二百三十四 モンスター

 西へ西へと旅を続ける。そろそろ一番都市を出立してから十日程だ。その間、最初に訪れた街のように、ちょっとした依頼などを受けつつひたすら西方向を目指している。


 そんなティザーベル達の前に、難関が立ちはだかった。


「これは……」

「二日前の大雨が原因かな?」


 橋があったと思われる場所には、濁流が流れるばかりで、両岸に橋の残骸が残されているだけだ。


 二日前の昼過ぎ、突如大雨に見舞われた。車の周囲に結界を張ってしまえば進めない事もないが、早めの休息を取ろうという事になり、家を出してその日はその場で一夜を明かした。


 何せ、その日の運転当番はフローネルだったのだ。ただでさえ雨の日の運転は気を遣う。そんな中、運転出来る者の中では技術が一番低い彼女に車の運転を続けさせる訳にもいかなかった。


 ちなみに、この時点でヤードは完全にローテーションから外されている。


 その日の雨はかなりの雨量だったから、おそらく川の上流が増水したのだろう。そのせいで橋が流され、現在ティザーベル達は立ち往生しているという訳だ。


「うーん……いっそ、車ごと魔力で浮かして川を越える?」

「それ以外に手はなさそうだなあ」


 車内でそんな会話をしていると、背後から騎馬の一団が迫ってきた。


「またトラブルかな?」


 なんとなく、最初の街の事を思い出す。あの時は、家の周囲を近場の村の連中が囲んでいた事から始まった。


 思わず口を突いて出た言葉に、ヤードが反応する。


「何だ? そのとらぶる、というのは」

「こっちの話。車、脇に寄せる?」

「そうだな。ネル、出来るか?」

「や、やってみる」


 本日の運転担当も、フローネルだ。彼女が運転席に座る時は、最初こそティザーベルが助手席に座っていたが、今では大抵レモが座る。


 フローネルは慎重に、ハンドルを切って車を道の脇に寄せた。そこへ、騎馬の一団から一騎が歩み寄ってくる。


「この鉄……の籠か? に乗っている者! 下りてこい!!」


 威圧的な物言いに、ティザーベルの怒りゲージが瞬時に上がったが、それを察したレモが手で制して車から降りた。


「へい。何か、ご用で?」

「用も何も、お前達の鉄の籠が橋を壊したと、近隣の村から苦情が出ているぞ! その籠ごと捕縛する」

「はて。あっしらあ、つい先程この川に辿り着いて、橋が壊れてる様を見たんでさあ。ここに来た時には、もう橋は壊れていやしたぜ?」

「戯れ言を申すな! 大方、その鉄の籠で橋を渡って壊したのだろう!」


 車の外のやり取りを聞きながら、再びティザーベルの怒りゲージが上がっていく。


 彼等は、最初から難癖つけて自分達を捕縛したいのだ。車を見たどこかの貴族が欲しがったのか、それとも彼等自身が盗賊なのか。


「あいつら、盗賊か貴族の下っ端か、どっちだと思う?」

「わからん。おい、人間は専門外だろ? そんな好戦的な顔をするな」

「えー? そんな事ないよ? やだなあ、ヤードってば」


 ごく普通に返したはずなのに、隣に座るヤードがそっと引いている。その間も、車の外ではレモと騎馬一団の交渉が続いていた。


「ええい! これ以上の話し合いなど無用! 構わんから引っ立てろ!」


 どうやら、決裂したらしい。レモがやれやれと言わんばかりに肩をすくめてこちらを見る。


「了解」

「何がだ?」


 ヤードの言葉には答えず、ティザーベルは騎馬集団をまとめて川へ突き落とした。


 濁流の流れは速く、あっと言う間に全員下流へと流されていく。その光景を唖然と見送ったレモは、車に戻ると後部座席を振り返る。


「おいおいおい、大丈夫か? 嬢ちゃん」

「えー? 大丈夫じゃなーい? 運が良ければ助かるよ、多分」

「駄目だこりゃ」


 最初からこちらを捕まえようと難癖つけてくるような連中など、優しく対応してやる必要はない。どうやら、ティザーベルから「人外専門」の看板がはずれかけているようだ。




 結局、渡れるところを探そうという事になり、川沿いに移動していく。川上にしたのは、先程の連中と再会しない為か。


 先程の橋が壊れた箇所も大分山の中だったが、川上はさらに山深い場所だ。これでは橋は期待出来そうもない。


 ところが、あった。しかも、頑丈そうな鉄橋だ。


「……幻覚とかじゃ、ないよね?」

「俺らにも見えてるよ。なあ?」

「ああ。レモの言う通りだ、ベル殿」


 後部座席で隣に座るヤードに視線をやると、無言で頷いている。全員に見えていて、魔力が感知されないという事は幻覚の類いではないという事だ。


 六千年前の遺物か。いや、それにしてはメンテナンスもされずに鉄橋が残っているというのも不思議な話だ。


 それに、この鉄橋の形には何だか見覚えがある。


「まさか……」

『侵入者発見、侵入者発見』


 どこからから、甲高い機械的な声が響く。それと同時に、山の奥へと続く道の向こうから、重い音を立てながら奇妙な物体が来た。


「何だ? ありゃあ」

「レンガの……化け物?」


 前に座る二人の意見を聞きつつ、ティザーベルはしばしぽかんと口を開けた後絶叫した。


「待て待て待て!! 何であんなのがここにいるの! ってか、実在するってあり得ない!」


 道の向こうからやってきたのは、有名なゲームのモンスターだ。それが大挙してこちら向かってくる。


『侵入者排除、侵入者排除』


 先程の機械音よりは低いが、これもまた機械音に聞こえる音声を響かせながら、あっという間に岩石系モンスターは車の周囲を囲んでしまった。


 あの腕から繰り出される攻撃でも、こちらの結界を壊す事は出来ないだろうが、密集した敵に囲まれるというのはあまりいい気分のものではない。


「いっそ全部川に落としてやろうかな……」

「あれは、狩りの対象じゃないのか?」

「人外って意味じゃそうだけど、魔物とは言えな――」

『わー!! ストップストップ!! みんな、戻れー!!』


 ヤードの問いに答えている最中、辺りに響いた懐かしい言語。これは、やはり確定なのだろう。


『うはー! 車だよ車! しかもでけー! あれか? オフロード仕様って奴!? あー、ほらほら、ちょっとどいて!』


 周囲を囲むモンスターの向こうから、そんな声が聞こえてくる。のろのろと開けられた隙間から顔を見せたのは、年の頃二十代半ばの男性だ。


 顔立ちだけ見るなら、日本人には見えない。という事は、同じ転生者という事か。


『あの! ちょっとお話させてもらってもいいっすか!?』

「……嬢ちゃん、例の言葉がわかる道具、使っちゃくれねえか?」

「私が通訳出来るから、いいよ」


 レモからの要請に答えると、ティザーベルは車から降りた。まだ、結界は解除せずにいる。


『初めまして、転生者さん……で、いいのかな?』

『え……にほんご……』

『元、日本人なんでね』


 ティザーベルの言った内容を相手が理解するまで、しばらく時間がかかった。


 段々と驚きで見開かれる目。次いで、ゆっくりとうつむき震え出した。何か、気に障ったのだろうか。


 どうしたものかと戸惑うティザーベルの目の前で、彼はいきなり片手を天に突き上げる。


『神様ありがとう!!』


 一人快哉を叫ぶ相手に、ティザーベルだけでなく残り三人も目を丸くしていた。

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