二百五十二 崩壊

 目の前にそそり立つ岩壁。そこに彫られた老人の顔。それが、ラスボスである教皇スミスだという。


「何がどうしてこうなったやら……」


 よもや、本当にラスボス然として登場するとは。二番都市の支援型が関わっているようだけれど、何を考えて「主」をこんな姿にしたのか。


 巨大な化け物と化したスミスは、大きな顔の額に小さな顔を持っている。どうやら、あれが本体らしい。


 他の部分への魔法攻撃は、あまり効果がないようだが、あの部分はどうだろう。


 結界ごと浮かびつつ、額の本体へ攻撃をしようとして、異変に気づく。


「マジでー!?」


 何と、化け物部分の顔の目が一瞬光ったと思った途端、ビームのような光線が発せられたのだ。


 殆ど反射だけで避けたけれど、当たりだったらしい。光線が走ったラインは、綺麗に何もかもが蒸発している。


 そこにあったはずの建物も、植物も、壁も、当然人も。あまりの威力に、さすがのティザーベルも背中に冷たい汗が流れた。


「あれは、ヤバい」

「結界で防ぎきれないか?」

「出力が大きすぎて、ちょっと計算出来ない。一か八かで実験する訳にもいかないし」


 何せ、実験に失敗すれば自分達が死ぬのだ。そんな大きな賭は出来なかった。


 迷っている間にも、目は再び光り出す。慌てて結界を上空へ移動させた。ここならば、ビーム攻撃が来ても被害が最小で済む。それに、この位置ならば、化け物の目も届くまい。


 そう思ったのに、何と相手は目の位置を岩壁状態の体の中で移動させたようで、両目が上に向かってきた。大きな壁を人の体に例えるなら、肩の部分に目が移動した形だ。


 目は確実に、ティザーベル達を狙っている。


「どうなってんのよ! あれ!?」

「俺が知るか!」


 さすがに慌てたが、ここなら避けても被害はない。ビーム光線は上空に消えていくだけだ。その分、容赦がなくなったのか単純に慣れたのか、光線が発する速度が上がっている。


 その度に結界を移動させて避けるのだが、今度は両目で同時の攻撃から、片目ずつの攻撃へと切り替えてくる。それも、片目ずつ両肩の位置に移動し、バラバラに攻撃してくるのだ。厄介な事この上ない。


 それでも何とか逃げ回る。あのビーム攻撃をまともに受けて、結界が無事でいられる保証がない以上、当たるわけにはいかなかった。


 逃がす暇がなかったヒベクス枢機卿も一緒にこの場にいるのだが、既に腰が抜けてへたり込んでいるようで、声も出せないらしい。騒がれるよりましなので、そのままにしている。


「あの目、厄介だなあ……」

「目だけ集中して攻撃出来ないのか?」


 ぼやくティザーベルに対するヤードの意見はもっともだ。


「うーん……ダメもとでやってみるか」


 敵の体自体は、石材と地中の岩や土を魔力で固めているだけだ。とはいえ、全身に満ちる魔力は地下都市から供給を受けているようで、その総量は尋常ではない。そこらの魔物も裸足で逃げるだろう。


 魔力の強いものは、魔法攻撃を弾く可能性が高い。


 ――効くかどうか、チャレンジだね!


