二百五十九 懐かしい人達との再会

 今回、ハドザイドは本当にただの「お使い」だったらしい。


「ヤサグラン侯爵の部下を、そんな私的なお使いに使うとか……」

「まあ、さすがはご隠居ってところかねえ」

「そんな隠居やだ」


 帝都へ向かうヤサグラン家所有の船のデッキで、レモと並んで愚痴る。ハドザイド本人は、主からの命令には文句を言わない質らしく、今回のとんでもお使いに対し、不満の一つも口にしていない。


 船は順調に水路を進んでいく。個人所有の船なので、どこにも寄らずにまっすぐ帝都を目指している。


 また、この船は最新型だそうで、船足が速かった。それもまた、ティザーベルを憂鬱にさせる原因の一つである。


「帝都がもう目の前に……」

「いやいやいや、まだだからな! そんな絶望した顔で言うなっての」

「もうちょっと、心の準備をする時間が欲しかった……」


 力押しならどうとでも出来るが、口の立つ相手との交渉など、苦手分野もいいところだ。


 フローネルや向こうの大陸の事に関してはレモが引き受けてくれるけれど、地下都市に関する事は「わからないので無理」と早々に引導を渡されている。


 正直に言えば、まず間違いなく「見たい」と言われるだろうし、ネーダロス卿が来ると言えばクイトも来るのは目に見えている。


 ――あの二人が地下都市に永住したいとか言い出したら、どうしよう?


 片や隠居したとはいえ、帝国上層部に強い影響力を持つネーダロス卿、片や臣籍降下が決まっているとはいえ、皇族のクイト。嫌な予感しかしない。


 かといって、話題に出したら見せない訳にもいかないだろうし。バッドエンドしか見えてこないのが厳しかった。




 新型の船は、確かに速かった。直通でも数日かかる距離だというのに、なんとわずか一日で帝都に到着したのだ。


 新型の船は船の幅が狭く、広めの七号水路では他の船をすり抜ける事が出来る。それもまた、速さの秘密だったようだ。


 ラザトークスからここまで、フローネルは殆ど喋っていない。初めての場所で緊張しているというのもあるだろうが、この先の不安でいっぱいなのだろう。


 耳を隠す為の帽子も、一度も取っていない。帝都は帝国内でも一年を通して気温の高い街だ。一応、帝都用に通気性や涼しさを考えた素材で作っているけれど、こればかりは本人の感じようだからなんとも言えない。


