二百六十七 告白

 クイトが五番都市に来てから一月が経つ。ネーダロス卿の治療は続いているが、結果は芳しくない。


 それどころか、他にも色々と出て来て、入院が長引きそうだった。


「まあ、結構な年だからね……」


 疲れたように、クイトが呟く。鬱症状からの呆けが出始めていて、それに連動するように身体の衰えも次から次へと出て来ていた。


 いくら五番都市の医療施設が優秀とはいえ、人間の老化からくる衰えまではどうしようもない。


「何かさ、こうなっていると、爺さんが元気だったのってさ、日本に帰るって執念だけが拠り所だったのかなあって」

「こればっかりは、人ぞれぞれだからね」

「うん、わかってるんだけどね……」


 何か、新しい生きがいのようなものでも見つかればいいのだが。


「そういえば、ゼノから連絡来てたよ。本当にデロル商会を巻き込む事になったってさ」

「あー、ゴーゼさんの興奮した顔が目に浮かぶ」

「うん、商会からは、ゴーゼ氏が責任者として来てるってさ」

「納得すぎ。でも、あの人確か次の会頭って言われてなかったかな……」

「その立場なげうってでも、新しい大陸に行くって息巻いてるんだって」

「ゴーゼさんらしすぎる……」


 既に帝国に西の寒村地帯に、新しい港と大型船の造船所を作る計画が立っているそうだ。それらを主導しているのが、ゴーゼだという。


「いっそ、フローネルを通訳で連れて行かないかなあ」

「それ、ゼノに伝えてみるよ。でも、転生特典とかで、言語が全てわかるとか、ないんだね……」

「そりゃそうでしょ。帝国内だって、地方によっては言葉がわからなくて会話が成り立たないって事もあるんだし」


 帝国の元は、小国群だったのだ。その中から一つの強国が出現し、周辺諸国を征服していって、今の国になっている。


 東側の小国群は、昔の名残とも言われているのだ。帝国と小国群を分けるマナハッド山脈がなければ、モリニアド大陸は帝国が統一していただろう。


 その小国群の名残として、帝都から離れれば離れる程、小国で使っていた言語が残っている。


 ティザーベル達の年代は、小国の言語を教養として習うが、年配者になると普通使いの言葉として小国の頃の言語を使う習慣が残っていた。


 帝国一国ですらこれなのだから、さらに広いあちらの大陸では複数の言語が存在している。途中からは、支援型の助けを借りて言語情報を頭に直接入れていたので、苦労はあまりなかったけれど。


 フローネルならある程度の言語を扱えるし、何よりエルフの言語を使えるのが大きい。帝国が最初の交易国として想定しているのは、シーリザニアだから、フローネルなら十分通訳としての役目を果たせるだろう。


「そういえば、セロア嬢は元気にしてるって?」


 クイトに聞かれて、つい笑みが浮かぶ。セロアにも、インテリヤクザ様に渡したのと同じタイプの通信機を渡してあるのだ。


 彼女からは、毎日のようにメールが来る。


「元気だよ。元々帝都に行く事になった理由の、各街を結んだ情報共有ネットワーク構築に携わってるって。おかげでカウンター業務に出なくて済むから、面倒な連中との関わりも全部絶ってるってさ」

「ははは、相変わらずだなあ」


 他にも一緒に仕事をしている職員の愚痴も来るが、これは言う必要はあるまい。本当に困った事になったら、セロアなら自力で上司にかけあって解決するだろうから。


「少しずつだけど、動いてるんだな」

「そうだね」


 ここにいると時間の流れを忘れそうになるけれど、ちゃんと動きを教えてくれる人がいる。


 それでも、そろそろ自分も次の事を考えなくてはならない。いつまでもぬるま湯の地下都市に居続ける訳にもいかないのだから。


「あのさ」

「ん? 何?」


 クイトの声に視線を向けると、意外と真剣な顔をした彼がいる。何か、そんなに重い話でもするのだろうか。


 身構えると、彼は視線をあちらこちらに散らしてもごもごと続けた。


「こんな状況で言うかどうか、悩んだんだけど……このまんまだと、多分絶対気づいてもらえないから」

「だから、何?」


 少し強い口調で訊ねると、クイトは一つ大きな深呼吸をして、ティザーベルに向き直った。


「俺は、あなたが好きです」

「へ?」


 彼は、今、何を言ったのだろうか。混乱するティザーベルに、クイトは追い打ちをかける。


「出来たら、結婚前提で付き合ってほしい!」

「……ごめんなさい」


 するりと、自分の口から出た言葉に、ティザーベル自身も内心驚いていた。クイトを見ると、彼は少し泣きそうな顔をしていたが、すぐにその場にしゃがみ込む。


「ああああ……やっぱダメかああ……」

「えええ」


 今にも地にめり込みそうな程落ち込んでいるクイトに、何か声をかけた方がいいのかもしれないが、原因が自分にあるとなると、何を言えばいいのかわからない。


 オロオロするティザーベルの前で、クイトはしゃがみ込んで自分の膝に額を付けるようにしながら、ブツブツと呟いた。


「絶対気づいていないと思ってたし、多分無理だろうなーとは思ってたんだよー」

「えーと、何か、ごめん?」

「でもさあ、ここで言っておかないと一生後悔しそうだったからさー……よし!」


 気合いを入れると、クイトは立ち上がり、こちらに寂しそうな笑みを向ける。


「あの人でしょ?」

「……何が?」


 本気で何を言われているのかわからなくて、首を傾げる。そんなティザーベルに、クイトは何故か笑い出した。


「あははははは。そっかー、自覚なしかー」

「だから! 何なの!?」

「あのさあ、普通なんとも思っていない相手からでも、好きですなんて言われたら、断る前に何らかワンクッション入れると思うんだ。でも、入れなかったでしょ? それって、もう既に想う相手が他にいるって事だよ」

「え……」

「悲しいかな、こういうのってさ、端から見てる方がわかるんだよねえ」


 それはつまり、他人から見たら、ティザーベルが誰を想っているかが丸わかりという事だろうか。


 クイトが言う、「あの人」。そんな言い方をする人物は、一人しか思い当たらない。常に側にいる、パーティーメンバー。背の高い、いい声の男性。


 一挙に頬が熱くなる。


「あ、あれ?」

「まあ、自覚するのっていきなりだったりするしねえ。かくいう俺も、自覚したのは君らが無事に帰ってくる少し前だったよ」


 本当に、いい友達だと思っていたからさ。そう呟くクイトは、これまでに見た事がない程澄んだイメージだ。


 何だか、いたたまれない。そんな空気を読んだのか、クイトは一つ大きく伸びをすると、そっぽを向く。


「んじゃ、また爺さんの見舞いに行ってくるわ」

「あ、うん……」

「俺が言うのも何だけどさ、なるべく今まで通りでいこうよ。どのみち、お互いに忙しくなるだろうから、しばらくは顔を合わせる事も少なくなるだろうし」

「え? そうなの?」

「うん。さすがにゼノに任せっぱなしはダメだってさ」


 苦い笑いを浮かべるクイトは、手を挙げて「じゃ」と言うと、都市の入り口に向けて歩いて行く。そこからなら、パスティカの力を借りずともネーダロス卿の隠居所へ行けるよう「通路」を儲けてあるのだ。


 クイトの背中を見送りながら、ティザーベルはしばらくその場に立ち尽くしていた。

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