二百五十六 イネスネル

 ティザーベルと支援型達だけで再び訪れた二番都市は、以前見た時と変わっていた。


「随分、手を入れたんだね……」


 一目で、都市の荒廃が修繕されたとわかる。ひび割れていた道も綺麗に舗装しなおし、窓ガラスが割れて落ちていた建物にも綺麗にガラスがはまっている。


 それに、以前来た時はもっと暗かったが、今は他の都市に入った時と同じくらいの薄明かりがあった。


「姉様の指示のもと、私達が総力を挙げたんだから、このくらい当然よ」


 胸を張るパスティカの後ろで、レポザレナとヤパノアが頷いている。それを、レニルとニルウォレアが冷めた様子で眺め、カーリアは一人オロオロとしていた。


 そんな支援型達の前に、ティーサが浮かんでいる。


「主様、イネスネルの元まで、ご案内いたします」

「ありがとう」


 ティーサを筆頭に、今いる全ての支援型が先導するらしい。ここに罠があるとは思わないけれど、念には念を入れていこうという事か。




 中央塔の地下十階。ここにイネスネルが眠る部屋があるという。ここまで、罠は一つもなかった。スミスが通う事が前提だったからか、それとも最初からこの都市は休眠させる予定がなかったからか。


 部屋の中央には、いつものように台座があり、その上に球状のものが乗っている。


 支援型達に導かれるまま、台座の前まで進んだ。魔力が吸い出される感覚はあるけれど、いくつもの都市を再起動した結果か、今はあまり負担にならない。


 マレジア曰く、魔力量がかなりおかしな事になっているようだから、そのうち隙を見て都市で測っておこうと思う。


 そんな事を考えている間に、魔力の補充は完了したらしい。台座から浮かび上がった球状のものが、ゆっくりと回転するのに合わせて、表面が光りながらリボン状にほどけていく。


 何重にも巻き付けてあったのか、かなり長いリボンが浮遊している。その中で体を丸めていた支援型が起き上がった。


 二番都市の支援型、イネスネル。だが、彼女の外見は最後に見たものとは全く違っている。


 白く長い髪は、毛先に行くにつれて淡い桜色に染まり、それと同じカラーのドレスは腰の辺りから花びらのように広がっている。


 開かれた目も、薄い桜色。けぶるようなまつげに縁取られた瞳は、とても美しい。


「目覚めましたね、イネスネル。よく眠れましたか?」

「姉様……とても、長いこと眠っていたような気がするわ……」


 ティーサの問いに答えたイネスネルは、ティザーベルと目を合わせる。


「初めまして、主様。私は二番都市の支援型、イネスネルと申します。今後とも、よしなにお願いいたします」


 驚いてティーサを見ると、少し苦い顔で頷く。これは、話を合わせろという事か。


「……よろしくね、イネスネル」




 支援型の次は、動力炉の再起動だ。これで都市の機能は完全に復活する。とはいえ、この都市はつい十日かそこら前までは、稼働していたはずなのだが。


 大方、スミスに搾取され続けて疲弊したというところか。ならば、十日と言わずもう少し休眠させておいた方がいいのかとも思うのだが。


 ――ティーサが言うんだから、大丈夫でしょ。


 支援型の事は、同じ支援型の方がわかっているだろう。ティザーベルは主として再起動させるだけだ。


 動力炉への経路にも、罠は一つもない。考えてみれば、支援型を支配できていたという事は、前任者から引き継いだか、凍結されているところを再起動させたかのどちらかだ。


 スミスに再起動させるだけの魔力があったのかどうかは謎だが、おそらく前任者からの引き継ぎだろう。その場合、都市は一度もダウンする事なく、新しい主の元で活動を続ける。


