二百三十七 三番都市

 人が立ち入った形跡のない山を、車で行く。


「まさか、こうなるとはな……」


 窓から山を見下ろして、レモがぼやいた。車は木々の高さすれすれのところを飛んで移動している。車の周囲には、対物対魔完全遮断の結界が張られている。


 結界ごと、術式で浮かせているのだ。この術式は以前、シーリザニアの街を焼いたカタリナの映像を見た時に考案したものだった。


 あの映像で、彼女も空中に浮いていた。そして、街から去るときも空を飛んでいたのだ。


 マレジアの隠れ里で直接対決した時には、どうだったか。あの時は、カタリナに受けた攻撃でティザーベル自身、意識がもうろうとしていたので憶えていない。


 ティーサによれば、カタリナもヤードによって腕を切り落とされ重傷だったという。もっとも、彼女はティーサ達同様、魔法疑似生命体だから、体の「修復」は容易だそうだが。


 三番都市への入り口は、山脈の中央やや北よりにあるという。車は既に、中央付近にさしかかった。


「そろそろ気配だけでもありそうなもんだけど……」


 移動の速度を落とし、魔力の糸で周囲を探索しつつ進む。この辺りは標高があまり高くないせいか、豊かな森林が広がっている。無論、人の手は入っていない。


 時折糸に魔物の気配が引っかかる。今はそんな場合じゃないので見逃しているが、いつかこの森にも狩りに来たいものだ。


 そんな調子で進んでいると、不意に糸に反応があった。かすかだが、魔力の反応だ。これは魔物由来ではなく、人工のものだ。


「見つけた」

「本当か?」

「間違いない」


 こんな山奥で人工の魔力反応など、地下都市関連でもなければあり得ない。車を空中で停止させ、下を集中して探る。


 あった。ほんのわずかだが、周囲との差がある場所がある。これが、地下への入り口だろう。


 今回は支援型不在での地下都市探索だ。最初の五番都市を思い出す。


「またジェットコースターになったらどうしよう……」

「何だ? そのじぇっとこすたーって」

「ジェットコースター。ラザトークスの地下に行くとき、階段を落ちていたでしょうが。あんな感じ」


 あれをジェットコースターと呼ぶのはどうかと思うが、うまい表現が他に見つからない。


 ともあれ、地下都市への入り口らしき場所を見つけたのだから、下に下りなくては。


 だが、ここで問題が発生する。植生豊かな森の上にいるという事は、入り口付近もしっかり木や草、シダ類が蔓延っているのだ。


 まずは車を下ろせるだけのスペースを作る必要がある。ティザーベルは下にある木の根元に向けて真空の刃を放つ。伐採した木はすかさず移動倉庫へ。倒木が邪魔で下に下りられなくなっては困る。


 そうしてあらかた伐採が終わった後に、車を下へ降ろした。円形に刈られたその場は、森の中にぽっかりと出来た真円の広場のようだ。


 そしてその広場の中央に、石で出来た塚のようなものがある。小型の遺跡のようだ。


 これが地下都市への入り口なら、六千年以上前のものなので、立派に遺跡と言えるのだが。


「これか?」


 ヤードの問いに、ティザーベルは頷いて返す。


「うん。反応もちゃんと出てる」


 支援型は同行出来ないが、携帯型の支援装置は持参している。これで入り口の「鍵」を開けるのだ。


 本当は本物の鍵があればいいのだが、さすがに六千年の間に消失している。なので、これから使うのは言わば緊急用の鍵だ。


 移動倉庫から、丸いコンパクトミラーのようなものを出し、塚にかざす。すると、塚の一部が消えて、入り口が開いた。


「これでよし」

「この奥か……また階段、なんてこたあ、ねえだろうな?」

「大丈夫だと思うよ。……多分」

「その最後の『多分』ってなあ何だ『多分』ってなあ」


 レモが何やら喚いているが、気にしない。塚の中は暗闇かと思ったが、うすぼんやりと周囲が見える。どこかに明かりがあるという訳ではなく、内部全体が発光しているようだ。


 全員が塚の中に入ったのを確認して、コンパクトを入り口にかざすと、再び塚が閉ざされた。それと同時に、塚の奥の床に紋様が浮かび上がる。次の道が示された。




 六千年眠り続けた三番都市は、これまでの地下都市同様埃の一つもない。予備機能が、最低限のメンテナンスを行い続けているのだろう。


 目指すは三番都市の中央塔。全ての重要施設が集まる建物だ。


「さて、中央塔の造りも、他と一緒なのかな?」


 ティーサから教わったのだが、支援型がいなくとも、中央塔のメインデータにアクセスする方法があるという。それを使って情報にアクセスすれば、支援型までのルートが簡単にわかるという訳だ。


