終章

二百五十五 つかの間の休息

 二番都市中央塔最上階の部屋で、この都市の支援型であるイネスネルの姿が消えた。


 目の前で起こった事を、ただ呆然と眺めているしかなかったティザーベル達に、ティーサや彼女の妹達である他の都市の支援型が頭を下げる。


「主様方には、お見苦しい場面を見せる結果になり、深くお詫び申し上げます」

「いや……なんか、全部そっちでやってもらって、返って悪かったよ」


 本来なら、他の都市とはいえ、主である自分がやるべき事だったのではないか。今更ながらにティザーベルは思う。


 だが、ティーサは彼女の言葉に首を横に振った。


「いいえ、支援型の始末は長姉である私のすべき事です」


 きりっと引き締まった表情で言うティーサに、一抹の不安がよぎる。


「始末って……え? この都市の支援型は……? まさか――」

「今は、強制的な冬眠に入っています」

「ああ、そう……」


 良かった、物理的に始末したのではなくて。そういえば、ティーサも「眠りなさい」と言っていたではないか。


 ほっとしていると、部屋の明かりが一度消え、すぐに薄暗い非常灯に切り替わった。


「これは?」

「イネスネルが冬眠に入ったのと同時に、動力炉も停止しました。予備機能に切り替わった為、明かりが変わったんです」


 なるほど。支援型と動力炉はリンクしているようだ。今までは、支援型を起こして動力炉の再起動をしてばかりだったので、どういう条件で動力炉が止まるのか、考えが至っていなかった。


「動力炉と支援型は繋がってるんだね」

「そうですね。元々、支援型は動力炉の制御用に開発された経緯があります。ですから、どちらかが停止した場合、残る一方も自動的に活動を停止するんです」


 支援型と動力炉が正常に作動しなければ、都市の機能をフルで使う事は出来ない。ある意味、このリンク状態はセーフティー装置でもあるようだ。


「じゃあ、このまままた支援型の部屋へ行って、イネスネルだっけ? 彼女を起こせばいいの?」


 二番都市を再起動させなければならない理由はないけれど、ここまで来たら再起動させておいた方が、何かと都合がいいかもしれない。


 だが、ティザーベルの質問に、ティーサは顔を曇らせた。


「いえ……出来れば、少し時間をおいていただけないでしょうか?」

「別にいいけど……理由を聞いてもいい?」


 ティザーベルの問いに、ティーサは少しだけ苦い笑みを浮かべる。


「あの子は今、疲れているようですから、少しの間、休ませてやりたいんです。眠りから覚めれば、また以前のあの子に戻ってくれるでしょうから」


 冬眠は、支援型にとってのいい休息になるらしい。そういう事なら、時間をかけてゆっくりと休んでほしいものだ。


 何せ、スミスにこき使われて六千年もの間、休む事すらなかっただろうから。


「イネスネルが眠っている間、私達がこの都市の修復を請け負おうと思います。予備機能になっていれば、干渉出来ますから」

「そうだね。それがいいと思う。次に目覚めた時、都市が荒れてたらイネスネルも悲しいでしょう」


 ティザーベルからの了承が嬉しいのか、ティーサは綺麗な笑顔を浮かべた。


 それに満足しつつ、横目でパスティカを見る。彼女は都市運営が苦手で、予備機能が働いていたにもかかわらず、自分の都市の状態を保てていなかったのだ。


 ――支援型も、色々だよね。


 今は他の支援型の助力……というより、ティーサからのスパルタ教育……もあって、五番都市の運営もうまくいっている。


「じゃあ、一度一番都市に戻ろうか?」


 ティザーベルの提案に、その場の全員が頷いた。




 聖都のクーデターから約十日。ティザーベル達は一番都市で休暇を楽しんでいた。


「じゃあ、次の教皇はヒベクス枢機卿が就いたんだ?」

『ああ。まあ、順当だね』

「だねえ」


 のんびりプールに浮かびながら通話している相手は、マレジアだ。外界との連絡を断っている今、彼女は外の情報をくれる貴重な存在となっている。


『それと同時に、今までの聖職者の汚点も洗いざらい暴露してね。聖都だけでなく、教皇派だった国でも混乱が起こってるそうだよ』

「おやおや」


 教皇派の国にいる聖職者も、やりたい放題だったらしい。それも白日の下にさらされたのだから、混乱もするだろう。


『それに併せて、教皇庁から最初に発した声明で、どのような所属、民族、出身であろうと、神の前では皆平等だと明言したってさ』

「そっか……」


 これで、エルフや獣人も少しは暮らしやすくなるだろう。差別がいきなり消える事はないが、今まで差別していた側の根拠がなくなるのだ。抗う権利を手に入れるという事は、大きな事だと思う。


