二百七十 四つの地下都市
「という訳で、ネルののろけがきついっす」
セロアとの夜の定期通信の時間に、ティザーベルが愚痴る。レモが帝都に行っていて寂しいのか、以前よりも一緒に過ごす時間が多かった。その為、のろけを聞かされる時間が増えている。
フローネルはフローネルで、誰かに言いたかったらしく、現在側にいるティザーベルは、格好の餌食だった。
彼女の愚痴を聞き終わったセロアからの返答は、大変短い。
『合掌』
「ちょっと! いきなり祈るな! 私は仏様か! 何とかしてよもう……」
『帝都にいる私には、なんとも出来ないわねえ。頑張れー』
最後の一言が非常に軽い。とはいえ、正論故、何も言えなかった。
「いっそ私もそっちに戻ろうかな……」
『ネルに、五番都市で出産するよう勧めたの、あんたでしょ? 無責任な事言いなさんな』
「うえーい……」
これまた正論だ。やはり反論出来ず、その日の通信を終えた。
それからも、セロアとの通信はティザーベルからの一方的な愚痴で終わっている。それでも辛抱強く毎日通信の相手をしてくれるのは、これまでティザーベルが一方的にセロアの愚痴を聞いてきたからだろう。
レモが設計図を届けに帝都に行ってから約十日。ただのお使いのはずが、何やら帝都でいいように使われているらしく、まだ帰ってこない。フローネルが心配していて、ストレスが心配になる程だ。
そんな中、マレジアから通信が入った。
『散々考えたんだけど、やっぱり頼んでおこうと思ってねえ』
「今度は何?」
『そんな嫌そうな顔、しなさんな。いやね、残る四つの地下都市の事だよ』
「ああ」
現在、ティザーベルが再起動させた地下都市は全部で八つ。地下都市自体は十二あるので、残りは四つだ。
これまでは、どちらかと言えば必要に迫られた為に再起動してきた面がある。平穏に戻った今、地下都市に手を入れる必要性は感じられないのだが。
『……六千年、ほったらかしだったからね。ここらで一度、再起動させてやりたいんだよ』
「つまり、マレジアのノスタルジアに付き合えと?」
『そんなとこかね。自分で再起動出来りゃ、こんな事は頼まないんだが』
以前も、そんな話をしていた。再起動にはかなりの魔力を必要とする。幸い、ティザーベルは必要量を一人で賄えたから問題はないが、本来なら複数人の魔法士で行うものだそうだ。
他大陸は、長らくクリール教という宗教が魔法を否定した為、魔法士や魔力持ちが迫害されてきた。そのせいで、ろくな魔法士が育っていない。
無論、地下都市を再起動させられるだけの魔力持ちの魔法士もだ。
「……正直、再起動させるだけなら、こっちには何のメリットもないんだけど」
『わかっちゃいるよ。だけどね。あんたが生きてる間だけでも、甚大な災害が起こらないとも限らない。地下都市は、災害用のシェルターでもあるんだ。備えあれば憂いなしっていうだろ?』
どうにも、うまいことマレジアに丸め込まれている感がある。確かに再起動に関してティザーベルにはうま味はない。
だが、逆に言うとデメリットも殆どなかった。災害の多い国に生きた記憶がある以上、備えが大事なのはよくわかっている。そういう点を突いてくる辺り、さすがは年の功と言うべきか。
『それに』
映像通信のマレジアは、にやりと笑う。
『あんた、今老人の治療を行ってるんだって? 魔法治療に特化した研究を行っていたのは、確か四番目じゃなかったかねえ?』
思わず、通信の画面に手近なものを投げつけそうになった。
結局、ネーダロス卿の治療に有効かもしれない、という一点で、残り四つの地下都市の再起動が決定した。マレジアからは、残りの地下都市の位置情報が提供されている。
「また見事に北と南に別れたなあ……」
四番と八番が北極圏、六番と九番が南極圏にあるらしい。そのどれも、孤島の地下にあるというのが特徴だ。
四番が魔法医療を、六番が細菌やウイルスを、八番が魔法義肢及び再生医療を、九番が魔法道具のインプラント技術を主に研究していたという。
最優先させるのは、この中なら四番だが、どうせなら一日で全ての都市を回れないだろうか。
