二百六十一 記録映像

 目の前を浮遊するパスティカに、ネーダロス卿達は言葉も出ない。


「とりあえす、案内した方がいいかしら?」

「いいわ、私達がするから。同行だけお願い」

「はーい」


 まだ呆然としている一行を促し、大通りを歩く。若干足下が怪しい人がいるけれど、倒れなければよしとしている。


「ところでベルさんや、あの妖精さんは何なの?」

「それについては、これから行くところで説明するから」

「本当だな?」

「任せろ」


 隣を歩くセロアとは、小声でそんなやり取りをしていた。




 中央塔最上階。室内に入っても、ネーダロス卿以下帝都組は無言だ。何にショックを受けているのか、ティザーベルはなんとなくだがわかる。


 部屋の中央部に、再びパスティカが浮かんでいた。


「さて、では紹介しておきます。この五番都市の支援型、魔法疑似生命体のパスティカです」

「よろしくー」

「待て! 魔法疑似生命体とは、一体――」

「五番都市だと!? では、ここと同じような都市がまだあるというのか!?」


 インテリヤクザ様とネーダロス卿では、気になる点が違うらしい。今にも詰め寄られそうなのをヤード達に押さえてもらって、説明を続けた。


「魔法疑似生命体とは、読んで字のごとく、魔法で作り上げた生命体に似たものです。皆さんには、AI搭載の高性能ロボットと言った方が通りやすいかもしれません」

「高性能ロボット……そんなもの、一体どうやって……」

「どうやって作成されたかに関しては、私も知りません。彼女達は、六千年前の魔法技術で作られたそうですから」

「六千年前!?」


 今度はネーダロス卿以下帝都組の声が揃っている。ティザーベル達は散々聞いてきた事だから今更だが、帝都組にとっては、今聞いたばかりの情報だ。


 しかも、これだけ高性能な存在が、遙か昔に作られていたなど、すぐには信じられないだろう。


「驚くのも無理はありません。私も最初に聞いた時には驚きましたから」

「では、この地下都市そのものも?」

「六千年前に作られた、研究実験都市だそうです」

「信じられん……」


 頭を抱えるインテリヤクザ様を余所に、ネーダロス卿とクイトはまだショックから立ち直れていないらしい。


「ちなみに、彼女達エルフや獣人も、六千年前に生み出された存在が種族として定着した姿だそうです」

「エルフが人為的に作られた!? そんな……」


 何故か、ここでクイトが一番にショックを受けている。


「憧れのエルフが作り物……」

「嫌な言い方するな!」


 ここにはそのエルフであるフローネルもいるというのに。クイトの言葉には配慮が欠けていたので、突っ込んでおいた。


 だが、クイトは涙目で訴えてくる。


「だってえええええ、天然物だと思ったら養殖とか! 耐えられん!!」

「耐えなくていいから。むしろ幻滅して一生フローネルや他のエルフには近寄らないでくださいお願いします」


 その方が、エルフ達の為だ。ぜひ近寄らずに幻滅したままでいてほしい。


 だが、それはそれで嫌のようだ。


「えー、でもやっぱりたくさんのエルフのお姉さんを見たいしー、出来たらお友達になりたいしー」

「あ、エルフ達は基本人間嫌いだから」

「マジで!?」


 驚いた様子のクイトに、ティザーベルは追い打ちをかける。


「向こうの大陸では、エルフは人間によって酷い目に遭わされ続けていたからね。基本嫌われてるよ」

「そんな……会う前から希望を打ち砕かれるだなんて……」

「そんな邪な希望は、とっとと打ち砕かれておくがよい」


 クイトはその場にがっくりと膝を突いた。芝居がかった様子だから、放っておいても問題あるまい。


「六千年前の技術というのは、本当なのか?」


 インテリヤクザ様は、その辺りが気になるらしい。


「本当ですよ。その時の技術は、魔法技術に反対するテロリスト達によって、壊滅させられたようです」

「テロリスト……過激なナチュラリストのようなものか?」

