二百五十一 出現
ヒベクス枢機卿と、彼に従う形のティザーベルとヤードは、球状の結界で浮いたまま大聖堂の奥へと向かっていた。奥へ行けば行く程、揺れは大きくなっている。
「そろそろヤバくね?」
ろくな耐震設備もない建物だ、いつ崩壊してもおかしくない。天井からは、もう建材の一部が剥がれ落ちてきている。
それらは結界に阻まれているのでこちらに怪我はないが、急がないと倒壊に巻き込まれるかもしれない。
気持ち移動速度を上げていたら、とうとう柱が倒れてきた。
「危ない!」
こちらに向かって倒れてくる柱に、ヒベクス枢機卿が声を上げて頭を腕でかばう。結界があるから、何が降ってきても問題はないのだが、咄嗟の行動なのだろう。
「大丈夫……と言いたいところだけど、さすがにこのままだと倒壊に巻き込まれますよ。どうします?」
ティザーベルの言葉に、青い顔をした枢機卿が振り向く。恐怖からか、声も出ないようだ。
「このまま、奥を目指しますか? それとも、揺れが収まるのを待ってから、再度奥へ向かいますか?」
選択肢を二つまで絞って呈示すると、ようやく「待つ」と細い声での返答があった。
丁度渡り廊下状態の場所にさしかかったので、中庭に出てから上空へと上がる。上から見ると、大聖堂の崩壊具合がよく見えた。
そんな中、少し視線を遠くにやると、聖都の街並みが見える。
「? ……何で、街は影響がないの?」
街中の建物に、倒壊しているものは殆どない。眼下の大聖堂は、もう半分近くが瓦解しているというのに。
大聖堂の近くは振動の影響があるらしく、人々が逃げ惑っている。地震がこんなに局所的だなどと、有り得るのだろうか。
――地震ではない? 大聖堂の地下が、揺れ動いている? ……二番都市か!
そのティザーベルの読みは、正しかった。大聖堂の振動は激しさを増し、柱は倒れ屋根は落ちている。
瓦礫と化す建物が出す粉塵で、辺りが見えない程だ。その中に、何かが立ち上がる影が見えた。大きな、影。
「なんだ……あれは……」
ヒベクス枢機卿の掠れた声に、答える者は誰もいなかった。
◆◆◆◆
大聖堂の事は、離れたヨファザス枢機卿の屋敷からも見えた。
「何だ? ありゃ」
ティザーベル達とは別に、ヨファザス枢機卿とサフー主教の屋敷を襲撃する方に加わっていたレモが、轟音に反応して音のした方を見る。
彼の目には、粉塵を巻き上げながら崩れる大聖堂が映っていた。
「レモ! この音は何だ!?」
屋敷の中を捜索する方に回っていたフローネルが、中から飛び出してくる。彼女の背後から、一緒に中に入った隠れ里の連中も何事かと出てきたらしい。
「いや、俺もよくわからねえ。でもよ、大聖堂が崩れてるんだわ」
「大聖堂……ベル殿か?」
「んー……嬢ちゃんでも、大聖堂そのものをあそこまで壊すかねえ?」
二人して玄関先で首をひねっていると、またしても轟音が辺りに轟いた。これも、大聖堂のある方角からだ。
音と共に、粉塵の中から何かが浮かび上がる。いや、立ち上がったというべきか。
それを、何と形容するべきなのか、その場にいる誰も思いつかない。壁のような、岩のようなもの。だが、そこには巨大な人の顔が浮かび上がっているのだ。
「何だ? ありゃ……」
呆然と呟くレモの言葉に、答えられる者は誰もいなかった。
◆◆◆◆
意識が浮上したスミスの目に、聖都の街並みが入る。ああ、自分が作り上げた街は、なんと美しいのか。
それらを見下ろし、何かおかしいと気づく。はて、自分はいつ、街並みを見下ろせる場所に上ったのか。そもそも、この街にそこまで高い塔を建てた覚えがない。
そうだ、大聖堂を超える塔を建てる事を、禁じたのは自分だ。神の住まう場所を見下ろすには不敬に当たるとして、教会の鐘楼ですら、大聖堂のドーム屋根より低くさせたはず。
では、自分はドームのてっぺんにでもいるのだろうか。
チガウ
この高さは、ドームよりも上だ。おかしい。ここにきて、スミスはようやく自分がおかれた状況に目を向ける。
今、自分はどこに立っていて、どういう状態になっているのか。周囲を見ようにも、何故か体がうまく動かない。やっと動いたと思ったが、酷くゆっくりとした動きだ。
左を向いた。下の方から人々の悲鳴が聞こえる。一体、どうした事だ。
『今のあなたの姿を、見せてあげる』
脳内に響いたのは、支援型のイネスネルの声だった。何の事だと聞こうとした瞬間、脳内に崩れた大聖堂と、その上にそびえ立つ岩のようなものが映った。
その岩には、大きな自分の顔が彫り込まれている。
ナンダ、コレハ
『言ったじゃない。今のあなたよ』
イネスネルが面白くもなさそうに吐き捨てた言葉と共に、脳内の映像が岩に彫られた自分の顔の額にズームする。
そこには、驚きに目を見開いている自分がいた。
ナンダ、コレハ ドウイウ事ダ
『敵を倒す手段が欲しかったんでしょう? これが、それよ』
バカな。どうして自分がこんな姿になるのか。混乱するスミスは、それでもすぐに一つの答えに辿り着く。
ああ、そうか。これは神より与えられし力なのだ。この力で、神敵を倒せと、そういう事なのだ。
スミスを止める者は、もう誰もいない。彼は敵を倒すべく、周囲を探索し始めた。
◆◆◆◆
粉塵の中から出現した、巨大な壁のようなもの。その壁面に浮かび上がっているのは、年老いた老人の顔だ。
「教皇……」
ヒベクス枢機卿の言葉を聞かずとも、あれが教皇スミスなのだと、ティザーベルは理解していた。
『何なの? あれ』
脳内で支援型達に問いかけると、すぐに答えが返ってきた。ティーサからだ。
『あれは、周囲の物質を取り込んで巨大化した人間ですわ』
『あれも、二番都市の機能なの?』
『おそらくは。イネスネルの気配を感じます。それにしても……』
さすがに相手が大きすぎて、こちらも攻撃手段がない。試しに魔法で攻撃をしてみたけれど、びくともしなかった。
ここが街中でなければ、強力な術式を試す事が出来るけれど、周囲にはまだ民衆がいる。彼等を戦闘に巻き込むのは避けたい。
『主様。少しだけですが解析を進めております。あれは瓦礫を吸収して巨大化しておりますが、それらをまとめているのは全て魔力。カタリナの時のように、全ての魔力を吸収してしまえば、倒せるかと』
『そうか! ……あ、でも、あれだけでかい相手の魔力を全て吸い尽くすのって、出来るの?』
『それについては、マレジア様から提案をいただきました』
そうだ。あの婆さんも、この状況を見ているんだった。
『全ての地下都市で生産を開始させています。今しばし、お時間をいただけますでしょうか』
『その間はこっちでどうにかしろって事ね。やってみましょう』
『お願いします』
これを倒せば、こちらの勝利なのだ。出し惜しみせず、全ての力を出し切るつもりでかからなくては。
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