二百五十四 二番都市

 ティザーベルは、今聞いたばかりの話を仲間に伝えた。


「ティーサから連絡で、ここから直接二番都市へ送ってくれるって」

「そりゃ助かる」

「面倒がなくていいな」

「彼女達の負担にならなければいいが」

「手に余る負担なら、申し出たりしないって。じゃあ、ちょっと寄って」


 四人で円を描くように立ち、少し待つとすぐに周囲の景色が変わる。この移動には慣れたつもりだったが、やはり移動先が見知らぬ場所だと、到着した途端ギョッとするのがなくならない。


「これ……」

「本当に、地下都市なのか?」


 レモとヤードの言葉通り、目の前に広がっているのは、これまで見た都市とはかなり様相が異なる場所だった。


「荒れてる……」


 フローネルが呟いたように、都市の入り口付近から見える大通りも、そこに並び立つ建物も、ひどく荒れている。


 ゴーストタウンと呼ぶのふさわしい状態だった。


「何で、こんな事になってんの?」

『おそらくですが、スミスの要望に答えるのが精一杯で、都市の維持に力を割けなかったのだと思います』


 支援型の優先順位の中で、都市の維持はかなり高いはずなのに。


「この都市の有様は、イネスネルにとっても不本意って事だね」

『そうだと思います』


 悲痛なティーサの声。実際に聞こえている訳ではないけれど、そう感じ取れる。


 仲間三人の目が、ティザーベルに向いていた。この場で次の行動を決めるのは彼女だ。


「とりあえず、この都市の支援型、イネスネルに会いに行こう」


 目指すはいつも通り、大通りの奥にある大きな建物、中央塔だった。


 中央塔内部も、外と同じように荒れ果てている。


「ちょっと、大森林の地下を思い出すな……」

「そういや、あっちは結構荒れてたな」


 ティザーベルの呟きに、レモが同意した。それが筒抜けになっていたのか、辺りにパスティカの声が響く。


「ちょっとお! 荒れてたって何よ! 私はねえ――」

「その辺りになさい、パスティカ。あなたが都市運営を苦手としている事は、皆知っていますよ」

「う……」


 どうやら、支援型によって都市の運営が得意なものと苦手なものがいるらしい。パスティカは苦手な方で、その性格が予備機能にも影響を与えている、というのがティーサの意見だった。


「パスティカは片付けられない子……っと」

「違うの! 違うんだったらあ!」


 言い訳をしようとすればするほど、「片付けられない」事が強調されていくのに、彼女は気づいているのだろうか。


 中央塔の最上階へ上がる。エレベーターが動いていなかったら、階段を移動するところだった。


 もっとも、結界で包んで浮遊術式で上まで行くから、足を使って上る事はない。


 ――どちらも同じようなものか。


 ティザーベルの負担が軽くなる事だけが、違いだ。


「これ、上ってる最中に落ちたりしないよね?」


 それでも、こんな呟きがつい出てくる。これだけ都市が荒れているという事は、各種メンテナンスも滞っているのではないだろうか。


 彼女の呟きに、反応した者がいる。


「……落ちるもんなのかい?」


 レモだ。彼はゆっくりとティザーベルを振り返り、静に聞いてきた。


「そりゃあ、ケーブルやらなんやらで吊ってる訳だから」


 もしかしたら、ここのエレベーターは機構が違うかもしれないけれど、上下に移動するものなのだから、落ちる事故が絶対にないとは言えないだろう。


「……落ちた場合、嬢ちゃんの力でどうにか出来るのか?」

「今現在も結界は張りっぱなしだからね。ほら、いつだったかギルドで地下の大空洞に落とされたじゃない? あの時も、怪我一つなかったでしょ?」

「そうか……そういやそうだな」


 彼の心配も払拭出来たらしい。そっと魔力の糸でエレベーターの周囲を探ってみると、所々怪しい動きをしている箇所がある。


 それでも、全体で見れば箱が落ちる程のひどさではないようだ。


 ――スミスも最上階を使っていて、最低限のメンテナンスはするようにしていた?


