二百五十七 帰還準備

 二番都市の再起動の翌日、ティザーベルはマレジアの元を訪れていた。彼女の新しい住居は、シーリザニアの王都にある。


「それで? 改まっての話ってなあ、何だい?」

「うん……地下都市の事で」


 現在、再起動が完了している地下都市は全部で八つ。残りは四つある計算だ。


「地下都市? 全部再起動させるのかい?」

「いやあ、さすがにそこまでは……」


 正直、八つでも荷が重いと感じている。自分が何をする訳ではないけれど、自身の死後、都市がどうなるかと思うと、所有者は分散しておいた方がいいのではないか。


 そんな辺りをつらつらと話すと、マレジアが思い切り顔をしかめた。


「まさかと思うけど、その分散に一口乗れってんじゃないだろうね?」

「……ダメ?」


 ティザーベルのお願いに、マレジアは鼻を鳴らす。


「冗談じゃないよ。やっとあの忌々しい場所から解放されたんだ。正直放っておいてくれって感じだね」

「忌々しい場所?」

「あんた、あそこが何の為に作られた場所か、忘れたのかい?」


 地下都市は、研究実験都市だったはずだ。そして、マレジアはその研究員の生き残りでもある。


「……もしかして、都市の中では競争が激しかったとか?」

「中だけでなく、外でもだよ。ノルマが達成出来ないと、上の連中がヒステリーおこしやがってね! まったく、自分達がろくな研究者じゃないからって、下の優秀な連中に八つ当たりしやがって」