 普段よりも攻撃の効果範囲を絞り、使う魔力も多くする。普段が棍棒程度の魔力と効果範囲のところを、針のように細く、かつ魔力を密集させてから片目めがけて射出した。


 弾かれるのを覚悟していたが、一応攻撃は通ったらしい。化け物の動きが苦痛にあえいでいるようだ。


 だが、攻撃が通った事で、相手の闘争心に火を付けてしまったらしい。なんと、口まで肩の方へ上がってきて、攻撃に加わったのだ。


「おおおおい! 何よあれえええ!」

「何でもありか……」


 呆れながらも、回避の手を緩められない。口からの攻撃は目同様ビーム攻撃なのだが、目から発せられるものよりも太くて威力が上がっているようだ。


 しかも、逃げた角度によっては、目と口の攻撃を一緒にまとめられるようで、威力と速度が増したビーム攻撃にさらされる羽目になっている。


「どうしたものか……」

「これじゃ、こっちからの攻撃する隙がないよ……」


 打つ手なし。絶望に囚われそうになったティザーベルの脳内に、ティーサの声が響いた。


『主様、お待たせいたしました! 準備完了です!』

「助かる!」


 思わず口に出してしまう程、ティーサからの報せは本当にありがたかった。


『このまま術式として主様に直接送ります。使い方はわかるはずです』

『わかった。ありがとう』

『ご武運を』


 ティーサからの連絡が途絶えたと同時に、脳内に術式が流れ込んでくる。使い方も、今の自分なら確かにわかるものだ。


 支援型を目覚めさせ、各地下都市を再起動させた報酬の知識は、まさに宝だった。



 ◆◆◆◆



「はっはっは、逃げろ逃げろ。すぐに捕まえてやる」


 スミスは攻撃を楽しんでいた。最初こそ自分の新たな「体」に愕然としたし、どうするべきかわからなかったが、すぐに気づいた。


 これは、神敵を討てという神からの啓示なのだ。イネスネルという忌むべき存在からもたらされた力だというのが納得出来ないが、魔法などという穢れた存在も、神敵を討つ為ならば使わざるを得ない。


 これでスミスが神敵を討てば、イネスネルも浄化され神に許された存在になれるだろう。


 ならば、自分がやる事はただ一つ。先程から羽虫のように飛び交う敵を討つ事だけだ。


 最初の攻撃こそ失敗して、街に多大な損害を与えてしまったが、後でいくらでも挽回出来る。壊れた街は、作り直せばいいのだ。


 攻撃手段を増やしたスミスに、もはや敵うものはいない。神敵も逃げ惑うばかりだ。


 あともう少し。そう思っていたのに、いきなり足下から力が抜けていくのを感じる。


「何だ? どうしたのだ?」


 崩れていく。新しい体が、足下からただの瓦礫と化していくのがわかる。止めようにも、どうやれば止められるのかがわからない。


「イネスネル……イネスネル! これは、どうすればいいのだ!」


 彼の問いに答える声は、なかった。為す術なく、スミスは崩れていく瓦礫の中に、埋もれていった。



 ◆◆◆◆



 一時期はどうなる事かと思ったけれど、ティーサが送ってくれた術式がよく効いている。


 打ち込んだ術式が、大きな岩壁となっている体から、どんどん魔力を吸い出している。


 元々瓦礫や石、土などを魔力で繋いだだけで作った体だ。その魔力を吸い出してしまえば、カタリナよりも簡単に倒せるらしい。


 ただ、相手の持つ魔力の量が膨大なので、各都市に振り分けてもキャパオーバーになるのがわかっていたので、今回は別の手を使ったようだ。


 術式を短い槍のような形にして、それをそのまま相手に打ち込む。その槍に、相手の魔力を抜いて、その場で結晶化する術式が組み込まれているのだ。


 これを打ち込まれた相手は、大量の魔力を吸い出される。魔物なら、一撃で倒す事も可能だろう。


 魔物にとって、魔力は命の源のようなもの。魔力がなくなる事は、そのまま死を意味する。


 目の前の石と瓦礫と土からなる「魔物」も同様だ。体が大きいので、いくつも槍を打ち込まなければならないが、効果は上がっている。


 足下から、体が崩れ始めていた。足下から打ち込み続けた槍の本数は、既に三桁に上りそうだ。


「このままじゃまずいかな……」


 勝ちが見えてきた事で、ティザーベルの心に余裕が出てきたらしい。化け物が倒れた時、街に与える被害が気になった。


 化け物になったスミスは、大聖堂の跡地に立っている。幸い、大聖堂周辺は小さな森になっていて、一般の人が使う建物が少ない。


 ならば、とその敷地の境に結界を張り、降ってくる瓦礫や土、石が敷地から出ないようにした。


 果たして、槍を打ち込んでから一時間弱で、巨大化したスミスは倒れる。轟音を立てながら崩れるその姿は、悪魔そのものだった。

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