二百三十八 ステッキダンス

 三番都市の支援型を無事目覚めさせる事が出来たはいいが、これまでにない個性に戸惑いを憶える。


「はー、主様、すごいっすねえ。既にティーサ姉様やパスティカ、レニルにヤパノアまで手に入れてるとは。いやはや、なかなかのやり手」

「そりゃどーも。早速で悪いけど、この都市を再起動させたいの。動力炉までの案内、お願い」

「了解っす。ボクも、早く三番都市を再起動させてやりたいっすよ」


 三番都市の支援型ニルウォレアは了承すると、軽やかに飛び回った。


「こっちっすよー」


 四人で後を追う。ニルウォレアはこちらの速度を見つつ、廊下の天井すれすれを飛んでいった。


「今回の支援型は、これまでのとはちょいと毛色が違うな」

「そだねー……」


 レモの言葉に、曖昧に返す。これまでの支援型と比べると、ニルウォレアは少年タイプと言っていい。


 着ている衣装もそうだが、話し言葉や一人称、声も若干他の支援型より低めにしている。これは制作者の趣味なのか、それとも本人の希望なのか。


 支援型の部屋から動力炉まで、始めて通る道はもれなく魔力の糸による探査を行う。その為、ニルウォレアには少し離れて先行してもらった。


「へー、罠っすかー。あー、そういやあの連中、そういうの得意そうだったもんなー」

「ニルウォレアは、罠を仕掛けた連中を知ってるの?」

「ニルって呼んでくださいっす。知ってるっすよ。三番都市魔法を諜報活動に使う為の研究が盛んでしたから」

「そうなんだ……」


 ニルウォレアの話では、三番都市は彼等の活動を掴んでいたそうだが、時の市長……都市のトップが決断を下すのが遅れた為、テロに巻き込まれたという。


 ハードがいくら優秀でも、それを運用する人間が間違った使い方をすれば実力を発揮出来ないという訳か。


 ニルウォレアはその後も、三番都市の事を語った。


「二番都市と連携して、小型の魔法道具による盗撮や盗聴、それらをまとめた情報の扱い方、特定情報の抽出方法なんかを主に研究していたっすねー」

「……今更だけど、そんな事ペラペラ喋っていいの?」

「構わないっすよ。主様は、この都市の主でもあるんっすから。逆に知っていないとダメっすよ」

「そうなんだ……」


 確かにティーサ達にも、各都市の研究傾向は聞いていたけれど、まさか必須の知識だったとは。


 とはいえ、これも全て六千年前の話だ。各地下都市は凍結され、地上の都市も既にない。六千年前の記憶を持つのは、わずかな生き残りだけだ。




 動力炉室まで、数多くの罠があったけれど、どれも手前で発動させてしまえば問題のないものばかりだった。こちらは毒系が多く、しかも触れた者にのみ毒の魔法がかかるようになっているものばかりだ。


 罠の起動だけなら無機物でも出来るので、魔力の糸で運んだ椅子を罠に当てる事で全て起動、解除している。


「それにしても、本当にこんな奥まで忍び込んだんっすね……」

「これまで罠のなかった動力炉はなかったから。支援型の部屋もそう。唯一、パスティカ……五番都市くらいかな? なかったのって」

「ああ、あそこは辺境地域の研究施設で、内容もあまり有用なものではなかったっすからねー」

「……そうなんだ」


 言葉もない。とりあえず、ここにパスティカがいなくて良かった。


 ――ニルウォレアの言葉からすると、テロリスト達は地下都市の研究内容で攻撃の度合いを決めていた?


 敵の情報なのだからそれなりに集めただろうけれど、各地下都市の研究テーマは公表されていたのだろうか。後で確かめてみたい。


「五番都市は確か……植物と魔法の融合が主な研究内容だったはずっす」

「ああ……通りで……」


 五番都市のすぐ上にある大森林。パスティカはあれが全て五番都市の「端末」だと言っていた。研究内容を聞けば、なるほどと納得出来る。


「もうじきっすよ」 

「そうみたいね」


 伸ばした魔力の糸に、先程から数多くの罠が引っかかっていた。ほんの数メートル先には、それこそ足の踏み場もない程の密度で罠が仕掛けられているのだ。


「念の入った事で」

「ボクには見えないっすけど……そんなに多いんっすか?」

「今までの比じゃないよ」


 爆破系は一つもない。また、ガス系もない。あくまで触れた者に対して作用するように仕組まれているらしい。


 罠のいくつかには、一番都市の支援型の部屋に仕掛けられていた罠と同型のものもある。自分を出し抜いて一番都市の主になろうとしたエルフの族長。彼はティザーベルの代わりに罠にはまり、命を落とした。


