二百三十五 憑依
かがり火のたかれた村の中は、夜でも明るい。その村の一番奥にある、石造りの堅固な家に、ティザーベル達はいた。
『いやー、本当助かったよー。うまい飯に飢えててさあ』
そう言いながら、ティザーベルの移動倉庫から出した料理をがっつくのは、この村のただ一人の住人であり、あのゴーレムを従えていた人物、巽三郎だ。
『お口に合ったようで、何よりよ……』
彼のがっつきぶりに、いささか呆れつつもそう返すティザーベルは、改めて家の中を見回す。
この家は、三郎が自身の「スキル」で建てたそうだ。なんでも、彼ははっきりと異世界に渡る時の記憶があるという。
これにはティザーベルも驚いた。何せ、彼女もセロアも、転生する際の事は丸っきり記憶にないのだ。ティザーベルに至っては、前世の記憶すらおぼろげになっている。
セロアは前世をはっきり憶えているようなので、この辺りに個人差があるのはわかっていたけれど、まさか転生の瞬間を憶えている人間がいようとは。
何でも、三郎は自転車に乗っていた時に、事故に遭って亡くなったらしい。てっきり車にはねられたのかと思ったら、違った。
事故に驚いて急ブレーキをかけ、そのまま本人が止まりきれずに前に放り出されたのだとか。かなり嫌な死因である。
その後、意識が戻ると白い空間にいたそうだ。
『いやあ、神様ってやつに会うとは思わなかったけど、おかげで便利なスキルやら魔力やらもらえたから、結果オーライかなー? 転生小説、侮り難し!』
テンション高く料理をがっつく彼を見ながら、ふと思い出した事がある。以前、海賊が港町を占拠した事件に関わった事があったけれど、あの時に見つけた転生者が、彼によく似ていた。
別に容姿が似ている訳ではない。なんとなく、受けるイメージというか「臭い」が似ているのだ。
――ノリが軽いってーかね……
まあ、重苦しく考えても仕方ない事だというのは、理解出来る。人間、食べて寝て、生きていかなくてはならないのだ。過去を感傷的に見つめ続ける人もいるけれど、やはり何事も足下を見て歩いていかなくては。
『ちょっと、聞きたい事があるんだけど、いいかな?』
一応、確認しておきたい事がある。
『自分が転生してるって気づいたの、いつくらい? 年齢とか』
そう、ノリがあの海賊に加担していた彼と似ているのなら、目の前の三郎も憑依型なのかもしれない。
もっとも、海賊に加担していた彼――名前も知らなかった――が確実に憑依型とは限らないけれど。
でも、濃厚な線だろう。「彼」が消えた途端、元の人格が戻ったのだから。
ティザーベルに聞かれた三郎は、一瞬きょとんとした顔をしてから、何やら考え込む仕草をした。
『えー……気がついたら、誰もいないこの村に立ってた感じ? あれだ! ゲームのスタート時みたいに』
『こちらでも子供の頃の記憶は、ないのね?』
『ないよ? ってか、記憶が始まった時点で今の姿だし』
憑依型、決定だ。詳しくは後で調べよう。その前に、彼には意識をなくしてもらわなくては。
大量の料理を食べて落ち着いたのか、三郎は膨らんだ腹を撫でてご満悦だ。いまなら、満腹感から眠くなったのだという言い訳が出来る。
ティザーベルは、そっと彼に眠りの術式を使った。
『あれ……何か、眠くなってきた……』
『それだけ食べれば、当然じゃない?』
『そう……かな……あー、ダメだー……』
そう言いつつ、三郎はついにどさりとその場で倒れる。板間に敷物を敷いて座っていたから、倒れたといってもたいした衝撃はない。
「……嬢ちゃん、眠らせたのか?」
「まあね。ちょっと、調べたい事があったから」
レモの言葉に軽く返し、早速三郎を調べるべく術式を起動する。魔力量が増えたからか、知識が増えたからか、以前は使えなかった、もしくは思いも付かなかった術式を使えるようになっていた。
そのうちの一つ、相手の事を魂レベルで調べる術式を使ってみる。やはり、二重になっていた。
ちなみに、マレジアにもこっそり使った事がある。後でバレてにやりとしつつ、「貸し一つだね」と言われた時には、肝が冷えたが。