メインダイニングのテーブルに地図を広げて唸っているティザーベルの元に、フローネルがヤードと共にやってきた。
「どうしたんだ? ベル殿。何やら唸っていたようだが」
「ああ、ちょっと、マレジアから頼まれた事があってさ」
ちらりと二人を見て、すぐに地図に視線を戻す。フローネルがヤードと一緒に来てくれて助かった。まだ二人きりになると、間が持たなくて困る。
今まで、こんな事はなかったのに。少しだけ、クイトに八つ当たりしたくなった。
「何を頼まれたんだ?」
テーブルの上の地図に集中していたら、意外にも近くで声が聞こえる。視線を上げたら、すぐ近くにヤードの顔があった。
「うほう!」
「……何だ?」
思わずおかしな声を上げて後ずさったら、ヤードに妙な顔をされる。視線の端に映るフローネルは、やれやれといった表情だ。
「……ちょっと驚いただけ。マレジアからの頼み事は、残る四つの地下都市を再起動してほしいって事!」
驚いた事と恥ずかしさを隠すように、ぶっきらぼうに言い放つ。ヤードはテーブルの上の地図を覗き込んだ。
「随分と偏ってるな」
「まあね」
この地理的条件があったから、マレジアも決戦前に再起動させる都市を西の三つに絞ったのだろう。
「ベル殿、行くのか?」
「うん。頼まれたからね。それに、今なら都市の入り口まで支援型達に送ってもらえるから、楽だしさ」
「任せてちょうだい!」
いきなり、テーブルの上のパスティカが姿を現した。支援型は、必要がない限りティザーベルの前には現れない。
「八つの都市の力を合わせれば、地上のどこへだって、転移可能よ。それに……」
パスティカが、彼女には不似合いな苦い表情を見せる。
「都市の再起動って、私達支援型にとっては大事な事なの。だから、残る四人の姉妹を起こしてくれるのは、私としても嬉しいわ。これは、姉妹皆の意見よ」
支援型は、都市の運営を円滑に行う為に作り出された存在。そんな彼女達にとって、都市と自分は切っても切れない関係なのだ。
パスティカを通じて、全ての支援型を安心させるように、ティザーベルはしっかり彼女の目を見て答える。
「任せて。私は私に出来る事をしっかりこなしてくるから」
偶然関わり合ったけれど、都市や支援型の協力なしにはここまでの問題を解決出来なかっただろう。感謝を表す為にも、再起動はしっかりやってくる。
「あ、それからね、今度再起動させる都市は、どこも医療関連の研究を主にしていた都市なんだって」
ティザーベルの言葉に、フローネルとヤードが顔を見合わせた。
「ご隠居の事か?」
「うん。今はフローネルのおかげで少しよくなってきているけど、これ以上の治療は、この都市では難しいんじゃないかなって思って」
治療するべきものが、本人の気力などという目に見えないものである以上、完治させるのは無理かもしれない。
――でも、残る四つの都市でなら、もう少し効果のある治療が出来る可能性も、ある。
可能性があるなら治療を受けさせたいし、その為なら都市の再起動くらいお安いご用だ。
「明日にでも、行こうと思ってる」
「急ではないか?」
「いつまでもずるずると長引かせるよりはいいよ」
心配そうなフローネルに、笑いかける。彼女は妊娠がわかってから、周囲の者にも少し過保護気味だ。そういえば、妹のハリザニールにもそうだった。彼女の元々の性格なのだろう。
「一日で四つ、全部回れるように調整していくよ」
「そんな急がなくても」
「うーん、もう慣れてるしさ。時間がかかるのは、都市に入るまでだし。そこを支援型で時短出来るから、何とかなるよ。という訳で、明日一日、私は不在だから」
「一人で行くつもりか!?」
何故かヤードとフローネルの声が重なった。そんなに驚くような事だろうか。行き来はほぼ転移で行うので危険はないし、都市に入った後も厄介なのは罠くらいだ。
そちらも、既に対処法は確立されている。だというのに。
「俺も行く」
「わ、私もだ!」
どうやら、過保護な人間が一人増えたらしい。
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