二百六十二 意識の変革

 シアターを出る頃には、辺りはすっかり暮れていた。


「ここ、地下だよね?」

「ちゃんと天井部分に、地上の天気を反映するシステムが組み込まれてるんだよ」

「はあ……もの凄く昔に、そんな最先端の技術があったなんてねー」


 セロアの言葉に、ティザーベルは苦笑するしかない。その最先端技術も、おそらくは転生者によってもたらされた考え方が元になっているのだろう。


 無から有を作り出すには困難だが、理想を形にするのは技術力さえ追いつけば難しくはない。転生者達は、様々な記憶から、その理想を提案していったのだろう。


 シアターから出てきた一行の中で、目に見えて落ち込んでいるのはネーダロス卿だ。何だか酷く老け込んでいるようにも見える。


「あっちは、何だかお通夜状態じゃね?」

「大金使って探し当てたものが、思っていたものとは違うものだったんだから、そりゃがっかり感も大きいでしょうよ」


 あの記録映像から、ネーダロス卿は地下都市の技術を使っても、元いた世界……日本には渡れないと悟ったのだ。だからこそ、あんなに力を落としているのだろう。


「そこまでして、帰りたいもんかねえ?」

「わからんわ」


 セロアはティザーベルよりも前世の記憶がはっきり残っているようだが、それはそれ、これはこれと割り切っていると言っていた。


「菜々美ちゃんなら、理解出来るかもね」

「あー、ね。あの子が帰りたいって言うんだったら、共感出来るわ」


 ティザーベルの意見に、セロアも同意する。まだ未成年の彼女は、召喚された訳でもなんでもなく、ある日いきなりこちらに来てしまったという。


 残してきた家族などへの思いもあっただろうが、何より彼女はこの世界で生きていかなくてはならなかった。転生者であるティザーベル達に比べれば、言葉や生活習慣などの違いに苦労しただろう。


 それでも腐らず前向きに生きている菜々美は、本当に凄いと思う。


「私、菜々美ちゃんの立場になったら、この世界呪う自信あるわ」

「私も」


 同意しただけなのに、セロアは間髪入れず返してくる。


「いや、あんたが呪ったら実害出そうだからやめて」

「実害出ていいじゃん。その為の呪いだよ」

「そうだけど、やっぱやめて」

「失礼だな」


 言い合いながら、再び車に乗る。このまま、今日は宿泊施設に向かう予定なんだとか。確かにこの時間に地上に戻っても、泊まる先はラザトークスのあの宿だ。あそことここの宿泊施設では、比べものにならない。


