二百四十一 入り口の変更

 三番都市での休養は、五日で終了した。六日目の朝、ティザーベルはベッドから起き上がって伸びをする。


「あー、休んだ休んだ」


 休養の間、彼女は地下都市から出て周辺の景色を楽しんだり、近場の湖にカヤックを出したり、釣りなどで楽しんだ。


 全て一人で行動していたので、心身共にリフレッシュ出来たと思う。


 この五日間、ヤードとフローネルは剣の稽古を、レモはニルウォレアの許可を得て三番都市や周辺都市の情報を得ていたそうだ。


 毎日朝食だけは全員で取っていたので、その席で昨日は何をしていた、今日は何をするとお互いに報告していた。


 身支度を調えて、宿泊施設のメインダイニングに向かうと、フローネルが座っている。男性二人はまだのようだ。


「おはよう、ネル」

「おはよう、ベル殿。いい朝だな」

「そうだね」


 メインダイニングには大きな窓が設えられていて、地上の風景がリアルタイムで映し出されている。


 山間部の本日の天気は晴れ。風もなく穏やかな朝だった。


「おはようさん」

「うす」


 レモとヤードも起きてきたらしい。ヤードはまだ眠そうだ。彼は、仕事中はそうでもないけれど、普段はあまり朝に強くないらしい。




「で? 今日はもう一つの都市の再起動だったよな?」

「そう。十番都市だね」


 レモの問いに、ティザーベルは頷きつつ答える。三番都市を挟んで、十一番都市のほぼ真向かいに位置するのが十番都市だ。


 平地の地下にあった十一番都市とは違い、十番都市は沿岸の地下にあり、半分は海の底になるという。


 位置の説明を終えると、ヤードが渋い顔をしている。


「どうかしたの? 何か嫌そうな顔をしているけど」

「その都市の入り口、海の底とか言わないよな?」


 一瞬場がしんと静まりかえったが、次の瞬間ヤード以外の笑い声で埋め尽くされる。


「さすがにそれはないでしょ」

「どうやって出入りするんだよ」

「ヤード殿は、すごい発想をするものだな」


 笑われた形のヤードは、今度はぶすくれている。笑ったのは悪いが、さすがにそれはないだろう。


 ニルウォレアに確認してみよう。


「ニルウォレア、十番都市の入り口、海の底とかないよね?」

「少なくとも、六千年前は地上にあったっすよ。ただ……」

「ただ?」

「長い年月の間に、地形が変化している可能性があるっす。地下都市まで影響を及ぼすような変動は都市が止めてるっすけど、表層的なものまでは、どうっすかね」


 途端にヤードの発言が笑えなくなった。




 ニルウォレアが持つ十番都市の情報を元に、現在の地形を調査する事になった。


「既に情報収集用の端末は出してあるっす。そこからの映像などで、確認出来ると思うっすよ」


 出来る支援型だ。いや、支援型はどれも仕事は出来る。ただ、個々の人格というか、性格が個性的というだけで。


 映し出された映像には、延々と続く海岸線が見える。青い海に美しい砂浜。最高のリゾート地の映像だ。


「やっぱり、大分地形が変わってるっすね。以前はもっと海岸線が遠かったっすよ」


 波の浸食は強いという。岩ですら砕くのだから、砂浜が後退しても不思議はない。


「それで? 肝心の都市への入り口は、海に沈んでいない?」

「少し待ってくださいっす。……あ」


 それだけ言うと、ニルウォレアが固まった。これはいよいよ、海の底に潜るほかないのか。


 じっと次の言葉を待っていると、ニルウォレアが困った顔でこちらを向いた。


「その……入り口が砂に埋もれてるっす」

「はい?」


 違う意味で困難な状況のようだ。




 十番都市への入り口は、砂浜の地下約五メートルの位置にあるという。


「ここで砂掘り?」

「さすがに入り口までの砂は除去する以外、ないっすね」


 魔法でやるから肉体労働はいらないけれど、それにしても、海岸を掘る羽目になるとは。


 一度都市に入り、再起動させてしまえば都市間移動が使えるので、次に来る時はここを使う必要はない。


 だが、万一の事を考えると、都市の入り口をもう少し地形変化が緩やかな場所に移したいところだ。


「ニルウォレア、都市の入り口って、移動出来ないの?」

「出来なくはないっすよ。ただ、その権限は都市の主にあるっす」

「どのみち、都市の再起動を急がないとダメって事ね」