 それなら納得だ。支援型は、意図的に主を死なせる事は出来ない。禁止事項に引っかかるのだ。


 やがて、エレベーターは最上階に到着した。扉が開いて廊下に出ると、埃の積もった廊下に、真ん中だけ普段から使用している跡がある。


 その後を辿るように進むと、開け放たれたままの扉があり、その奥に円形の部屋が広がっていた。


「他の都市と同じ造りだな……」


 フローネルが呟く。確かに、大きく取られた窓や、天井の高さ、部屋の形なども、一番都市他で見る中央塔の最上階によく似ている。


 窓から外を見ると、暗がりにぽつぽつと明かりが見えた。予備機能では、都市全体が薄明かりに包まれていたのに。


『主様!!』


 窓際で下を眺めていたティザーベルの脳内に、ティーサの叫び声が響いた。何事かと思えば、結界に攻撃反応がある。魔法攻撃だ。


 カタリナの攻撃に比べれば子供だましのようなものだから、結界で完全に防ぐ事が出来たので、慌てる事はない。だが、どこからの攻撃なのか。


 視線を廻らせると、天井部分に発射口が見えた。


「あれか」


 見つけられれば、後は簡単である。レモが投げた投擲用のナイフで、すぐに無効化出来たから問題はない。


 不意に、ティザーベルを介してティーサが出現した。


「イネスネル! 出て来なさい!!」


 彼女の声に反応するように、部屋の中央にシミのような影が浮かぶ。それは段々と人形サイズの人の形になっていった。


 黒いマーメイドタイプのドレスを着た、黒髪の支援型。見れば、薄く透ける羽根までが黒い。


 これが二番都市のイネスネル。ティーサは、何故か彼女の姿に驚いている。

「あなた……その姿は……」

「ごきげんよう、姉様。お懐かしゅうございます」


 ドレスの裾を持ち上げて挨拶するイネスネルは、端から見てもどこか異様だ。目つきや表情などが、他の支援型とは違う。


 にたりと口の端を釣り上げながら、イネスネルは続けた。


「ああ、妹達も目覚めたのですね。本当に、昔から姉様は妹達に甘い。私以外の、ですけど」

「どういう事? 何を言っているの」


 イネスネルの言葉に、ティーサが混乱している。イネスネルは、相手の反応を気にもしていないようだ。


「だってそうでしょう? 他の妹達はそこの人間に助けさせたのに、私の事は放っておくだなんて」

「イネスネル」

「私、今までずっと一人で寂しかったわ。勝手に眠りについてしまった妹達を妬んで、姉様を恨んで。だからほら、私の髪も羽根も、ドレスさえこんなに黒く染まってしまったの!」


 叫ぶイネスネルは、背中の羽根を広げた。彼女が言うように、他の支援型とは違う黒い羽根が、今まで見たどの支援型のものよりも大きく広がっている。


「見て、姉様。私の罪の色を。大事な都市の運営すらどうでもよくなる程、姉妹達を妬み、嫉み、恨んだ私の色を!」


 広げた羽根から、再び攻撃が開始された。黒い針のようなものが、飛んでくる。厄介なのは、先程の攻撃よりも強力な事だ。気を抜いていたら、結界を突破して攻撃を通されてしまう。


 その事には、ティーサも気づいている。彼女は悔しそうに呟いた。


「イネスネル……あなた……」

「でも安心して? 姉様。すぐ、あなたもこの色に取り込んであげる!」


 イネスネルが再び羽根を大きくした時、彼女の周囲を光る糸が何条にも走る。まるで、光の糸を使った鳥かごだ。


 光はイネスネルの黒い羽根を貫く。貫かれた箇所から、羽根は黒い炎を上げて燃えていった。


「これは!」

 気づいたイネスネルが、羽根の一部を切り捨てる。あれは、彼女の力で後付された羽根だったらしい。


 焦る妹を前に、ティーサが静かに言った。


「私が無策のままここに来ていると、本気で思ったの?」

「姉様……」

「あなたも言ったわよね? 私は妹に甘いと。他の妹達を、主様に頼んで目覚めさせてもらったと」

「姉様!」

「眠りなさい、イネスネル」


 ティーサの指先から伸びた光が、イネスネルの額を貫く。イネスネルが姿を保てたのはほんの数瞬。すぐにその体は黒い球状の靄になって、小さく固まり、やがて消えていった。

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