 車は大通りから外れ、比較的大きめの通りを行く。こうしている間にも、街灯が点灯し始め、空の色も濃い藍色へと変化していた。


 到着したのは、五番都市でも一番の設備を誇る宿泊施設だ。


「おお、ゴージャス」

「他の都市にも、このクラスのホテルがあるよ」

「そこに滞在していた訳か。セレブだねえ」

「違うっての」


 ティザーベルとセロアが乗っていた車は、先頭を走っていた。二台目がネーダロス卿とインテリヤクザ様、クイト。三台目にヤードとレモ、フローネルが乗っている。


 後続の車から降りたネーダロス卿は、両脇をインテリヤクザ様とクイトに抱えられていた。


「大丈夫なの?」

「う……ん、ちょっとヤバいかも。早く休ませたいんだけど、いいかな?」

「了解」


 三人を残して、宿泊施設のフロントへ駆け寄る。対応は全て機械で、画面上か音声でのやり取りだ。


 画面で部屋の構成を見る。いわゆる最上級クラスのスイートルームは一部屋のみで、その下にジュニアスイートが六部屋。それ以外は全てハイクラスの部屋となっていた。


「スイートルームを用意するから、クイトはネーダロス卿と一緒の部屋でいい?」

「嫌だとは言えないよねえ、これ」

「我慢しな。イン……統括長官は、ジュニアスイートを用意させます」

「感謝する」


 三人分の部屋を最初に用意させ、鍵を受け取って案内用のロボットに後を託す。ヤード達も到着していて、ネーダロス卿達の様子を見ていた。


「あの老人は、具合が悪いのか?」

「まあね。だから、部屋で休んでもらう事にしたよ。私達の部屋は、適当に選んで」

「わかった」


 これまでと同じなので、フローネルも落ち着いたものだ。ヤード達も慣れたもので、それぞれ画面を見て開いてる部屋を取っていく。


「セロアはどうする? 一人部屋に行く?」

「ツインで一緒がいい。色々聞きたい事もあるし」

「了解」


 シングルの部屋も広めだが、ツインはさらに広い。それより広いのがスイートであり、一度だけ他の都市で使った事がある。あまりの広さに空間を持て余し、それ以降はシングルの部屋に逆戻りしたが。


 ツインの部屋を取って、セロアと二人で向かう。


「あ」

「何?」

「着替え、用意してない!」

「ああ、平気。後でホテル内の店で、採寸して新しい服その場で仕立ててくれるから」

「は?」


 ティザーベルの言葉に驚いたセロアは、廊下の途中で固まってしまった。彼女が再起動するまで、たっぷり一分はかかったのだ。




「色々と、私の中の何かが崩壊していく……」

「まあ、帝国の常識で考えない方がいいよ?」

「前世の常識でも考えられんわ! こんなの」


 吠えるセロアを見て、ティザーベルは内心で苦笑する。たったいま、ホテル内のブティックで新しい服や下着を揃えてきたところだ。


 靴も、今まで使っていたものより履き心地も歩き心地もいい品に変わり、服も下着も帝都で買えるものより数段質がいい。


 何より、ボタンだけでなくファスナーやホックを使った服なので、着脱が楽なのだ。


「こんなの着ていたら、元の服が着られなくなりそう……」

「ボタンはあっても、ファスナーはないからねえ。これがあるだけで、大分違うし」

「本当だよ! 誰か早くファスナー開発してよ!」

「他力本願かよ」

「だって私じゃ無理だし」


 いっそ潔いとも言える宣言に、ティザーベルは返す言葉がなかった。


 二人は身支度を調えて、メインダイニングに向かっている。先程内線で確認したところ、やはりネーダロス卿は心労が酷いらしく、寝込んでいるそうだ。なので、夕食は遠慮するらしい。


 メインダイニングには、ヤードとレモ、フローネルの姿がある。


「ご隠居達は?」

「ネーダロス卿が寝込んじゃってるんで、二人とも部屋で食べるってさ」

「そうか……」


 ティザーベルの返答に、レモが考え込む。大恩ある相手だから、心配なのかもしれない。


 夕食の席は、賑やかになものになった。意外……という程ではないが、セロアとフローネルの相性はいいようだ。


「へえ、じゃあ、里では腕が立つ者だけ、外に出てもいいんだ?」

「ああ。戦士となり、ようやく許可を得て外の仕事に出た途端、ヤランクスに襲われたんだ。おかげでベル殿と出会えたのだが、運が良いのか悪いのか」

「結果オーライって事で、運が良かったって思っておこうよ。それで、妹さんは大丈夫なの?」

「今は里の……こちらで言うところの宗教施設のような場所で世話になっている。あそこに入れば、一生出られない代わりに、里を追い出される事はない。ハリには、いい場所だと思う」

「そっかー。好奇心旺盛な妹さんみたいだから、窮屈に感じるかもね」

「だとしても、あの子は里の外では生きていけない。あまり強くはないんだ。体も、心も……」

「でも、人とエルフがお互いに尊重し合って生きていける世の中になれば、里の外でも生きていけるんじゃないかな?」

「そう……かな?」

「そうだよ。強くない子でも、自由に外の世界で生きていけるようになればいいんだよ」


 セロアの言葉に、フローネルは少し驚いた様子を見せた。おそらく、彼女も知らずのうちに固定観念を持っていた事に気づいたのだろう。


 シーリザニアというモデルケースもある。これから先の世界も、これまでと同じである必要はないのだ。


 そして、そんな世界を自分達の手で作っていく事が出来る。それを実感出来ただけでも、フローネルはここまで来た甲斐があっただろう。

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