二百四十 十一番都市

 十一番都市の支援型は、これまでで一番幼い姿をしていた。


「あんたが新しい主なの? しょぼいわねえ。もう少しこう、華やかな容姿の方が――」

「うるさいっすよ」

「いだああああああ!」


 目覚めてすぐにべらべらと喋り出した支援型に、ニルウォレアが鉄拳を下す。ティザーベル達は、それを呆然と眺めているだけだ。


「紹介するっす。この子は十一番都市の支援型で、名はレポザレナっす」

「ううう、痛い……」

「主にちゃんと挨拶するっすよ。出来ないと、後でティーサ姉様に怒られるっす」

「いやああああ! お姉様怖いいいいいい!」


 ニルウォレアの言葉にパニックを起こすレポザレナを見て、ティーサが普段彼女達「妹」に対してどういった態度でいるか、なんとなく想像がついた。


「……改めて、十一番都市の支援型、レポザレナ、です! 今後ともよろしくお願いします!」

「よし」


 挨拶を終えたレポザレナの隣で、ニルウォレアが頷いている。どうやら、今回の挨拶は彼女の満足のいくものだったようだ。


 レポザレナはミディアムのふんわりヘアで、着ているドレスもミニ丈のふんわりしたかわいらしいもの。全体的に少女らしさでまとめられている。


 隣にいるマニッシュなニルウォレアとは、対照的だ。


「んじゃあ、十一番都市の再起動に行こうか」

「はーい」


 自分の都市の再起動はやはり嬉しいらしく、ティザーベルの言葉に両手を挙げて喜んでいる。




 十一番都市の動力炉までの道も、複雑なものだった。


「なのにこれだけ罠が仕掛けられてるとは……」


 しかもこの都市に仕掛けられているのは、爆発系のものばかりだ。おかげで、魔力の糸をいつもより多く出し、あちらこちらの罠を無力化するよう術式を上書きしなければならない。面倒な作業だ。


「ボク達が出来れば良かったっすね……」

「えー? レナ、そんな事出来なーい」

「うるさい」

「いだあああ!! ニル姉様、暴力反対!」


 騒がしい支援型達だ。「達」というより、レポザレナが騒がしいのか。これまた今までにはなかった個性だ。


「てか、自分の事、レナって……」

「幼児がよく、自分の事を名前で言っているな」


 フローネルの容赦のない一言が、レポザレナに突き刺さったようだ。


「ちょっと! レナはねえ、幼児じゃないんだから!! 一体レナのどこを見てそんな失礼な事を言ってる訳!?」

「いや、君の事を言った訳ではなく――」

「言った! さっきレナを幼児って言った!」

「うるさい」

「痛いいいいい!」


 いい加減にしてほしい。ただでさえ、罠の無効化に神経を使っているのに、どうでもいい事でギャーギャーと騒がれると、手元が狂いそうだ。


「動力炉に到着するまで、これ以降私語禁止」


 低い声でティザーベルが宣言すると、フローネルと二体の支援型は、無言で頷いた。背後で溜息が聞こえた気がするけれど、気にしている余裕はない。やっと静かになった通路で、黙々と罠の解除にいそしんだ。




 動力炉回りは、これまで以上に念入りに罠が仕掛けられている。


「もうここまで来ると、逆に笑っちゃうね」

「そんなに多いのか? ベル殿」

「多いなんてもんじゃないよ。天上、壁、床、隙間もない程罠だらけ」

「うわ……」


 フローネルの顔も引きつっている。しつこさは、これまでの中でもナンバーワンじゃないだろうか。


 しかも全ての罠が面倒な爆発系なので、これもまた端から全て上書きしていく必要がある。上書きの方法は、支援型から受け取った六千年前の技術だ。今日程、過去の技術を継承できた事を嬉しく思った日もない。


