聖都編
二百四十二 新生異端管理局
ヴァリカーン聖国にはいくつか公式とされる祭事があり、聖都でも大々的に執り行われていた。
中でも重要とされるのが、神の威光をあまねく世界に知らしめた日を祝う祭り、「光現祭」がある。
今年もまた、その季節がやってきた。
「浮かれてるねえ……」
教皇庁に併設された大聖堂の一室から、外を眺めつつベノーダは呟く。去年までの今頃は、彼もあの浮かれた群衆の中にいたのだが、今年は違った。
カタリナの腕を失い、管理局の仲間二人の命を奪われた失態から、既に一月半。カタリナの姿は今も管理局にはない。
異端管理局自体、現在は活動を停止している。元々少人数で動かしていた管理局だ、いきなり三人の欠員が出ては思うような活動も出来ない。
また、マレジア捕縛の任務に失敗してからこっち、どうにも上の覚えが悪いらしい。
「……勝手な連中だぜ、まったく」
調子のいい時はすり寄ってくる癖に、こちらが落ち目になったと悟った途端、離れていく。
上も同様だ。使えるうちは使い倒し、使えなくなった途端お払い箱だ。まだはっきりと管理局が解散になるとは聞いていないものの、時間の問題だろう。
実際、ベノーダの耳には管理局を潰すよう動いている連中の噂が入ってきている。
大方、ヨファザスの敵対勢力と言われているヒベクスの一派だろう。同じ枢機卿という、教皇の側近くに仕える位置にある二人だが、その目指す方向は真逆だ。
ヨファザスは現教皇の元で甘い汁を啜り続けたいと願い、ヒベクスは新しい教会の姿を模索している。
異端管理局などという、ある意味教会の暗部にいると、普段なら見えない部分も見えてくるものだ。
確かに、今の教皇庁のあり方に反感を持つものは多い。それが災いして神の教えに従わない者達も出て来ている程だ。
いや、彼等に言わせれば、今の教皇庁こそ神の教えに反した者達の集まりだという。
ベノーダに言わせれば、どっちもどっちだ。どれだけ綺麗な言葉で飾ろうとも、要は自分達が権力を握りたいだけなのだから。
祭りの時期は、どの街も賑やかだ。人々は陽気に笑い、歌い、財布の紐を緩くする。そこを狙った商人達が、ここぞとばかりに珍しい品や普段は手に入れられない品などを並べるのだ。
ベノーダも、子供の頃は祭りを楽しみにしていたものだ。普段は食べられない菓子が食べられるのも、この時期だけだったから。
自分がどこで生まれ、どんな親に育てられていたのか、彼は憶えていない。彼の記憶の始まりは、孤児院だ。そこで聖魔法具への適性が認められ、教皇庁に引き取られた。
あの院にいた子供達は、今も生きているのだろうか。
祭りの当日、教皇庁は慌ただしくなる。祭りそのものは民間主導だが、神に関わる行事である以上、教皇庁も無関係ではいられない。
特別説法を行ったり、普段は出入りを制限している区域を一般開放したりするのだ。特にここ聖都には、光現祭の時には地方から多くの人がやってくる。いつも人の多い聖都だが、この時期は輪をかけて多くなるのだ。
そんな中、ベノーダは大聖堂の奥に呼び出されていた。既に朝の特別説法は終了し、現在は昼の説法が始まっている。
――とうとう、罪を問われるのかな。
失敗は失敗だ。ベノーダは生き残ったけれど、おそらく教皇の命で処刑されるだろう。
教皇直属の異端管理局に、敗北はない。失敗も、ない。あってはならない事が起こったのだから、その責任は取るべきだろう。
胃の辺りが重くなる気がしたが、致し方ない。ベノーダは覚悟を決めて、奥へと向かった。
奥の広間は、相変わらず広く、天井は高い。太い石の柱が何本も並ぶ中、ベノーダは奥へと進む。ここに来るのは、査問以来か。
薄い紗幕で遮られた奥の座に、教皇がいた。もっとも、ベノーダは教皇の姿を見た事はない。紗幕の向こう側に人がいる気配がするだけで、それが教皇がどうかもわかってはいなかった。
「異端管理局局員、ベノーダ」
紗幕のこちら側で、ヨファザス枢機卿がベノーダの名を読み上げる。彼は短く答えた。
「教皇聖下よりのお達しだ。異端管理局に新たな人員を補充する。その者達と共に、神敵を討て」
「……は!」
色々と確かめたい事はあるけれど、この場で問答する訳にはいかない。ヨファザスの顔を潰す事になるし、何より教皇聖下からの命令である。拒否は許されなかった。
