二百五十八 帝都からの使者

 向こうの大陸のあれこれは、当事者達に頑張ってもらうとして、帝国内で起こるであろうあれこれには、関わらざるを得ないだろう。


「それを思うと、今から気が重い……」

「その……済まない、ベル殿。私が付いていきたいと言ったばかりに……」

「いや、ネルは間接的な理由だから」


 一応気が重い理由の一つではあるけれど、一番はこの地下都市の存在だ。


 現在、四人はパスティカの五番都市に来ている。帝国の東の端、ラザトークスの東に広がる大森林の地下だ。


 今朝こちらに到着し、ティザーベル一人でラザトークスのギルドまで、手紙を出しに行ってきた。


 またしても絡まれたのは何のお約束なのかと思いたいけれど、機嫌が悪い彼女に絡んできた連中には心置きなく八つ当たりしてある。


 手紙は、ネーダロス卿宛てだ。地下都市の事には触れず、帰還した事、そして向こうから一人連れ帰ってる事、その事で相談がある事などを書いておいた。


 手紙が届くのに、最短でも十日は見ておいた方がいい。ここから帝都まで行くのに、普通の手段を使えばそのくらいだ。直通の船を使えば、二、三日で行き来出来るだろうが、ギルドが使うとも思えない。


 あとは、こちらの移動手段をどうするかだ。


「都市の移動を使えば簡単よ?」


 自分の都市に戻れたからか、パスティカはこのところ上機嫌だ。彼女の言う通り、一番簡単なのは都市の機能を使う事だが、それだと「どうやってラザトークスから帝都へ来たのか」怪しまれる可能性がある。


 それを説明し、一番無難な手段を選んではどうかと提案してみた。


「水路か」

「まあ、この国だと船が一番だなあ」


 ヤードとレモの言葉に、フローネルが首を傾げている。


「街道を馬車で行くのではないのか?」

「帝国は、国中に運河が張り巡らされてるから、船の方が早いし安全なのよ」


 街道もあるにはあるが、ラザトークスからだと直通の街道は存在しない。かなり遠回りになるので、おそらく船を使うより時間がかかるだろう。


 それに、水路は国の肝いりで警備されているけれど、街道は地方領主の管轄なので、放置されている事が多いという。


「山道もあるしね。山賊とか出るの、嫌でしょ?」

「賊はどこでも出るけどよ」

「そりゃそうだけど」


 水路にも、賊は出てくる。水賊と呼ばれる、帝国特有の賊らしい。


 フローネルは、ティザーベルとレモの言葉にピンときていない。


「賊が出ても、捕縛すればいいだけなのでは? レモやヤードもそうだが、ベル殿一人でも対処出来ると思うぞ?」

「いや、出来るか出来ないかで言われれば、そりゃ出来るけどね」


 要は、やりたくないのだ。向こうの大陸では必要に迫られて対人戦も多くこなしたが、基本ティザーベルは人外専門なのだから。




 ギルドで手紙を出してから三日後、所用でラザトークスを訪れたティザーベルは、街に入った途端ギルド職員に捕まった。


「やっと見つけたー!!」

「何事!?」


 ティザーベルの腕にしがみつく女性職員と、彼女を置いてその場を走り出す男性職員。街の入り口で、ちょっとした見世物状態になってしまった。


「もう離さないいいいい!」

「いや、離しなさいよ!」


 そんなやり取りをしていると、先程走って行った男性職員と共に、見覚えのある顔が走ってくる。


 ヤサグラン侯爵の配下、ハドザイドだ。彼の顔を見ると、嫌な思い出がよみがえる。別にハドザイドが悪い訳ではないのだが、帝国辺境の旅に出された事を思い出すのだ。彼はその責任者だったから。


「久しぶりだな」

「そーですね。で? この状況、説明してもらえるって事で、いいですか?」


 ティザーベルの右手は、未だにギルドの制服を着た女性職員に捕まっている。


「もういいから、手を離しなさい」

「えー? でもお……」

「君の役目は、彼女を見つける事であって、捕縛する事ではないはずだ。第一、彼女が本気になったら、君の腕くらいいくらでも外す手段があるのだが?」


 ハドザイドの脅しの言葉に、女性職員は青くなってすぐに腕を外した。確かにいくらでも手段はあるけれど、こんな人通りの多い場所で、明らかに敵ではない女性に対して使ったりはしない。


