二百七十二 同盟

「んで? 仕事抜け出してこっち来たの?」


 宿泊施設で出迎えてくれたセロアを連れて、一階にあるティールームに入る。庭を散歩中だったフローネルにも連絡を入れたところ、すぐに戻るというので居場所を伝えておいた。


 目の前に座るセロアは、ティザーベルの質問にけろっと答える。


「まさか」

「じゃあどうしたのよ?」

「んー。現在私に出来る事ってなくてさあ。でも、所属が変わっちゃったからカウンター業務する訳にもいかず。暇を持て余すくらいなら、こっちに行ってろってクイトが」


 思ってもいなかった名前が出て来た。ぴくりと肩が揺れたが、セロアは気づいていないらしい。


 なら、このまますっとぼけて話を続けてしまおう。


「あの情報共有システムって、クイトも噛んでるの?」

「彼ねえ、今凄い出世してるよ。ギルドの情報共有に関しては、国の上層部が口突っ込みたくてうずうずしているらしくてさ。ギルド側としては困ってた訳。で、そこに上層部側からの代表って形で、彼が立候補したみたい」

「へえ……」

「で、結局ギルドだけで動く話じゃなくなってさ。そこら辺、一度整理するからって、私が関わる部分も一旦凍結状態になったのよ」

「それはまた」

「まあ、国が絡むってのは、前々から聞いていた話だけどさ。ギルドだって、国の機関な訳だし」

「まあ、そうだね」


 上層部の目論見としては、一番は税の取りはぐれをなくす事だろう。地方に行けば行く程、役人の汚職が蔓延していて税金がきちんと中央に納められない事は多い。それをなくすのが、最大の目的だという。


 ギルドとしては、以前から言われていた通り、預託金の使い勝手の悪さを改善すると共に、所属する冒険者達の評価を正しく行う為の下地にするそうだ。


 以前、ティザーベル達が請け負った仕事に、地方のギルド支部の不正を見つけるというものがあった。そんな依頼が来る事からもわかるように、中央の目が届きにくい地方は何かと不正が横行しやすい。


 リアルタイムで連絡が取れるシステムがあれば、今よりは不正を見つけやすくなる、というのがギルドと国の上層部の共通意見だった。


「でもさあ、その程度で不正やら汚職がなくなる訳ないと思うんだけど」

「まあねえ。その辺り、上の方は見て見ぬ振りなのか、気づきたくないだけなのかわかんないけど。まあ、下っ端の私達は、言われた通りに仕事をこなすだけだからねー」

「ドライだなあ」

「このくらいでなきゃ、やってられないわよ」


 すまじきものは宮仕えというところか。とはいえ、どんな仕事にも良い面もあれば悪い面もある。宮仕えは厳しい面も多いが、その分保障がしっかりしているのだ。


 おかげでギルド職員は、いつでも花形職業である。地方へ行けば行く程、この傾向は強い。


「ところで話は変わるけどさあ」

「何?」

「彼とはどこまで進んだのかね?」


 いきなりにやついた顔で聞かれ、飲んでいたコーヒーを吹き出した。


「きったな!」

「あ! あんたが変な事言うから!」

「えー? 変な事なんて言ってませんー。で? どうなのよ?」

「どうもしません」

「まだグズグズしてんのー? あの人いい男なんだから、あっという間に取られちゃうよー? うちに前いた連中思い出してごらん?」

「ぐ……」


 何も言い返せない。今はなんとなく側にいてくれるけれど、このまま何の進展もないままなら、いつかは離れていくのではないか。


「……まさか自分がこんな事で悩む日が来るとは」

「そう? 私はいい事だと思うよー。あのユッヒみたいなバカは論外として、あんたダメ男に引っかかりそうな感じだったもん」

「何だと?」


 意外な言葉だ。一体いつ自分がダメ男に引っかかりそうになったというのか。


 だが、セロアの言葉はさらに意外なものだった。


「だってさ、あんたってラザトークスじゃ鼻つまみ者だったじゃない? 同じ扱いのユッヒならともかく、あの街の事情知らない男なら、簡単に甘い言葉で騙せそうって心配だったんだよ?」