奥から管理局の部屋へと戻ると、サフー主教がいる。ヨファザスの手駒だが、ベノーダは彼が嫌いだった。
――そういやカタリナも、毛嫌いしていたっけ……
噂で聞こえてくる内容からも、サフーが信用ならない人物だと思える。とはいえ、ヨファザス同様、彼も敵に回すと厄介な人物だ。
「これは主教。このような場所に何用で?」
「うむ、猊下からの使いでな。この者達を案内してきたのだ」
見れば、部屋には彼以外にもう三人、見慣れない顔があった。三人とも女性で、なんと言うか、全体的に病んでいる印象を受ける。
「この者達はヨファザス枢機卿猊下の配下の者でな。今回、異端管理局へ異動する事になったのだよ」
では、彼女達が補充人員という事か。改めて、ベノーダは女性達を見た。やる気どころか、生気すら感じない。ちらりと見えた腕には、明らかに傷跡と思しきものまで見える。
――おいおいおい、配下って、そういう事かよ。
ヨファザスの悪趣味の一つに、幼い者を痛めつけるというものがある。おそらく、彼女達はその地獄を生き延びてしまった者達なのだろう。
成長した彼女達に、ヨファザスは食指が動かないらしい。だから厄介払いも含めて、異端管理局によこしてきたのだ。
だが、二人とも大事な事を忘れていないだろうか。
「主教、一つ確認なのですが」
「何かね? これで、私も忙しい身なのだが」
帰ろうとしていたところを引き留めたからか、サフー主教は不機嫌さを隠しもせずに聞いてくる。
「ご存じの通り、異端管理局は聖魔法具への適性があるものしか務まらない場所。彼女達は、その適性があるのでしょうか?」
聖魔法具への適性は、十万人に一人とも言われている。異端管理局が簡単に人員を補充できない理由だ。だからこそ、スニのような人格破綻者でも受け入れざるを得なかったのだが。
ベノーダの問いに対するサフー主教からの返答は、実に短かった。
「無論だ」
「……本当で、ございますか?」
「わしを疑うというのかね!? その疑問は、引いてはヨファザス枢機卿猊下をも疑う事になると、わかっていての事かね!?」
「滅相もない! ただ、適性のある者の数が少ない事は、主教もよくご存じのはずです」
「ふむ、それはそうだな。ベノーダ」
サフーは、指でちょいちょいとベノーダを呼ぶ。彼女達に聞かせたくない話なのだろうか。
脂ぎったサフーに近寄るのは、正直嫌だったが、致し方ない。
「ここだけの話だがね。猊下はある秘法を用いて適性者を『作り出す』事に成功なさったのだよ」
「え!?」
さすがに声を出すのを押さえる事が出来なかった。おかげで、サフーには酷く睨まれたが、どうという事はない。
「……その秘法は、猊下のみがご存じなのですか?」
「そこまではわしも知らされていないがね。ともかく、あの女達に適性があるのは間違いない。せいぜいうまく使いこなしたまえ」
そう言って嫌な顔で笑うと、サフーはベノーダの肩をぽんぽんと叩いて部屋を後にした。
しばらく呆然としていたベノーダだったが、与えられてしまった以上、彼女達を使わなくてならない。
「あー……聞いていた通り、今日から君達はこの異端管理局で働く事になった」
誰も、何も返さない。まるで生きた人形だ。その様子に、何やら背筋に寒いものを感じる。薄気味悪いが、致し方ない。
「それで、君達の名前は?」
「ありません」
三人を代表する形で、一番前にいた者がそう答える。年の頃は十八、九といったところか。まだ十分若い娘だ。
それにしても、おかしな話だ。何故、名前がないのか。
「……これまでは、何と呼ばれていたんだ?」
「三十七号と」
ベノーダが顔をしかめる。人を番号で呼ぶなど、まともではない。
――いや、それは俺も同じか。
平気で人を殺す部署が、この異端管理局だ。神の教えに従わない者、教皇庁に背く者、それらは全て排除対象である。
三十七号と言った彼女以外も、やはり番号でしか呼ばれていなかったらしい。ベノーダの新しい仕事は、まず彼女達に名付ける事から始まるようだ。
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