「どっちかっていうと、宗教絡みな気がします。魔女狩りのようなものですね」

「魔女狩り? キリスト教じゃあるまいし」

「あ、似たような宗教がありますよ」

「あるのか!?」


 いつの間にか復活していたクイトも一緒に驚いている。もう、最初から説明した方が良さそうだ。


「その辺りも含めて教えますから、少し静かにしていてください。パスティカ、お願い」

「はーい。どこから見せる?」

「もう、地下都市建設の辺りからでいいよ」

「相当長くなるけど?」

「ここ、椅子ってあったっけ?」


 結局、映像資料を見せるという事で、全員で中央塔を出てシアターに移動する事になった。




 シアターは中央塔から車で十分程度のところにある。


「車まで……」


 人数が多いので三台に分乗しているのだが、同乗する事になったクイトが呆然としているので簡単に説明しておいた。


「都市内で使うエネルギーは、全て動力炉で作られる魔力だそうだよ」

「その動力炉を動かしているのは何だよ?」

「……何だろう? 空中にある魔力? ともかく、一度起動させてしまえば、燃料の補給等はいらないみたい」

「ほぼ永久機関じゃねえか……どうなってんだよ、六千年前の技術って……」


 それに関しては、ティザーベルも思った事だ。あの技術が途絶えずに伝わっていれば、今頃この世界でも宇宙に進出していたかもしれない。


 そう考えると、もったいない事だ。


 ――マレジアは生き残ったけど、彼女一人で全ての研究を続行出来る訳でも、技術を継承出来る訳でもないもんね……


 シアターに到着し、各々好きな席に座る。半円形の座席で、傾斜もかなりついている座席だから、どこから見てもスクリーンが見やすいようにしてあるようだ。


 しかも、スクリーンは平面ではなく舞台中央に立体で映し出される。


「では、始めまーす」


 パスティカの開始の声で、シアター内が暗くなり、映像が流された。それは六千年前に地下都市建設が計画された時から作られたドキュメンタリーであり、例のテロ事件までの歴史がわかりやすくまとめられている。


 テロ事件以降は、文字のみで地下都市が凍結された事、ティザーベルによって最終的に八つの都市が再起動した事が語られた。


 また、テロを引き起こした連中のデータや、スミスの事、マレジアの事、スミスが興した宗教の事、その教会組織がエルフや獣人を亜人として迫害した歴史なども簡単に説明されている。


 最後に、教皇として長年教会組織に君臨したスミスの最後、現在の教会組織のあり方などまでが語られた。


 全ての映像が終わるまで、約四時間半。途中で休憩を入れたが、十分長丁場だ。


 見終わった後、誰からともなく溜息がもれているのが聞こえる。隣のセロアも、明るくなったのを見計らって腕を上げて大きく伸びをしていた。


 シアターから出ると、クイトやインテリヤクザ様は疑問が解消されたのかすっきりとした表情をしていたけれど、一人ネーダロス卿だけは浮かない顔だ。


「爺さん、不景気な顔してどうしたのさ?」

「ネーダロス卿、お加減でも悪いのですか?」


 クイトとインテリヤクザ様の言葉にも反応せず、ネーダロス卿はティザーベルに向かってくる。


「一つ、確かめたい事がある」

「……何でしょう?」

「この都市は、六千年前に造られたという事だったな?」

「ええ」

「では……私達のような存在が、六千年前にもいたという事か?」


 ティザーベルには、ネーダロス卿の声にならなかった言葉が聞こえたような気がした。


 私達のような、転生者という存在が六千年前にもいたという事か。


 答えはイエスだ。マレジアがいるし、他にもそれらしき存在が記録に残っている。何より、この都市の造り方を見れば一目瞭然だろう。


 だが、何故か肯定する言葉が口から出てこなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る