 まあ、どのみちもう終わった事だ。都市が活動を続ける以上、侵入者があったとしても都市を乗っ取られる危険性はほぼない。


 ティザーベルの死を持って、再び都市は凍結されるのだ。


「もうじき、動力炉です」


 先頭を行くイネスネルからの報告だ。ここの動力炉も、複雑な経路の果てにある。支援型の案内なしには辿り着けそうになかった。


 そう考えると、今までの都市の動力炉までの経路に罠を張った連中は、よくあの道を見つけたものだ。都市でも相当上の立場の人間が内通者だったのかもしれない。


 長々と歩いた先に、動力炉はあった。


「こちらです」


 イネスネルの導きに従い、動力炉の前に立つ。後は支援型が執り行ってくれるので、ティザーベルはここに立っているだけでいい。


 二番都市の動力炉は球体だ。大きな球状の動力炉が、部屋の中央のくぼみに収まっている。


 これまで見てきた動力炉よりも、大きいのではないだろうか。


「では、再起動を始めます」


 イネスネルは宣言と共に動力炉の真上に飛び、手を広げる。そこから淡い光が動力炉に降り注いでいった。


 光を吸収し、明滅し始める動力炉。やがてゆっくりとくぼみから浮かび上がり、回り始める。


 イネスネルは両手から光を放ちつつ、動力炉の周囲を飛び回った。放たれる光は、飛び回る箇所によって色が変わる。薄い黄色、桜色、緑、紫、赤、青。


 そられの光を吸収し、動力炉は回転を速める。イネスネルが飛び回る速度は変わらないが、周囲を飛んでいた彼女はやがて再び動力炉の真上で止まった。


 それと同時に、動力炉が一際強く輝き、やがて安定した回転になる。


「これで、再起動完了です」


 二番都市の再起動も、無事終了した。




 二番都市の再起動も無事終了し、一番都市に戻ったティザーベルは、中央塔の最上階の部屋でティーサと向き合っていた。


「説明してもらえるよね?」

「はい。ここなら、妹達にも聞かれる心配はありません」


 そう前置いて、ティーサは口を開いた。


「イネスネルの記憶を、六千年分消去しました。憶えていても、辛いだけでしょうから。冬眠に入らせたのも、それが十日に及んだのも、その為です。本来なら、あの時の主であるスミスが死んだ時点で、イネスネルは冬眠に入るはずでした。ですが、あの子はそれを拒んでいた……あのまま、放っておけば、人工人格が自壊していたでしょう」


 それほど、彼女の六千年は過酷だったという事だ。


「あの場で強制的に眠らせ、予備機能伝いにあの子の記憶領域に干渉し、妹達の力を集めて、やっと消去に成功した程です。我が妹ながら、なんとも強力な支援型です」


 苦笑いするティーサに、支援型の序列の話を聞いた時の事を思い出す。最初に作られた支援型から番号が振られ、かつ番号が若い程力が強いのだとか。


 支援型の中でも最強はティーサ。そして、イネスネルはそれに次ぐ能力を持っているという訳だ。


「お疲れ様」

「それは、妹達に言ってやってください。特に下の妹達は疲労困憊です」


 下というと、レポザレナやヤパノア辺りか。


「……あそこらへんは、疲れてる方がおとなしくていいかも」

「まあ」


 ティザーベルの言葉に、ティーサが笑う。半分本気で、半分冗談だ。静かなレポザレナやヤパノアは、想像が付かない。


「ともかく、イネスネルの事は心配ありません。私達の記憶は完全消去が可能ですから、思い出す事は決してありませんし、それによる混乱の症状も有り得ません」


 だから、普通の支援型として扱ってほしい。ティーサはそう締めくくった。


 ティザーベルとしても、思うところがない訳ではないが、イネスネルはスミスに振り回された被害者というイメージが強い。


「特に彼女をどうこうするつもりはないよ」

「ありがとうございます」


 ティーサに礼を言われる筋でもないと思うが、これは長姉としての言葉なのかもしれない。


 一応、これでやるべき事は全て終わったはずだ。後は、少しだけ残っている憂いごとを晴らすだけだった。

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