「嫌な事を思い出させて……」


 腹立ち紛れに、全ての罠を次から次へと発動させて、無効化していく。これらの罠を仕掛けた連中も、まさかこんな形で罠が解除されるとは思わなかっただろう。


 生物でなくとも起動させられるのに、触れた生物にのみ有効な術式を仕込むとは。何か裏があるのではと勘ぐった程だ。


 だが、罠は使い切りのものばかりで、一度起動させてしまえば消えてなくなる。消えた後も糸で丹念に探ったけれど、やはり新たな罠が検出される事はなかった。


 長い通路を罠を解除させつつ進む。突き当たりの部屋が、動力炉室だ。


「ここっす」

「中にも丁寧に罠が仕掛けられてるねえ」


 ここは大きな罠が一つ仕掛けられているだけだ。笑ってしまうのが、五番都市に仕掛けられていたものと同じものだという事か。


「さすがに二度目なら心構えも出来るし、どこに飛ばされたところで対応出来るけどさ」


 それでも、わざと罠にかかってやるつもりはない。魔力の糸でワイヤーフレームの人型のようなものをつくり、罠に触れさせて発動させる。


 床が光り、後には何もない。


「い、今のは……」


 フローネルが、レモにしがみつきながら震えた声を出す。


「嬢ちゃん、まさか」

「そのまさか。私達がこっちの大陸に吹っ飛ばされる原因になった罠と、同じものよ」


 レモだけでなく、ヤードの顔にも苦いものが浮かんだ。今彼等がここにいる原因と同じものがあったのだから、当然だった。


「まあ、罠はもう解除したから問題ないけど」


 念には念を入れて、魔力の糸で室内を探る。床はもちろん、壁、天井、動力炉そのものも探ったが、他の罠は見つからなかった。


 改めて、動力炉室へと入る。ここも支援型の部屋同様、他の都市と似通った造りだ。


 中央に動力炉。円形の部屋。壁には装飾らしき装飾はない。


「じゃあ、再起動に入るっす」

「そうだね。その為にここまで来たんだから」


 動力炉の再起動は、これで五回目。どの都市のも、とても綺麗なものだった。ここ、三番都市の動力炉は、どんな再起動を見せてくれるのだろう。


 ニルウォレアは動力炉の真上に行くと、帽子を取って一礼をする。それから、服の後ろからステッキを取り出した。


 あのステッキ、今までずっと背中に隠していたのだろうか。


 ニルウォレアは、ステッキを降りつつ踊り出す。こんなところまで、他の支援型とは違うようだ。


 彼女が振るステッキから、銀色の粒子が動力炉へと降り注ぐ。粒子はどんどんと量を増やし、やがて動力炉の周囲を回転していった。


 その回転に合わせて、動力炉がゆっくりと持ち上がる。銀色の光の粒子に照らされて、動力炉も銀色に光っていた。


 上に上がれば上がる程、粒子の回転が速くなる。そのせいか、球体の動力炉も回っているように見えた。


 やがて粒子は外側に大きく振れて、また小さくなる。その収縮運動を繰り返し、速度を上げていった。


 本当に、どうして動力炉の再起動というのはこうも美しいのか。今目の前で行われている再起動も、目を奪われる程の美しさだ。


 ニルウォレアはまだ動力炉の上で踊り続けている。彼女のダンスの終わりが、再起動の完了の合図だ。


 ステッキを持ってくるくると踊るニルウォレアが、手に持っていたステッキを天井に向けて放り投げる。それは天井付近で一度止まり、動力炉に狙いを定めると一直線に炉に向かった。


 当たる! と思ったが、ステッキは炉に触れた先から光の粒子に変わってその場で消えた。どうやら、あのステッキは魔力の塊だったらしい。


 ステッキが消えたのと同時に、動力炉の周囲を回っていた粒子が炉の中に取り込まれて炉の回転が緩やかに、一定になる。


「再起動、完了っす」


 無事、三番都市も再起動が終わったようだ。

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