二百五十三 後始末

 崩れたスミスの体から発生した粉塵は、気流を操ってうまくまとめて下に落とした。後で片付ける人が大変だろうけれど、ここに住んでいる人達に任せよう。


「これで、終わったのか?」

「うん、反応もないし」


 魔力の反応も、生命の反応もない。足下に広がる崩れた大聖堂には、生きた人間も魔力を持った存在もいないのだ。


 そういえば、随分と静かにしていると思ったヒベクス枢機卿は途中で気を失っていたようで、今も意識は戻っていない。


 起きて騒がれるより、このまま寝ていてもらった方が助かる。ティザーベルは、彼に睡眠の術式をこっそり使っておいた。


 聖都はこれからが大変だろうけれど、それをどうにかするのはヒベクス枢機卿達の仕事だ。


 彼等が前教皇と同じ道を辿るなら、それをどうにかするのもこの土地に住まう人達の仕事である。通りすがりの自分に出来るのは、ここまでだ。


『主様、お疲れのところ、大変申し上げにくいのですが……』


 脳内に、ティーサからの連絡が入る。


『大丈夫だよ。何?』

『イネスネルを……二番都市を、救ってはもらえませんか?』


 そういえば、聖都の地下には二番都市がある。そして、スミスは二番都市を掌握していたのだ。都市の機能でカタリナや、異端管理局が使用していた魔法道具を製造していた。


 未だに起動中の都市に入るのは初めてだが、今のうちにどうにかしておいた方がいいのは確かだ。


『二番都市の支援型は、スミスが主だったんだよね? そのスミスが死んだって事は、今は冬眠状態?』

『わかりません。こちらからは、何も見えないんです』


 ティーサからの返答は、意外なものだった。支援型は繋がっていて、相手の事が大体わかるという。細かいところまでは無理だけれど、冬眠状態かそうでないかくらいはわかるはずだ。


 それがわからないとなると、繋がりが切れているのか、それとも――


「ちょっと、一旦下に下りよう」

「ああ」


 ヤードに提案して、大聖堂の脇に結界ごと下りる。結界解除の際に、ヒベクス枢機卿が倒れ込まないようにヤードに支えてもらった。


「おじさんとネルに連絡入れるね」


 二人にも、通話用の魔法道具を渡してある。スマホタイプのそれを使って、まずはフローネルに連絡を入れた。


『ベル殿か!?』


 思わず耳を離す程の大声だ。慌てた様子なのは、スミスのなれの果てを見たからだろう。


「うん、そう。こっちは終わったけど、そっちはどう?」

『こちらも終わった。というか、とっくに終わっていて、大聖堂の騒ぎを見物していたというか……』


 やはり。彼女達が向かっていたのは、ヨファザス枢機卿とサフー主教の屋敷だ。位置を考えれば、スミスとの戦闘は見えただろう。


「実はね、これからまだ後処理があるから、ヒベクス枢機卿を預けたいんだけど、人手はあるかな?」

『ヒベクス? ちょっと待ってくれ。確か……あ、いたいた。フォーバル!』


 通信機の向こうでは、フローネルとフォーバルのやり取りが聞こえる。彼もマレジアの隠れ里の者達に同行していたらしい。


『代わりました、フォーバルです。ヒベクス枢機卿はご無事ですか?』

「怪我一つないけど、ちょっと心労からか倒れちゃってね。このまま連れて行く訳にもいかないし、どこか落ち着いた場所に避難させた方がいいんじゃないかと思って」


 口からでまかせだが、全てが嘘という訳でもない。彼には休息が必要だった。


 通信機の向こうで、フォーバルが誰かと話し合っている様子が窺える。


『今、どの辺りにいますか?』

「ちょっと待って。……えーと、大聖堂の入り口に向かって左手の小さいお堂があるでしょ。そこ」


 あれだけの振動にもびくともせず、しっかり残っている古い石造りのお堂だ。既に大聖堂周囲に張っていた結界は解除していて、瓦礫による粉塵も収まっているから、向こうも探しやすいだろう。


『わかりました。では、これから迎えの者をやります』

「よろしく。あ、おじさんとフローネルに、こっちに来るように伝えてくれる?」

『了解です』


 通話を切り、待つ事しばし。フォーバルがレモとフローネルと他数人を連れてやってきた。フォーバル本人がヒベクス枢機卿を引き取るらしい。


「お待たせしました」

「おう、お疲れさん」

「凄いな、ここ……」


 眉をひそめて辺りを見回しているのはフローネルだけで、フォーバルもレモも、彼等と共に来た聖職者と思しき者達も動揺一つ見せななかった。


 無事にヒベクス枢機卿を渡して、フォーバル以外はその場を離れる。


「この後は、どうなさるんですか?」

「まだちょっと、こっちの後処理が残っているから、それを片付けに行くよ」

「後処理って……一体、どこに行かれるんですか?」

「それは内緒」


 ティザーベルの仕草に、一瞬むっとしたフォーバルだが、すぐに引いた。今回の件で、ティザーベル達への「借り」が大きい事は、彼も知っているのだ。


「……わかりました。では、私はこれで」

「うん。色々ありがとう」

「それは、こちらの言葉ですよ。本当に、お世話になりました」


 きちんと礼をして言うフォーバルに、ティザーベルは無言で手を振る。


 名残惜しそうに去る彼の背中を見送って、仲間だけになったのを確認してから、ティザーベルは口を開いた。


「さて、ここの地下にある二番都市へ、行く事になりました」

「だろうな」

「まあ、そうなるだろうよ」

「行く事に否やはないが……今からか?」


 肯定的な意見のヤードとレモに対し、フローネルはやや消極的だ。


「今だとまずいの?」

「いや、屋敷の方が中途半端な気がして」

「そっちはフォーバル司祭が頑張るでしょ。本来、彼等の仕事だから」

「それはそうなんだが」


 彼女が煮え切らないのは、同胞が犠牲になっていた場所だからだ。もっとも、エルフの男性が捕らえられ、虐待を受けていたのはサフー主教の館で、彼女が担当したヨファザス枢機卿の屋敷ではない。


 それでも、同じ加虐趣味の高位聖職者という事で、かなり容赦なく屋敷の中をあさったそうだ。そのおかげで、これまで見つからなかった色々な証拠が山のように出ているという。


 もっとも、ヨファザス枢機卿本人は、おそらくそこにある瓦礫の下敷きだ。生きて出られたら儲けものだろう。


 たとえその後に地獄が待っていようとも。


「まあ、ネルの気持ちもわからないでもないけど、地下都市の方は放っておくと危険そうだから、なるべく早く行きたいんだ。だから、あっちが気になるなら一人で屋敷に戻ってもらう事になるよ?」

「う……わかった……」


 不承不承ではあるが、フローネルからも了解が取れたので、二番都市への潜入が決定した。


 問題は、都市への入り口がどこにあるか、なのだが。


『それについては、お任せください』


 脳内に響くのは、ティーサからの通話だ。


『手があるの?』

『はい。イネスネルの抵抗が弱まりましたので、支援型全ての力で直接二番都市へお送りいたします』


 わざわざ入り口を探さずに済むのは助かる。下手をすれば、都市への入り口が瓦礫の山の下、という事も有り得るのだ。


 後始末の為に、地下都市へ。これで通算八つ目の都市だ。

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