二百六十九 のろけ

 クイトと入れ替わりになるように、レモ達は五番都市に残っている。特にフローネルは毎日ネーダロス卿のところに通い詰め、あれこれ話しかけているそうだ。


「昨日は、視線がこちらに少し向いたぞ!」

「おお、やったね」

「やはり、人と話すというのは大事な事なのだな……」


 フローネルの言葉に、胸が痛む。苦手意識ばかりで、ネーダロス卿の事をほったらかしにしていた身としては、大変心苦しい。


 ティザーベルだけではない。クイトもまた、しおれるネーダロス卿の姿を見たくなくて辛かったようだ。案外、フローネルくらい関係性の薄い存在の方が、うまくいくのではないか。


 ともかく、このまま良い方へ向かってくれる事を祈りたい。




 ティザーベル自身の事は、まるで進んでいない。そろそろ帝都に戻って冒険者稼業を再開してもいいのだろうが、フローネルが五番都市に滞在し続ける以上、レモが側を離れるとは思えなかった。


 かといって、ヤードと二人だけで動くのも憚られる。未だに、どうしてもぎこちない態度をとり続けてしまうのだ。


 いっそ、少し距離を置いた方がいいのかもしれない。そんな事を考えていたところ、クイトから連絡があった。


『悪い、ちょっと手伝ってえええ』


 何だか酷くくたびれた声をしている。彼が持っている通信機は、音声と文字のみの簡易版だ。


 クイトと再会した時には、どう対応すればいいのかと悩んでいたけれど、こんな気弱な声を聞くと悩みも吹っ飛ぶ。


「どうしたの?」

『デロル商会主導で作ってる船の進捗がヤバいいいい。港の整備もヤバいいいい』


 泣き言ばかり漏れてくるけれど、どちらもあちらの大陸との交易に必要なものだ。ここが整わないと、そもそも交易は不可能だった。


 よく聞くと、港の工事や船の建造に関する設計の段階で躓いているらしい。


「初歩じゃん」

『そうなんだけどさあ。帝都を作った人達なんて、とっくに墓の下だし、その技術を継承している人間がいないというお粗末さなんだよねえ』

「えー? どうなってんの? 帝国って」

『それがさあ……』


 帝都を作り上げた職人達は、出来上がった途端秘密保持の為に全員殺されたという。なんとも野蛮な時代もあったものだ。


 おかげで大規模な土木建築の技術が一度途絶え、その後の技術者達の試行錯誤によって現在の帝国があるという。


 そんな技術者達の腕をもってしても、今回は難工事だそうだ。


「まあそりゃそうだ。でかい船の建造経験なんて、軍艦かそこらでしょ? それも、そう大きくはなかったはず」


 いつぞやの海賊に占拠された街ヨストを解放する際、海軍と連携して海賊達を一網打尽にしたものだが、その時見た軍艦は外海に出て行ける程の大きさではなかった。


 南回りで東側の小国群に向かう船も、軍艦とどっこいの大きさなのだから、それの二倍三倍となると、設計段階で躓くのも頷ける。


『でしょー? だから、ちょーっと手伝って欲しいんだあ』

「……私、船を作った事も港を造った事もないよ?」

『ほら! そこは地下都市の知恵をお借りしてだね』

「そこが狙いか」

『だって! 本当に行き詰まってるんだよ!!』


 切実な理由だったようだ。下手に地下都市の能力を使うのは気が引けるけれど、現状を考えると断るのも気が引ける。


 クイトとの通話を一時中断し、側にいる五番都市の支援型に聞いてみた。


「パスティカ、現在の帝国の技術で作れる港や船の設計って、出来る?」

「問題ないわよー? ただ、今の帝国の技術力で作れる紙の大きさだと、全部を印刷する事は難しいかも」


 そっちか。そのままクイトに伝えると、声だけでもわかる程喜んでいる。


『全然オーケーだよ! 分割して印刷してもらえればいいんだし! ぜひ! お願いします!!』


 大分困っていたようだ。




 五番都市だけでなく、他の再起動済み都市からも情報を得て港と大型帆船の設計図を仕上げてもらった。


 それらは帝国で流通している紙に分割して印刷され、レモに渡された。


「じゃあおじさん、よろしく」

「ああ。……それにしても嬢ちゃん、自分で持っていかなくていいのか?」

「うん。別に、持っていくだけなら誰でもいいはずだし」