 主になるだけなら、支援型を起こして契約するだけでいい。今のティザーベルなら、起こすだけで自動的に契約まで完了する。


 だが、入り口の登録変更はさすがに都市の機能を使わざるを得ないだろう。だとすれば、やはり再起動させるしか手はない。


「再起動する為に来たんだから、入り口の変更はそのついでと思えばいいか」


 まずは再起動だ。その為にも、目の前の砂浜を掘り進めなくては。


 魔法で砂を掻き出すと、底のところに岩盤が見える。いや、石版か。


「これが、入り口?」

「そうっすね。魔力を込めてほしいっす」


 言われた通りに魔力を込めると、石版が光って都市へと至る最初の場所へと移動していた。


「ここまで来ると、いつもの事だなあって感じるぜ」


 レモの言葉に内心頷きながら、次の手順を探す。今回は床に刻まれているようだ。


 入り口同様魔力を流す事で、次へと移動させられる。この手順が何回続くかは、都市によって変わるらしい。


 十番都市は、三回目の移動で都市内部へと至った。地上はまだ明るい時間帯なのに、地下都市は暗い夜の時間に見える。街灯はついているので移動するのに不便さは感じないが、この光景は何度見ても気が滅入るものだ。


「人がいない人工の都市で、暗さまで合わさるとなんとも言えない感じ」


 何が出る訳でもないけれど、物音一つにも反応してしまいそうだ。


 大通りを進み、中央塔へと向かう。支援型の場所はニルウォレアがわかるそうだ。


「……そういえば、レポザレナの姿が見えないね?」

「この都市を再起動させれば、ティーサ姉様からのお説教から逃れられないっすから、今から一人で恐怖におののいてるっす」


 そこまで怖いのか、ティーサの説教は。




 中央塔の地下深く、支援型の部屋までの通路を歩く。どの都市も、支援型の部屋と動力炉はより下に置くらしい。


「そして、ここにも罠が盛りだくさん」

「もう、地下都市に罠は付き物だな」

「そんな付き物、いらない……」


 ヤードの言葉に、ティザーベルはうんざりしながら返す。何が悲しくて、こんな大量の罠を次から次へと解除していかなければならないのか。


 この先に嬉しい宝物でもあれば、モチベーションが上がるというのに。先にあるとわかっているのは支援型と、動力炉だけだ。


 もちろん、都市の再起動という目的の為には必要なものだけれど、心躍るかと言われれば、正直微妙である。


 これだけの数の地下都市を再起動していると、もはや作業感しかない。


「よし、この先の部屋が支援型のいる場所ね!」

「わかるっすか?」

「罠の数が半端ないから!」


 なんとも嫌な確信の持ち方だが、間違ってはいない。通路の突き当たりにある支援型の部屋には、細かい罠が数多く設置されている。ただ、爆発系が一つもない事だけが救いか。


「……っと、これで解除完了」

「お疲れ様っす」


 部屋に入り、早速支援型を起こす。ニルウォレアの補助があるせいか、三番都市の時よりも負担が少ない。


 台座の上の球体が花咲くように開いた中にいたのは、何だかビクビクとした支援型だった。


「あの……あの、新しい、主様……ですよね? わた、私はカーリアと言います。あ、この十番都市の支援型、です」

「あ、うん。よろしくね」

「は、はい……よろしく、お願いしみゃす」


 噛んだ。カーリアも自覚があるのか、その小さな頬がみるみる真っ赤になっていき、最終的にはニルウォレアの背中に隠れてしまった。


「……本当に、支援型ってなあ個性があるな」

「そだね」


 レモの言葉に、乾いた声でそう答えるのが精一杯だった。




 カーリアが先導しながら、今度は動力炉室までの道を行く。


「えと、えと……」


 あちらこちらをちらちら見ながら進む彼女には、不安しかない。ただ、進む先に罠があるから、この経路で間違っていないようだ。


「しっかりするっすよ、カーリア」

「うう、ニル姉様……」

「大丈夫、カーリアはレポザレナよりもちゃんと仕事が出来るっす」


 哀れレポザレナ。不在の場所でこんな低評価を食らっているとは。とはいえ、ティーサからの説教が怖くて引きこもっている彼女に配慮する必要もあるまい。


 相変わらず動力炉への経路は複雑だ。時に狭い場所を通らねばならず、比較的小柄なティザーベルはまだしも、身長がそれなりにあるフローネルや、全体的に大柄なヤード、一部だけやや幅があるレモは苦しそうだった。