 アクセスする端末は、中央塔内部のものなら何でもいいらしい。なので、一番簡単なのは一階受付の端末を使う事だという。


 受付は、入って奥、中央にカウンターがある。そこに端末があるはずだ。


「あった」


 問題は、この端末がちゃんと起動するかどうかだ。予備機能が、端末を起動出来るだけの魔力を供給しているはずなのだけれど、どうだろう。


 最悪、小型端末にのみ魔力を流して起動させる手も教わっている。


「よし、起動した!」

「これで、支援型が探せるんだったか?」

「そう。ちょっと待っててね」


 レモからの問いに軽く答え、ティザーベルは端末の画面にキーワードを打ち込む。


 本来なら、使用者権限を持った人物の魔力パターンでアクセス出来る情報に制限がかけられるそうだが、このキーワードは支援型へのルートの情報のみに絞ってアクセスする。


 打ち込み終わると、画面に中央塔のワイヤーモデルが表示され、受付から支援型の場所までのルートが示された。


 支援型は、これまで同様地下に眠っている。都市の再起動の為にも、まずは支援型を起こさなくては。




 中央のエレベーターで地下六階まで下りて、廊下を移動、サブのエレベーターでさらに下へと進む。相変わらず、セキュリティの為か支援型の眠る場所までは遠い。


 現在は、受付で表示したデータを手元の携帯端末に移してナビ代わりに使っている。目的地はもう目の前だ。


「そういや、あっさりここまで来ちまったが、ここには罠は仕掛けられてねえのか?

「いや? あるよ。山盛り仕掛けられてるけど、発動前に全部沈黙させてる」


 当然、ティザーベルも罠を警戒している。その為、地下都市に入った時点で魔力の糸をいつもの倍以上使って周囲を探索していた。


 見つかった罠はどれも凶悪なもので、確実にこちらを殺しにかかってくるようなものばかりだった。


「余程、この都市も再起動されたくないんだろうね」

「昔の連中の考えるこたあ、わかんねえな」

「今の連中の考えも、十分わかんないって」

「ちげえねえ」


 レモとのやり取りに、ヤード達も苦い笑いだ。過去のテロリストの親玉は今も生きていて、過去と同等……いや、もっと酷いテロを行っているのだから。


 支援型の部屋がもう目の前というところまで来て、糸に大きな反応があった。罠だ。しかも、かなり強力な。


「ちょっと待ってて」


 罠は解除するよりも、爆発系でない限り発動させて消してしまった方が早い。


 魔法士を対象とした罠だからか、一定以上の魔力を感知すると発動するものが多かった。


 糸を使って、丁寧に罠の術式を読み取る。支援型に過去の術式の情報をもらっておいて助かった。


 どうやら、今回しかけられていたのは爆発系らしい。本来ならスイッチを入れないよう慎重に事を運ばなければならないが、そこは六千年前のエンジニアの知恵と技術を借りている身だ。他の方法を採る。


 魔力の糸を使い、仕掛けられた罠の術式を書き換えた。本来、術式の書き換えは非常に繊細で困難なものだけれど、魔力を糸のように操るティザーベルには、とても向いているやり方のようだ。


 全ての術式を読み解いたので、罠を完全無害なものへと書き換える。所要時間はものの十分程度だ。


「よし、完了」

「どんな罠だった?」

「支援型を起こしたら、部屋丸ごと爆破する仕掛け」

「え……」


 聞いてきたヤードだけでなく、レモやフローネルも言葉を失っている。


「ああ、大丈夫。今無害化したから。部屋に入った時に、ちょっと床が光るくらい」


 床を吹き飛ばす術式を、光らせる術式に。支援型の凍結を解除した時に作動するようにしてあったスイッチ部分を、罠に触れた時に変更している。


 果たして、部屋に一歩足を踏み入れた途端、床全体が光った。その後は、何も起こらない。


「ね?」


 振り向いたティザーベルの前には、なんとも言えない表情の三人がいた。


 部屋は円形で、中央に台座と支援型が眠っているであろうボール状のものがある。


 ティザーベルは台座の前まで向かい、コンパクトミラーをかざした。コンパクトから、金色の粒子のように魔力が台座へと向かう。


 粒子は段々密度が濃くなって帯状になり、速度を上げて台座へと吸い込まれていった。


 やがて、台座から切り離されるようにボールが浮かび、表面に幾何学模様のヒビが入る。


 そこからボールが外へと機械的に展開し、中から一体の支援型が出てきた。


「んー。おやあ? あなたが新しい主っすか? どーも、初めましてっす。ボクは三番都市の支援型、ニルウォレア。ニルって呼んでほしいっす」


 ニルウォレア……ニルは、これまでの支援型とは違うマニッシュな風貌で、着ているものもシャツにベスト、短パンにミニハットだ。


 支援型の個性には大分慣れたと思ったけれど、まさかここに来てボクっ娘が出てくるとは思わなかった。

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