「あんた、私の事、そんな風に見てたんかい」

「だって、ある意味そうなったじゃん。出会って間もないのにレモさん達とパーティー組んじゃうし、その後まんまとヤードさんに惚れ込むし」

「いや、それは――」

「反論は認めませーん」

「理不尽!」


 喚くティザーベルを放って、セロアは至ってマイペースだ。カップから飲み物を一口飲んで、真面目な表情でこちらを見る。


「正直、あの二人が性悪だと思ったら、あんたを引き剥がそうと思ってたくらいだよ。結果として問題なかったけどさ」

「少しは人を見る目くらいあるわい……何、その目」

「疑いの目だよ。……でもまあ、厄介な連中からの申し出は退けたみたいだしねえ。でも、あれってザミ達が関係していたからじゃないのかなあ……」

「何をブツブツと」

「こっちの話。とにかく! ちったあ積極的に行動しな! なくしたくないならね」

「そういうあんたはどうなのよ?」


 セロアはインテリヤクザ様ことメラック子爵に思いを寄せていたはずだ。だが、彼女からの返答はかなりドライなものだった。


「私は最初から観賞用だからいいの。現実的にはまあ、同僚辺りで手を打っておこうかなーと」

「え? そんな相手いるの?」

「これから見つける」

「あんた……人の事言えないじゃない」


 がっくりとうなだれるティザーベルの前で、セロアは気にした様子もなく、カップを傾けていた。




 そんな話をした翌日、状況の方が動き出した。


「護衛?」

『そう。あんたらに、依頼したいと思ってね』


 五番都市の中央塔最上階室。そこでマレジアからの通信を受けていた。部屋の中にはヤード、フローネル、セロアもいる。


 マレジアによれば、教皇逝去の後に聖都で行われた宣言に基づき、各地で迫害されていた少数民族や亜人を巻き込んだ、大がかりな同盟が結ばれるという。


 その調印式の護衛を、ティザーベル達に頼みたいとの事だった。


『スンザーナの嬢ちゃんも、あんた達に会えるのを楽しみにしてるってさ』

「ああ、あの王女様……じゃなくて女王様は、元気にしてる?」

『元気元気。あちこちを飛び回っていて、お付きの連中が音を上げる始末さ』


 シーリザニアは、今回の同盟の中心的役割にあるという。確かに、元から亜人差別が少なかったあの国が中心にいれば、他の地域の亜人達も安心だろう。


『今回の同盟は、聖国を中心にした狭い範囲だけどね。そのうち拡大したいって話も出てるんだ』

「じゃあ」

『そっちのエルフの嬢ちゃんの里や、あんた達が作った新しい里なんかも、将来的には参加してほしいもんだ』


 向こうの大陸も、動き出しているのだ。


「あ、でも、護衛は最悪私だけになるかも。ネルは今、お腹に赤ちゃんがいるから」


 さすがに妊婦を護衛に引っ張り出す訳にはいかない。画面の中で、マレジアが驚いた様子を見せた。


『おや! そうなのかい。おめでとう。あのレモって男の子かい?』

「あ、ありがとう。うむ、そうなんだ」


 少し頬を赤らめながら、フローネルが答える。何だかそんな様子まで微笑ましい。


『そうなると、こっちにこれそうなのはあんたとヤードの兄ちゃんだけか……ああ、そうだ。その兄ちゃんが世話になってた獣人の村があっただろう? あそこも、今回の同盟に参加するんだってよ』


 ぴくり、とティザーベルの肩が揺れる。


「あの村は、大分離れているのではないか?」


 代わりのように答えるフローネルに、マレジアは頷いた。


『どうやら、獣人達の付き合いってのは、大分離れていてもあるようでね。今回の同盟には、いくつかの村が合同で参加するんだってさ』


 獣人、特に獣の要素が強いウェソン族は、一日に移動出来る距離が長いそうだ。そのせいで、付き合いのある村が広範囲に散らばっているのだとか。


 今回は、ヤードが世話になっていた村が中心になって、同盟に参加するらしい。

『という訳で、同盟調印に来るのは、その村の長と孫娘だそうだよ』


 ティザーベルは、思わずヤードを横目で見る。彼の顔からは、何の感情も読み取れなかった。

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