 マレジアの愚痴は、延々と続き、最後に「だから絶対あそこにはもう関わりたくないんだよ!」と言い放った。


 カタリナ襲撃の際に逃げ込んだのは、緊急避難の意味合い以上のものはなかったという。


「大体、都市の主になるにはかなりの魔力が必要になるはずだよ。昔は魔力の下駄を履かすくらい、難なくやってたがね」

「下駄を履かす? え、どうやって?」

「外付けの魔力蓄積装置があったのさ。ただ、製造していたのは地上の都市で、製造方法も秘匿されていたから、今じゃ失われた技術じゃないかねえ」


 マレジアの話を聞いて、思い浮かべたのは帝国の魔力結晶だ。五番都市があるくらいだから、あの大陸にも失われた地上の都市があったとしても不思議はない。


「マレジア、その蓄積装置って、結晶みたいな見た目をしてる?」

「あんた……何で知ってるんだい? ああ、都市のライブラリでも見たとか?」

「違うよ。故郷では、現役の技術なんだ」


 話を聞いたマレジアは、目を丸くして驚いた。


「こりゃ驚いた。まさかあの技術を継承している国があるとはねえ……だからあんたみたいなのも、生まれてくる訳か」

「ちょっと、それどういう意味?」

「そういう意味さね」


 ケラケラと笑うマレジアに、ティザーベルは呆れながらも声のトーンを少し落とす。


「このままで、いいと思う?」

「いいも悪いもないよ。事象はただそこにあるだけだ。あんたが八つの地下都市を再起動させた、ただそれだけだよ。維持するもしないも、好きにしな」


 何を聞いたところで、最終的に決めるのは自分だ。そう付け加えられて、ぐうの音も出ない。


 ――甘えようとしたの、見透かされたかな……


 地下都市に関して、マレジアなら何とかしてくれると思い込んでいた節がある。


 きっぱり甘えをたたき落とされた訳だが。


「まあいいや。この先、スミスみたいなのが出てこない事を祈ろう」

「あんな化け物クラスの奴が、そうそう現れるなんてあってほしくないよ」

「まったくだ」


 笑い合って、その場を後にする。後はフローネルの事だけだ。




 一番都市に戻ると、全員揃っていた。ティーサによれば、みんな宿泊施設のティールームにいるという。


 時計を見ると、確かにお茶の時間と言っていい頃合いだ。


「みんな揃ってるんだね」

「おう」

「あの婆さんの方は、どうだった? 嬢ちゃん」

「レモ、婆さんではなく、マレジア殿と呼ばないか」


 フローネルの言葉に、レモは肩をすくめる。この二人のやり取りも、何だか随分前からのもののように感じた。実際は、ここ数ヶ月の事なのだけれど。


「マレジアには、地下都市の分担を断られちゃった」

「分担?」

「都市の主をね、半分受け持ってくれないかなーっと思って」

「で、断られた、と」


 ヤードの言葉に、ティザーベルは無言で頷く。断られた事にショックを受けていないのは、自分自身無理だろうなと思っていたからか。


「別に、ベル殿がそのまま主でいればいいのではないか?」

「それはそうなんだけど……そろそろ、帝国に帰るからね」

「え……」


 帰るという言葉にショックを受けているのは、フローネルだ。ヤードもレモも、ティザーベル同様帰る場所は帝国である。二人の故国はまた別だが、それでも帰る場所はあの国なのだろう。


 ショックが大きかったのか、フローネルは目を見開いたまま動かない。


「ネル、あなたはどうする?」

「え?」

「元いた里……は難しいだろうから、新しい里に行くか、それともマレジアを頼ってシーリザニアに行くか。他に行きたい場所があれば、そこまで送るよ」


 地下都市から地上の各所へ移動するには、主であるティザーベルの承認がいる。支援型に頼んでおけばいいので、簡単なのだが。


 フローネルはちらりとレモを見た。それに答えるように、彼は頭を手でガシガシとかき混ぜる。


「あー、その件なんだがな。嬢ちゃん、ネルを帝国に連れて行く事は、出来ねえもんかね?」

「はへ?」


 おかしな声が出た。確かに、最近二人ワンセットで動く事が多いとは思っていたが、まさか二人がそういう仲になっていたとは。


 だが、そう思って見ると、確かにフローネルがレモを見る目には熱があるし、レモも他の誰よりもフローネルを大事に扱っている。


「……いつの間に」

「まあ……な」


 悪びれる事なく答えるレモとは対照的に、フローネルは顔を真っ赤に染めて俯いている。


 そんな二人を前に、ティザーベルは天井を仰ぎ見た。


「……連れて帰る事自体は問題ないけど、帝国で普通の生活を送れるかって言われたら、ちょっとわかんない」

「やっぱり、見た目か?」

「それもあるけど、帝国……ってか、向こうの大陸の人って、他の種族がいるって事すら知らないでしょ? まずはそこからになるから、ネーダロス卿を巻き込んで、上の方からどうにかしてもらう事になるかも」

「やっぱりそうなるか……」


 ネーダロス卿は、エルフよりも地下都市の存在に興味を示すだろう。その辺りを取引材料に出来れば、何とかなるかもしれない。


 クイトに至っては、狂喜乱舞するのではないだろうか。


「ご隠居を納得させるにゃ、何が必要かねえ?」

「国の利益って面からいけば、こっちの大陸との交易じゃない? 南の方の果物とかなら、国内でも需要ありそうだし」


 エルフの里のダンジョンシステムを利用した畑や果樹園には、帝国では手に入らない果物も多い。というか、元日本人が関与しているせいか、日本で見慣れていた果物が多いのだ。


「後は素材かなあ……こっちの大陸って、向こうとは違う魔物がいるからさ」

「やっぱり魔物かよ」

「やっぱりって何よ! 魔物素材は他じゃ代替が出来ないものが多いんだからね!」


 こちらの大陸でも少し魔物を狩ったが、十分使えそうな素材だ。詳しい事は専門家に任せないとわからないが、交易品に出来るのではないだろうか。


「まあ、あの爺さんが一番食いつきそうなのは、地下都市だけどね」

「やっぱりそれか……」


 思わず、レモと二人で頭を抱える。年の割に好奇心旺盛なネーダロス卿の事だ。地下都市やこちらの大陸も、自分の目で見たいと言い出しかねない。


 ともかく、フローネルを帝国に連れ帰るのなら、ネーダロス卿を味方に付ける以外にない。クイトでは、いまいち力不足に感じる。


 ――一応、皇子様なんだけどねえ……


 じきに臣籍降下する王子だが、今はまだ皇族のままなのだろうか。


 悩むレモと、彼を心配するフローネルを横目に、ティザーベルは帰ったらまず宥めなくてはならないだろうセロアを思った。

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