二百六十 行って帰って

 興奮冷めやらぬネーダロス卿とは違い、冷静なインテリヤクザ様がこちらを向く。


「……本当に、日本に行く事は可能なのか?」

「わかりません……でも……」


 多分、出来ないだろう。六千年前にその技術があったなら、マレジア辺りが試していても不思議はない。


 だが、彼女はその事には一切触れなかった。試して失敗したのか、それとも試す事すら出来なかったのか。どちらにしても、転生者がいた「日本」には行けなかったという事だ。


 ティザーベルの濁した返答に、インテリヤクザ様はすぐに気がついた。興奮して目がらんらんと輝いているネーダロス卿に声をかける。


「ネーダロス卿。落ち着いてください。いくら近代的な街並みがあったとしても、それが日本との繋がりを示すとは限りません」


 地下都市のデザインには、転生者が絡んでいたのだろうけれど、元日本人かどうかは謎だ。スミスのような例もある。


 ――そういえば、スミスって転移者だっけ? あれ? 転生者だった?


 名前が英語名だから、転移者だとばかり思っていたが、前世の名を憶えていて、それを名乗っていたという可能性はないか。


 途中まで考えて、すぐにやめた。もういない人間の事をあれこれ考えたところで、意味がない。都市の設計に関しては、それこそマレジア辺りに聞けば、何かわかるかもしれないのだし。