「へえ……まあいいか。俺がいない間、ネルの事は頼むわ」

「了解」


 つい先日わかった事だが、フローネルは妊娠している。だからこそ、レモもここに彼女を置いて行くのを渋っているのだが。


 エルフと人とで子供を作る事が可能なのかと思ったが、どうやら出来るらしい。ヤランクスに連れ去られたエルフ達は、避妊薬を使われていたようだ。


 それはともかく、妊婦であるフローネルは帝国にいるより、出産までこちらにいた方がいい。


 帝国は魔法技術が他国より進んでいる分、出産で女性が命を落とす確率は低くなっている。それでも、医療面や衛生面ではやはり地下都市の方が上だった。


 レモとフローネルには説明し、母子ともに健康に過ごす為、地下都市での生活を推奨している。本人達も納得済みだが、やはりこの時期に妻の側を離れるのは嫌なようだ。


「レモ、気をつけて」

「ああ。お前も体には気をつけてくれよ」

「わかっている」


 フローネルと共に見送りに来た事を後悔する。この二人の幸せオーラは、悩みに悩みまくっているティザーベルには眩しかった。


 ――おのれリア充め。


 さすがに内心とはいえ爆発しろとは思わないが、自分の前ではやめていただきたい。


 レモを無事見送って、医療施設へ向かうフローネルを送る為、車に同乗した。


「どうかしたのか? ベル殿」


 黄昏れつつ窓からの景色を眺めていたら、フローネルから声がかかった。どうやら、様子が変だと思われたらしい。


 いつもなら何でもないと誤魔化すのだが、少しメンタルが弱っていたようだ。つい、するっと口から本音が漏れ出る。


「いや、いつの間に二人がこういう関係になったのかと思って」

「それは……」


 言いよどむフローネルに、すぐしまったと後悔する。こんなプライベートな事、いくらあれこれ関わったとはいえ他人に聞かれたくはあるまい。


「えっと、ごめ――」

「私にも、よくわからないんだ」

「は?」


 思わず間の抜けた声が出る。ティザーベルの前で、フローネルはこれまで見た事がない程もじもじとしていた。


「最初は、同胞を助けるのを手伝ってくれる人としか思っていなかったんだ。それが、一緒に過ごす内に、レモの考え方や行動のしかたにどんどん惹かれていって……」

「悩みは、しなかった?」

「それは悩んださ」


 ティザーベルの質問に、フローネルは笑う。とても綺麗な笑顔だった。


「何せ人間とエルフだ。種族も違うし、過ごす時間も違う。それに、最初に想いを伝えた時、レモには断られたんだ」

「ええ!? おじさん、ネルの事ふったの!?」


 意外な言葉だった。目を丸くして驚くティザーベルに、フローネルは少し恥ずかしそうにしている。


 彼女はティザーベルの目から見ても、若くて綺麗だ。少し堅い考え方をするけれど、剣の腕も立つし、何より性格が清々しい。


 そんな彼女をふったとは。


「おじさん、なんて身の程知らずな事を……」


 レモとてもういい年だ。帝国での適齢期とされている年齢を、かなりオーバーしているというのに。彼と同年代の男がこの事を知ったら、レモを逆恨みするのではなかろうか。


 ショックを受けるティザーベルに、フローネルは照れたように笑う。


「いや、レモの言い分にも一理あるんだ。もっと若い男の方がいいとか、同じ種族の方がいいとか」

「あー……おじさん、それは余計なお世話だわ」

「だな。だから、言われた端から反論していったよ」


 つまり、今の二人があるのは、フローネルの努力のおかげという事か。とはいえ、レモもフローネルの事を大事にしているのは、端から見ていてよくわかる。


「でも、ネルはよく最後まで諦めなかったね?」


 そこまで何度も断られたら、心がへし折られそうなものだが。だが、フローネルは綺麗な笑みで答える。


「あの人に、他に想う相手がいるのなら諦めもしたが、そうではなかったから。拒絶の理由も、彼の為というより、全て私の為に言っているようなものだったし」


 のろけが始まってしまった。それからしばらく、砂糖を吐きそうになる想いで、フローネルの相手をしたティザーベルだった。

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