「酷え目に遭ったぜ……」

「これを機会に、少しお酒の量減らせば?」

「へ! 酒なくして、何の人生か、だ」


 生活を改める気はないらしい。


 辿り着いた動力炉室にはやはり罠が多かったけれど、どれも魔力の糸で簡単に解除できるものばかりだった。


「ああああ、これで、やっと……」


 カーリアは感激したのか、今にも泣き出しそうである。そんな彼女の肩をそっと抱いて、ニルウォレアが促す。


「さあ、泣くのは後でもいいっすよ。今は、一刻も早く都市を再起動させるっす」

「は、はい。主様、お願いしましゅ!」


 大事な場面で噛むのは、カーリアの特性なのかもしれない。


 動力炉の再起動は、都市ごと、支援型ごとで特色がある。大体は歌か踊りかだが、カーリアは楽器演奏のようだ。


 ニルウォレアがステッキを出したように、カーリアはバイオリンを取り出している。あれも、おそらくは地球出身の誰かが設定していったのだろう。


 弦に弓を当てて静かに弾き始める。澄んだ音色は、動力炉室に響いた。その音に合わせて、動力炉が台座からゆっくりと浮かび上がる。ここの動力炉の光の粒子は赤い。


 キラキラと光る赤い粒子を纏いつつ、動力炉は回転し始めた。最初はゆっくりと、曲にあわせて段々と早く。


 カーリアの弾くバイオリンの曲も、いよいよクライマックスだ。速く緩く奏でられる音は、部屋の壁に反射して響いていく。


 曲の終わりは静かに、ゆるやかに締めくくられた。それと同時に、動力炉の動きも安定し、赤い光の粒子も消えている。


「ど、動力炉の再起動、完了でしゅ!」


 カーリアは、やはりカーリアのようだ。




「い、入り口の再登録ですか?」


 都市の再起動後、中央塔の最上階にて、ティザーベル達とニルウォレア、カーリアが向かい合う。


「長い間に波に浸食されたらしく、都市の入り口が砂浜に埋まってたっすよ

「す、砂浜!?」


 カーリアは、端から見てもショックを受けているのがわかった。自分の都市の入り口が砂に埋もれていたのだから、それも当然だ。


「それで、今は都市間移動が使えるようになったから問題ないけど、いつ何時何が起こるかわからないから、備えだけはしておこうと思って」

「備え……」

「登録変更自体は、そんなに難しくないっすよ。ボクも手伝うっすから」

「姉様……わかりました、頑張りましゅ!」


 それから、入り口の最選定が行われ、比較的地形変化の影響を受けにくい場所に再設定された。


「最初から、都市の端末として岩なり何なりを置いておいた方がいいと思うっす」


 ニルウォレアの提案に従い、海岸から少し離れた高台に岩屋を築き、その中に入り口を設定したのだ。


「さて、そろそろ一番都市とも通信が開通する頃っすけど……あ、きた!」


 ニルウォレアのその言葉と同時に、目の前にティーサ、パスティカ、レニル、ヤパノアが姿を現した。


「主様、都市の再起動、無事完遂なさった事、心よりお祝い申し上げます」

「やったね! でも、私の五番都市も忘れないでよ?」

「ここが十番都市なんですねえ」

「あー……難民のお世話はもうたくさん……疲れたあ」


 そんなに離れていなかったはずだけれど、彼女達の顔を見たら何だか懐かしさがこみ上げてくる。


「みんな、ありがとう。ヤパノアはご苦労様。レニルもね」

「ちょっと、私も頑張ったんだけど?」

「はいはい、パスティカもご苦労様。ティーサ、マレジア達は?」

「一番都市でお待ちです。すぐに向かわれますか?」

「そうだね。再起動完了の報告もしておきたいし」

「わかりました。ではニルウォレア、カーリア、共に向かいますよ。それと、レポザレナは後で話があります」

「ぴぎゃ!」


 どこかに隠れていたのか、ティーサの言葉に反応したレポザレナの声が聞こえる。天上付近からなので、そこらに潜んでいるようだ。


「では、参りましょう」


 ティーサの声と同時に、周囲の景色が一瞬だけブレて、すぐに正常になる。そして、今度は目の前にマレジアがいた。


「お帰り。その顔は、いい話が聞けそうだね」

「ただいま。うん、そうだね」


 なんだかんだと、この一番都市は自分にとっても大事な場所になりつつある。ここを護る為にも、やらなくてはならない事があった。


「マレジア、上の様子はどう?」

「聖国は今のところ動かないね。まあ、カタリナが使い物にならない間はおとなしくしてるんじゃないかい?」

「……カタリナの復帰まで、どれくらいかかると思う?」

「詳しい事はわからないからなんとも。ただ、あの一件以来既に一月以上だ。それでも表舞台に出てこないって事は、もう少しかかるのかもしれないよ」


 カタリナの腕は、ヤードが切り捨てた。だが、彼女は支援型と同じ魔法疑似生命体。おそらく、あの腕も元通りに修復してくるだろう。


 再び対峙した時に、彼女に勝たなくてはならない。その為の仕込みも必要だ。


「これから、忙しくなるなあ」


 誰に言うでもなく、そう独りごちるティザーベルだった。

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