 目の前では、いつの間にかネーダロス卿とインテリヤクザ様ことメラック子爵の言い合いになっていた。


「そんな事はない! 文献にしっかりあるんだ!」

「ですから! その文献が間違っている可能性があると言ってるんですよ!」

「あるものか! いくら技術が向上しようと、地球世界と同じ建物が出現する可能性など、そうあるものか!!」

「地下都市を造ったのが、過去にいた私達のような存在だったらどうするんですか!」


 この場合、インテリヤクザ様の言が正しい。だが、ここで口を挟む気にはなれなかった。


「あれ、いつまで続くんだろうね?」

「さあ?」


 いつの間にか隣にいたセロアからの問いに、軽く答える。実際、ティザーベルには終わりが見えない言い争いだ。


 ハドザイドは、隠居所に入る辺りから姿が見えない。ティザーベル達をここまで送り届けるのが、今回の彼の仕事だったらしい。


 事情を知っている人間だけしかいないからか、二人の言い争いはヒートアップしていくばかりだ。


 段々、お互いへの普段からの不満に話題が移行していて、手に負えない。


「あのさあ、いい加減にしない?」


 そんなのんびりした声で仲裁に入ったのは、クイトだった。


「いい年した二人が子供みたいに言い争ってさ。みっともないよ?」


 普段、子供っぽい言動が多い彼に言われたのがしゃくに障ったのか、二人ともすぐに口を閉じた。


「出来る出来ないは置いておいてさ、その地下都市っての、俺も見てみたいんだけど、ダメかな?」

「それくらいなら問題ないけど、行ったままってのはやめてね。絶対引きずり戻すからね?」

「何故バレる!?」

「やろうとしてたんかい!」


 思わず突っ込むと、脇から小さな笑い声が聞こえる。声の方を見ると、何とインテリヤクザ様が笑っていた。


「うお。ゼノが人前で笑ってる。天変地異の前触れか?」

「あんたも失礼だね」

「まったくだ」


 言われた当人からのクレームに、クイトは肩をすくめるだけだ。


「だって、ゼノは人前で殆ど笑わないからさー」

「笑えるような状況にない事が多いだけだ」

「そうかなあ」


 なかなか闇が深そうな話だが、聞かない方が身の為だ。触らぬ神に祟りなし。


 一瞬和んだ場だったが、やはりその空気を壊したのは困った老人だった。


「そうか……そうだな。こんなところで言い争いをしている場合ではない。早く地下都市へ行かなくては!」


 その場にいた全員が、げんなりしたのは言うまでもない。




 結局、ネーダロス卿を納得させない限り、フローネルの件が片付かないという事もあって、このままラザトークスに向かう事になった。


「セロアも来るでしょ?」

「え? いいのかな……」


 行きたいのはやまやまだが仕事の事が心配のようだ。そこに、救世主が現れる。


「構わん。本部長には私から言伝をしておこう」

「あ、ありがとうございます! 統括長官!」


 統括長官はギルドの一番のトップで、インテリヤクザ様はその統括長官なのだ。一職員を仕事と偽って連れ出す事くらい、簡単に出来るという訳だ。


「権力って素晴らしい」

「ちょっと」


 セロアに睨まれたけれど、そういう事だ。


「私らがこれからラザトークスに行くのも、その権力のせいなんですけど?」

「その代わり、乗り心地がよく足の速い最新の船で行けるんだぜ。権力万歳」

「ちょっとそこの二人、何妙な事言い合ってんの」


 呆れた様子で声をかけてきたクイトに、ティザーベルはセロアと一緒にしらけた視線を返した。


「権力持ちが何か言ってるわよ?」

「えー? 私ら庶民にはわからないわー」

「そうよねー」

「ぐ……いじめっ子共め」


 反論出来ないクイトが悪いのだ。恨みがましい目でこちらを見る彼に舌を出しながら、ティザーベル達は再び船上の人となった。




 七号水路を下り、ラザトークスへ。時刻は十六時。帝都に到着したのが午前中だったから、本当にかなりの速度で戻った事になる。


 宿を取る事すらせずに、街を出て大森林に入る。軽装のままの彼等を見て、冒険者達がぎょっとした顔をしていた。


「まあ、ここに入るのにろくな防具もつけずに行くなんて、自殺行為だもんね……」

「防具はないけど結界を張っておくから問題ないよ。それに、人目がない場所に行ったら、すぐに都市まで移動するから」

「お? もしかして、瞬間移動的なアレですか!?」

「食いつくのそこかよ」

「当たり前でしょう!? 前世からの夢じゃない! 一瞬で遠い場所に行けるなんて! 素晴らしきかな魔法技術!」

「ああ、まあね……」


 特に通勤の際によく思ったものだ。ラッシュの電車に乗り続けていた頃は、人間性が崩壊しかけていた。


 遙かな過去を思い出し、ティザーベルはセロアと一緒に遠い目になってしまう。後ろでヤード達が何やら言っているようだが、気にしない。


 大森林には道はないが、多くの冒険者が踏みしめて作った獣道のようなものがある。森の浅い場所、手前にはこうした道がいくつも走っていて、森に迷い込まずに狩りが出来るのだ。


 その道が消える辺りが、森の中間だ。ここまで来る冒険者は希で、そろそろ人目を気にする必要もなくなる。


「もういいかな?」


 辺りを魔力の糸で探るが、人はいない。それでも用心には用心を重ねて、全員を覆う結界をもう一つ張り、その表面に光を反射する効果を付ける。


 これで、結界の中を覗かれる心配はない。


『パスティカ、お願い』

『はーい』


 脳内で五番都市の支援型であるパスティカに頼み、大森林の中間に入ってすぐから、都市入り口まで移動させてもらった。


 ティザーベル達はもう慣れたが、他の者達はそうではない。さすがに悲鳴を上げる者はいなかったけれど、クイトですら呆然としている。


 彼等の前に広がるのは、そろそろ夕暮れに染まる頃の地下都市だった。


「これが……」

「おお……ついに……」


 一人、ネーダロス卿だけは、歓喜に打ち震えている。そんな彼等の前に、パスティカが姿を現した。


「お帰りなさーい。それと、こっちの人達がお客様?」

「ええ、そうね」


 空中を飛び回る、妖精のような存在。瞬間移動で度肝を抜かれたネーダロス卿達は、再び驚愕するのだった。

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