『まあ、これからこの地域は大変だろうけど、今までのツケが回ってきただけって気もするからねえ』

「ははは、確かに」


 とはいえ、しばらくは復興に精一杯で、周囲から聖都がどう見られているかまで考える余裕はないだろう。


 スミスが化け物となって、消えてなくなってからまだたったの十日かそこらだ。困難はこれからやってくる。


 もっとも、彼等の今後まで考えてやる程、ティザーベルはお人好しではない。今通信をしているマレジアも、同様だろう。


 彼女はクーデターの後、隠れ里には戻らず、シーリザニアの王都に居を構えていた。最大の敵であるスミスが滅したので、もう隠れ住む必要はないと判断したらしい。


 シーリザニアを選んだ理由は、亜人との共存を最も早く国法で認めた国だからだそうだ。


 スンザーナは、スミスが滅してから二日後に、シーリザニアの大聖堂で正式に女王として戴冠式を行い、正式の王位に就いた。頃合いを見て、即位祝賀の式典を行うらしい。


 パーラギリアも日常が戻っているという。こちらはシーリザニアと違い、街ごと避難させていたおかげで、民衆の生活にも変化がほぼなく、戻した今も大きな騒動はないようだ。


 ただ、一時期都市から供給していた食事にはまった人が多いらしく、もう一度あの味を! と嘆いているのだとか。


 もっとも、そのうちの何人かは、味の再現に邁進しているそうなので、いつか地下都市の料理の味に近づけるかもしれない。


「ううーん」


 プールに浮かべたボードの上で大きく伸びをする。現在プールにいるのはティザーベル一人で、他三人はそれぞれ好きに過ごしていた。


 ヤードはボルダリングにはまったようで、専用施設に入り浸っているという。レモは研究所の方に足を運び、効率のいい爆薬の調合に夢中だ。


 フローネルは、都市に残っているエルフのところへ日参していた。何とか、彼等を新しい里へ向かわせたいのだという。




 個別に活動している仲間の話は、夕食時に聞く事が多い。今日も、ヤードやレモの話はそこそこに、フローネルが嬉しそうに切り出した。


「都市に残留している同胞のうち、半分は新しい里への移住を決意してくれたんだ!」


 どうやら、彼女の説得は実を結びつつあるらしい。


「いい話じゃねえか。それにしても、今まで頑なに拒んでた連中が、どうしてまた心変わりをしたのやら」

「それが……シーリザニアの話を聞いたから、らしいんだ」


 レモの疑問に答えるフローネルに、他の三人は理解が及ばずぽかんとしている。フローネル自身も言葉が足りなかったと気づいたらしく、補足してきた。


「近隣の国で、真っ先にエルフや獣人を差別しないと国法で定めただろう? あれが、大きな衝撃だったらしい。しかも、シーリザニアはその前からも、エルフ達と共存していた。それにも驚いていたんだ」


 どうやら、世界が変わっていく事に感化を受けたらしい。いい方向に変わっていくのなら、いい事なのではないだろうか。


 やるべき事は終わった。都市に残っていたエルフ達も、何とか地上へと戻れそうだ。


 ここでやるべき事は、もう終わったのではないか。達成感もあるけれど、ほんの少しだけ、寂しさを感じた。




 翌日、朝食の席にティーサが現れた。


「お食事中に、失礼します」

「いいよ、ちょうど終わったところだから」


 後は片付けをするだけだ。それも、自動で動いているワゴンに食器などを乗せるだけでいい。


 ティザーベルの返答に少しだけ安心した様子を見せたティーサは、居住まいを正して告げる。


「イネスネルを、起こしてはいただけないでしょうか?」


 どうやら、二番都市支援型の休息は、完了したようだ。

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