二百三十九 使い勝手のいい悪魔

 三番都市の再起動が完了したが、まだ直接一番都市や他の都市への移動は出来ないらしい。


「距離が遠すぎるので、他の都市を実質経由する必要があるんっすよ」

「って事は……」

「ここから一番都市へ都市間移動をする場合、最低でももう二つの都市の再起動が必要っすね」


 一つはここからさらに西、沿岸部にある地下都市だ。そして、問題はもう一つの都市である。


「戦争中?」

「みたいっすね。十一番都市っすけど、地上にある二つの国が戦争のまっただ中っす」


 出してもらった地図で確認すると、どうやら両国間に広がる平原の地下に十一番都市はあるらしい。


「これ、直接十一番都市に移動は出来ないんだよね?」

「ここからすぐ側までは移動出来るっすけど、地下へ直接は無理っすね」

「だよねー……」


 さて困った。戦争のまっただ中に行って、都市への入り口を探す訳にもいかない。


 戦争中とはいえ、毎日争っている訳ではないから、休戦状態の時を狙うのはどうか。


 それでも、戦場に誰もいない状態になるものだろうか。悩んでいると、フローネルが提案してきた。


「いっそ、以前使った『ベル』を使ってはどうか?」

「ん? どういう事?」

「あの悪魔……だったか? の格好のベル殿を出して、この平原は呪われた~とか言ってそれらしい魔法を使えば、両国とも逃げ出すのではないか?」

「なるほど……」


 やってみる価値はある。その前に、両国で魔法がどういう扱いなのか、少し調べたい。


「ニルウォレア、戦争している二つの国の事って、調べられる?」

「出来るっすよ。何を調べるんっすか?」

「両国で、魔法がどういう位置づけなのかを知りたいの。日常に溶け込む存在なのか、それとも恐れられるものなのか」

「ああ、そういう事っすね。了解っす」


 ここ、三番都市は魔法を諜報に使う研究がなされていたのだから、調べる事は得意だろう。


 情報が集まる間は、三番都市に滞在する事になった。


 どの地下都市もそうだが、衣食住のそろい方には毎回驚かされる。


「これが六千年も前のものだとは……」

「いや、さすがにリネン類は別の場所で保管されていたっすよ?」

「部屋とかも、チリ一つないじゃない」

「その辺りは、予備機能が作動していたっすから」


 地下都市の予備機能とは、一体どれだけの能力が与えられているのか。最低限、都市を存続させられるだけのものだと、以前聞いた記憶があるのだけれど。


 もっとも、その予備機能のおかげで、再起動したばかりの都市でも快適に過ごせるのだから、文句を言うつもりはない。




 滞在三日後には、両国での魔法の扱い方がほぼわかった。


「さすがだねえ」

「お褒めにあずかり恐縮っす。とりあえず、どちらの国でも魔法は存在してはいるっすが、あまり強力な術式を扱える魔法士はいないっすね」

「って事は、ベルが出て脅しても効果ありか……戦争に魔法士は同行している?」

「いるっすよ。ただ、目くらましとか、子供だましの炎を出す程度で、勝敗にはあまり関与していないみたいっすね」


 同じ魔法士の方が、悪魔ベルの恐ろしさを感じてもらえるだろう。これでフローネル案の悪魔ベルの出動が決まった。


 その場まで行くつもりだったが、どうせなら遠隔で戦争参加者を怖がらせ、人がいなくなったところに移動したらどうかというニルウォレアの提案を受け入れ、彼女の支援で「悪魔ベル」を三番都市から操作する。


 今、まさに両軍が激突するという時、戦場の中央辺りに悪魔ベルの姿を浮き上がらせた。両軍の訝しがる様子が手に取るようにわかる。


 三番都市で作られた情報収集端末も優秀だ。向こうの映像だけでなく、音声もしっかり聞こえた。


『な、何だあれは?』

『化け物だ!!』

『敵軍の仕掛けた罠ではないのか?』

『うわああああ! 火が、火があああああ!!』

『早く消し止めろ!』

『物資に燃え移りました!』

『兵士達が逃げ惑っています!!』

『ええい! この程度の事で騒ぐな! 持ち場に戻れ!』

「あの偉そうなおっさんに火を付けちゃえ」

「了解っす」


 画面を見ながら、部下達を叱り飛ばしている上官らしき男の尻に、火がついた。乗っている馬が熱に驚いたのか、後ろ足で立ち上がり上官を振り落としたようだ。


「あー、落馬は大変だよー? 下手すると死ぬからねー」

「いや、このままだと燃え死ぬんじゃねえか? これ」


 上官の尻についた火は、あっという間に衣服に燃え広がっている。周囲も消火しようとしているが、有効な手立てがないようでオロオロするばかりだ。そこらの土でもかければ消火出来るだろうに。