 心配ではあるけれど、ティザーベル自身も自分の事だけで手一杯だ。ここはやはり、将来の伴侶であるレモに任せておこうと思う。


 帝都の船着き場に到着し、そのまま別の船に乗り換えた。今度は帝都内を走る水路を行く船だ。


 本来、この船着き場は外から入ってくる船以外入れない事になっているのだが。さすがは権力者と言ったところか。


 小型の船は、石造りの水路をゆっくりと通っていく。時折聞こえる喧噪、生活の音、子供達の声。帝国に、帝都に戻ってきたのだと実感する。


 船はやがて、見知った船着き場に到着した。ネーダロス卿の隠居所専用の船着き場だ。


 石造りの階段を上がると、建物から人が走ってくる。


「ベル!!」

「セロア!?」


 勢いよく抱きつかれて、倒れそうになるのを何とかこらえる。抱きつくというか、タックルされたような形のティザーベルの胴を、セロアは力一杯締め上げてきた。


「今の今まで連絡一つよこさんと!」

「いだだだだだだだだ!」

「どんだけ心配したと思ってんだゴルァアアアアア!」

「ギ、ギブギブ!」

「許さん!」

「ぎゃああああ!」


 魔法を使えばセロアを弾き飛ばす事も出来るけれど、一般人で女性の彼女にそんな手を使えば、大怪我をさせる事は確実だ。


 何より、ティザーベル自身がセロアに攻撃魔法を使う気になれない。


 それをいい事に、セロアは締め上げる力を緩めなかった。事務職の彼女のどこに、こんな力があるのやら。




 熱烈な歓迎がやっと終わり、隠居所の中に入る。


「あんた、いつの間に腕力鍛えたのよ?」

「事務職バカにすんなよ? 紙の束は重いんだからな。しかもダン箱ないから木の箱で納品されるし」


 どうやら、それを移動させるのも職員の重要な仕事らしい。いくら魔法技術が進んでいる帝国といえど、紙はまだ少しお高い品だ。


 特にギルドの書類に使用する紙は、耐久年数が長いいい紙を使うので、重いし高い。


 そんなやり取りをしながら、玄関に入る。女性の使用人に案内されつつ通されたのは、いつかの時も入った大広間だ。


「おお、やっと戻ったか」


 大広間の奥、定位置に屋敷の主、ネーダロス卿が座っている。彼の隣にはギルド統括長官のインテリヤクザ様ことメラック子爵、子爵から少し離れてクイトがいた。


 彼の目が、期待に光り輝いている。ネーダロス卿宛てに出した手紙で、エルフの存在を知ったのだろう。こちらのメンバーで彼が知らない顔は、フローネルだけだから、彼女がエルフだと耳を見ずともわかっているらしい。


「ご無沙汰しています、ご隠居」

「まったくだな。確かにあの大森林の奥地に行かせたのは私だが、戻ってくるのに随分と時間がかかったようだが、何があったのかね?」


 軽い報告は、二度の手紙に書いてある。それでも、口頭で説明しろという事か。


 ティザーベルはちらりとレモを見る。まずは、彼に話してもらいたい。


「少々、長くなりますがね……」


 そう切り出して、彼は大森林の奥地で見た事をかいつまんで話し始めた。やはりというか、地下都市の部分にネーダロス卿は食いついてくる。


「その、地下都市というのはどのようなものだった? もう一度行けるのかね?」

「えー……それに関しちゃ、俺よりも嬢ちゃんに聞いた方が……」


 ここでいきなりバトンを渡されても、うまく対応出来ないというのに。心の中で悲鳴を上げつつも、ティザーベルは前のめりなネーダロス卿と対峙した。


「行けるか行けないかで言えば、行けます」

「そうか……そうか!」


 相手はもうこちらの話を聞いていないようだ。何がこんなに彼を興奮させるのか。不思議に思いつつネーダロス卿を見ていると、彼は懐から古い紙束を取り出した。


「これは、以前その地下都市まで至った者が記した記録なのだ」

「ええ!?」


 初耳だ。まさか、あの地下に行って帰ってきた者が、自分達以外にもいたとは。


「これがあるからこそ、あの大森林の奥には望むものがあると思っていたのだ……ぜひ! その地下都市へ行きたい!」


 ネーダロス卿の狂気にも似たその熱に、ティザーベルは何も言えない。何が彼をここまで駆り立てるのか。一体、あの記録に何が書かれているのか。


「ご隠居、あんたの望みってなあ、一体何なんですかい?」

「決まっている! 世界を超えるのだ! 私は、元いた世界に帰る!!」


 その場が、しんと静まりかえった。インテリヤクザ様やクイトも驚いているところを見ると、彼等もネーダロス卿のこの企みを知らなかったらしい。


「え……爺さん、世界を超えるって……」

「地下都市には、今まで見た事もない四角く高い建物や平らにならされた道があるという。何かを思い出さないか?」

「近代的な都市という事ですか?」

「まさにそうだ!」


 メラック子爵の言葉に、ネーダロス卿は歓喜の声を上げる。彼の中では、地下都市はすっかり地球の近代的な都市そのものになっているようだ。


 完全な否定は出来ない。だが、ネーダロス卿が望むようなものではないのも事実だ。


 あの都市の設計に携わったのも、また転生者だろう。全員がそうとは思わないけれど、設計の核になる部分に関わっていたのではないか。


 ――世界を超えて、元いた地球世界に帰る……か。


 自分は考えた事もないけれど、未練を残している人の場合は、渇望するのかもしれない。家族から引き離されて、いきなり転移する事になった菜々美は、どれだけ苦しんだ事か。


 そして、目の前のネーダロス卿もまた、未練を残していた人だったようだ。

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