「人を見境なく攻撃する人間みたいに、言わないでくれます?」

「だが、腕は外れただろう?」


 しれっと言うハドザイドに、ティザーベルは反論しなかった。


 彼に連れて行かれたのは、ギルドではなく、ラザトークスでも一番と言われる高級宿屋だ。


 冒険者が多くいる街に、何故こんな高級宿屋があるかと言えば、冒険者やラザトークスのギルド支部に直接依頼をしに来る豪商達の為だった。


 おかげで、内装にも外装にも、もちろん室内の装飾品や調度品にも、惜しみなく金がつぎ込まれている。


 その宿に入る際、フロントでは従業員が一瞬顔をしかめた。そんな辺りは、この街だなあと思わされる。


 部屋の鍵を受け取った後、ハドザイドは吐き捨てた。


「この街は相変わらずのようだな」


 これには、ティザーベルだけでなく従業員もぎょっとしている。


「客の前で、個人の感情を隠す事すら出来んとは。『高級』というのも、看板だけのようだ」

「も、申し訳ございません……」


 フロントの消え入るような謝罪に背を向け、ハドザイドは階段を上っていく。その背を追うように駆け出すティザーベルに、少しだけ振り返った彼が謝罪した。


「……すまん、子供じみた真似をした」

「いいえ」


 彼が言ったくらいで、この街の人間の意識が変わるとは思わない。それでも、「余り者」と蔑まれるティザーベルの事を思って言ってくれた言葉だ。謝罪されるようなものではない。


 豪華な宿の部屋も豪華だった。三間続きの部屋で、応接間、居間、寝室となっているようだ。


 そこの居間に通される。


「向こうでは、宿の人間に邪魔される事があるから」


 どうやら、この宿では部屋ごとに決められた従業員がいるらしく、この部屋に割り当てられた従業員はチップ欲しさに度々部屋に来ては仕事はないかと聞いてくるらしい。


 豪商相手ならば通用する手も、ハドザイドにとっては鬱陶しいだけのようだ。


「さて、今回私がここに来た理由はわかっているか?」

「正直、どうしてとしか思えませんが……」

「そうか。実は君からの報せを受けて、ネーダロス卿が我が主に頼み込んでな。一番ここに近い場所にいた私が、使者に選ばれたのだ」


 どうやら、貴族同士の繋がりというやつで、ネーダロス卿がヤサグラン侯に依頼したという事らしい。聞けば、ティザーベルが手紙を出した翌日には、ラザトークスに到着していたという。


「……そんなに早く、手紙が届いたんですか?」

「どうも、統括長官殿を巻き込んで各支部……特にここラザトークスの支部には、特別に帝都への手紙を送る魔法道具を設置しておいたらしい」


 つまり、手紙をギルド職員に渡した数分後には、ネーダロス卿の手元に渡っていたという事か。そういえば、そんな「手紙」を以前、見た事がある。奇しくも、目の前にいるハドザイドと始めて顔を合わせた時の事だ。


「ネーダロス卿は、何故ヤサグラン侯爵に頼んだんでしょう? 卿自身にも、使える人材はいるでしょうに」

「あの方は、表向き隠居の身だからな。他領に使いを出すのはいささか憚られる」


 そういうものなのだろうか。貴族の作法は面倒臭いらしい。ともかく、その面倒臭いあれこれの結果、ネーダロス卿から頼まれた使者がハドザイドという事らしい。


「そういえば、仲間はどうした?」

「えーと、今は別の場所にいます。あ、でもすぐに来られますよ」

「そうか。では、すぐに仕度して来て欲しい。ネーダロス卿が首を長くしてお待ちなのだ」


 覚悟はしていたとはいえ、改めてハドザイドの口から言われると、げんなりする。


 だが、これは超えなくてはならないハードルだった。

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