 結局、上官自らが地べたを転がり回り、何とか消火出来たらしい。その間も、悪魔ベルは高笑いをしながらあちこちに火を飛ばしていた。戦場は阿鼻叫喚である。


「早いとこ、撤退してくれないかなあ?」

「そろそろじゃないか?」


 ヤードの言葉通り、両軍はやっと撤退を始めたらしい。パニックの最中に怪我をした兵士も多いようで、立て直しは大変だろう。仕掛けた側が言う事ではないが。


 そのまま映像で両軍の撤退を観察し、戦場から人がいなくなったのを見て三番都市から移動した。




「この辺りっすね」


 ニルウォレアが指し示したのは、本当に先程まで軍が激突する寸前だった場所のど真ん中、何の変哲もない草原の一カ所だ。


「ここ? 何もないけど……」

「まあ、見ててくださいっす」


 ニルウォレアはそう言うと、指し示した箇所に魔力を送る。すると、その場が薄ぼんやりと輝いた。そのすぐ後に、ティザーベル達は薄暗い、四角い部屋にいた。あの場から移動したようだ。


「この辺りからは、いつものパターンか……次は?」

「あの奥っす」


 ニルウォレアが指し示したのは、奥の壁の一カ所だった。近づくと、確かに魔力の流れを感じる。先程の草原では何も感じなかったというのに。


「地下都市の入り口は、知っているものでなければ見つけられないように出来てるっす。誰でも入れる場所じゃないっすから」

「その割には、爆弾を仕掛けた連中は入れたようだけど?」

「……内部で手引きした連中がいたんだと思うっすよ」


 それは、以前にも聞いた仮説だ。今となっては調べる事も出来ないけれど、支援型達がそう推察するという事は、そうなのだろう。


 何度か似たような部屋を経由し、十一番都市へと入る。ここにも罠が盛りだくさんなのだろう。




 中央塔の支援型の部屋に入るまで、見つかった罠の数は二百を超えた。


「何だか、やけくそで罠を仕掛けてるんじゃないかって感じ」

「そんなに多かったのか?」

「そりゃもう。今さっき潰したので、二百十七個目だよ」

「そ……そうか……」


 ヤードも言葉をなくす程、仕掛けられた罠の数は多い。三歩進めば罠にかかるとはどういう頻度か。仕掛けた方も、相当な労力だっただろうに。


 支援型の部屋には、ご丁寧に六つの罠が仕掛けられていた。しかも全て連動する代物だ。一つでも罠にかかれば、後は連鎖的に全ての罠が発動する。


 幸い、ここにも爆発系はなかったので、これまで通り魔力の糸を使って罠を発動させ、解除していく。使い切りのものばかりなのは、永続的な罠だと維持が大変だからか。


「それにしても、六千年前の罠が今も生き残ってるとはねえ」

「この辺りの罠には、地下都市で開発された技術が応用されてるっすから」

「言葉もないわ……」


 魔法を排除する為にテロを行った連中は、自分達が排除しようとした技術を使って罠を仕掛ける事に対して、思うところはなかったのだろうか。


「早速この子を起こすっすよ」


 今は感傷に浸ってる場合ではない。早く地下都市を再起動させて、聖国との一戦に備えなくては。


 十一番都市の支援型を起こすのは、ニルウォレアが手助けしてくれる。そういえば、三番都市でも五番都市の時の様なやり取りはなかった。いつから省略されるようになったのか。


「主様がパスティカを起こした時からっすよ。主様の中にパスティカの情報が入ってるっすから、都市はそれを読み取って手続きを簡略化してるんす」


 知らないところで、パスのようなものを持たされていたらしい。

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