取りをする三人を、見ていられなくなって視線を逸らした。自分の仕事を、しっかりしなくては。
目の前を通過する人に意識を集中していたら、先程見た獣人の男性が来た。後ろには、彼女。
「調印式に参加される方のみ、お通りください。付き添いの方は、あちらに」
型どおりの言葉を述べて、目の前を通過する男性を見送る。彼女の方は、別の案内人に案内され、控え室へ向かうのが目の端に映った。
ヤードは、今誰を見ているのだろう。
同盟の調印式は、無事終了した。最後まで気は抜けなかったけれど、おかげであれこれ考える暇がなくて助かったくらいだ。
最後の参加者が会場の離宮から出て行くのを見送り、小さな溜息を吐く。何だか、精神的に酷く疲れた。
式が終わった後の離宮は、何だか寂しそうに見える。ティザーベルは最期まで残って、結界を解いてから王宮に報告に行かなくてはならない。
古ぼけた粗末な木の椅子に座り込んで、一人また一人と離宮を後にする人達を眺める。これも一種の祭りの後の寂しさか。
「大分減ったな、人」
いつの間にか隣に来ていたヤードがこぼす。彼の言った通り、後片付けをしている人間があと数人残っているだけだ。式の間は、あれだけの人であふれかえっていたというのに。
「みんな日常に帰って行くんだよ」
「何だそりゃ」
「調印式なんて、非日常でしょ? その中に集まった人達だから、非日常が終われば、日常に帰って行くんだよ。この離宮だって、そう」
だから、寂しく感じるのだ。それでも、非日常の中にいれば、日常の何てことはない出来事を懐かしく感じる。人間なんて、我が儘なものだ。
――いや、非日常が続くのなら、それはもう日常?
冒険者なんて「非日常」が常の生活をしていると、時折感覚がおかしくなってくる時がある。その時に、今の感覚は似ていた。
小さい溜息を吐いたら、隣から唐突に声がかかった。
「俺は、ずっと側にいる」
驚いて見上げると、ヤードの視線は前を向いていて、こちらに意識を向けている様子は見えない。それでも、先程の言葉は、自分に向けて放たれたものだ。
無言で見上げていると、彼が再び口を開く。
「どこにも行かずに、側にいる」
ぶっきらぼうなその言葉が、ひどく胸に染みた。きっと、これまで聞いてきた言葉のどれよりも、とても大事なもの。
無言のまま見上げていたら、まるで答えを催促するように、視線だけがこちらに向いた。何だか、少しおかしい。
そう思ったら、もう小さく笑い出していた。隣でむっとした気配を感じるけれど、こうなったら止まらない。
ひとしきり笑った後、涙がにじんだ目元を指先で拭いながら、答えた。
「そうだね。私も、側にいるよ」
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