 面倒だから、魔力の糸の数を増やしていっぺんに罠を書き換えていく。所要時間はものの五分程度と短いが、集中しなければならなかったので精神疲労が半端ない。


「じゃあ、やろうか」

「まっかせて!」


 レポザレナがノリノリで動力炉の上にいく。しんと静まりかえった室内で、レポザレナの歌声が響いた。


 先程までの軽いノリは消え失せて、真摯な様子で歌い上げる。まるで聖歌を聞いているような荘厳な気分だ。


 歌声に合わせて、動力炉の周囲に光の粒子が集まる。それらは歌に合わせて波を作り、動力炉の周囲を回り始めた。


 歌声と合わせて、ここが地下の都市で、しかも都市の全エネルギーを作り出す動力炉のある部屋だという事を忘れそうだ。


 動力炉は光の粒子に導かれるようにゆっくりと台座から持ち上がり、回転しつつ光の粒子を取り込んでいく。


 やがて粒子にすっぽりと包まれた動力炉は、少しずつ粒子を取り込み、粒子と同じ色に輝いて安定した。


「再起動、完了ー!」


 先程までの荘厳さはどこへやら、軽いノリに戻ったレポザレナが両手を挙げて宣言する。


 これで残るは西の一つ、十番都市だけだ。そうすれば、一番都市へ都市間移動で戻れる。移動が格段に楽になるはずだ。


「次は十番都市っすね」


 ニルウォレアの言葉に即答出来なかったのは、やはり疲労度が高いせいか。


「どうした?」

「う……ん、ちょっと、お休みいれようかと思って」


 ヤードに聞かれて答えると、意外なところから文句を言われる。


「えー? 早く次の都市も再起動しましょうよう」


 レポザレナだ。言った途端、ニルウォレアに叩かれて頭を抱えている。


「痛いってば、ニルウォレアお姉様」

「支援型が主様の行動に文句を言うのはダメな事っすよ」

「でもお……どこの支援型も、自分の都市が凍結されているのって、嬉しくないじゃない? だから――」

「それを支援型が言うのは、筋が違うっす」


 本当に支援型というのは、それぞれで個性がある。そしてとても人間臭い。話しやすいからいいのだが、目の前で言い合いを繰り広げられるのは、疲れている今は余計に疲れるからやめてほしい。


「やっぱ、ちょっと休みを入れたい」

「都市に関しちゃ、嬢ちゃんが中心だからな。その嬢ちゃんが無理だってんなら、休んだ方がいい」

「そうだな」

「ベル殿、無理はよくない」


 三人の了承を得られたので、次の都市の再起動まで少し休む事になった。支援型達は、まだ何やら言い合いをしている。


「ニルウォレア、レポザレナ、次の都市は少し休んでから行くよ」

「了解っす」

「えー? ……いったああああい!」

「口答えするな、っすよ」


 レポザレナは恨みがましい目でニルウォレアを見たが、静かににらみ返されて黙った。




 休養は、三番都市に滞在する事にした。


「十一番都市は、まだ再起動したばっかりっすからね」

「三番都市も、そう変わらないんじゃない?」

「都市にも序列があるっすよ。ここら一帯じゃ、三番都市が一番上位っす。それにより、他の都市に何か不具合が起こった際、すぐに物資を回せるよう、他の都市よりも備蓄が多いんっす」


 どうやら、生産力も速度も十一番都市に比べると三番都市の方が上だという。道理で、再起動したばかりの都市でも快適に過ごせた訳だ。


 再起動した都市同士であれば、都市間移動は問題なく行える。地上の戦場を通らずに三番都市に戻れるのはありがたい。


「一応、地上を探索してみたっすけど、人はいないようっすね」

「悪魔にビビって、戦争自体をやめてくれればいんだけどね」


 今はまだいいが、大量破壊兵器でも作られて都市の真上でドンパチやられた日には、どんな影響が地下都市に来るかわからない。


 そうでなくとも、現代日本で暮らしていた記憶があるティザーベルにとって、戦争はやるべきものではなかった。

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