彼女の魂は、綺麗に一つだけだった。おそらく、自分やセロアもそうだろう。
こんな風にブレて二重になっているのは、憑依されている証拠だ。
「さて、どうしたもんか」
「ところで嬢ちゃん」
「何?」
「そろそろ、訳を話しちゃくれねえか?」
そういえば、簡単な通訳をしていただけで、あれこれを説明するのを忘れていた。
今寝ている彼、三郎の事を、ざっとみんなに説明する。
「という訳で、私と同じ国から転生……って言っていいのか謎だけど、ともかく前世が一緒の人みたい」
「そりゃ、ネーダロス卿みたいなもんか?」
レモからの確認に、ティザーベルは顎に手を当てる。
「ちょっと違うかなあ。どちらかというと……以前、海賊に占拠された街に行ったの、憶えてる?」
「ああ」
「もちろん」
ヤードとレモはすぐに頷いたが、フローネルは困った顔だ。もちろん、彼女には例の街ヨストの事も合わせて説明しておく。
「で、その街でも今の彼と同じような人を見つけたの」
「いつだよ?」
「海賊側に汲みしていた魔法士のうちの一人。ってか、あいつが仲間を唆して海賊に入り込んでいたってやつ」
「……そういえば、あの時相手の魔法士と面談していたな」
ヤードは当時を思い出すように俯く。
「そう、それ。彼は結局、こっちが軽い攻撃をしたら、その衝撃で憑依が解けちゃったみたいだけど。三郎はどうかな?」
あの時、ビナーから憑依者を追い払ったのは電撃だった。その前に氷の塊を頭に落としたけれど、その時は気を失っただけだ。
電気が憑依に作用するのだろうか。
ちらりと、倒れている三郎を見る。果たして、彼をこのままにしておいていいものだろうか。
悩んでいると、先程起動した術式がまだ解けていなかったらしく、彼の魂が震えてブレていくのが見える。
「え?」
今回、ティザーベルは何もしていない。あえて言うなら、三郎を魔法で寝かせたが、これは医療現場でも使われる術式で体に害はないし、攻撃用の術式でもない。
では、何が原因でこんなにブレているのか。
「あ!」
どんどんとブレていた魂は、ティザーベルの目の前でとうとう二つに分離し、片方は煙のように消えてしまった。
「どうした?」
「消えちゃった……」
「は?」
聞いてきたヤードだけでなく、レモもフローネルも怪訝な表情をしていた。それはそうだろう、これまでの一連の事を彼等は見えていなかったのだから。
その夜はそのまま家に泊まり、翌朝外に出てみる。操っていた当人が消えたからか、ゴーレム達はうずくまったまま動かない。
「これだけあると、すげえな」
レモがぽつりと呟く。確かに、平屋の家くらいはあるゴーレムがランダムで並んでいる姿は、何かの遺跡のようで圧倒される。
四人で村を眺めていると、家から三郎が出てきた。
「あ、あんた達……」
「お? 目え、覚ましたんか?」
レモが声をかけるが、三郎は構わずにまっすぐティザーベルの元まで来る。いきなり胸ぐらを掴もうとしたから、魔法で弾いておいた。
「っつ! あんた! 何て事してくれたんだよ!」
「どういう事?」
「なんで彼を消してしまったんだ!! これじゃ、また俺は一人じゃないか……これから、どうすればいいんだよ……」
そう言って、三郎……いや、彼の宿主はその場でうずくまって泣き出す。彼に言葉をかけられる者は、この場にいなかった。
「……あれで、良かったのか?」
車で順調に移動中、隣のヤードから聞かれた。先程壊れた橋の側に捨ててきた、宿主の事だろう。
「他に方法がないからね」
あそこなら、橋の修理に人が来るだろうし、それでなくとも近場に見えた村の誰かが気づくだろう。
彼を連れていく訳にはいかないのだから、地元民に託す他ない。その後どうするかは、彼次第だ。
「さて、少し遅れが出てるから、ちょっとスピード上げるよ」
「ちょっと待――」
ヤードの制止の声を聞く前に、アクセルペダルを踏み込む。道はまっすぐ、遮るものもなく伸びている。こんな直線コースを走れる事なんて、前世ではそうなかった。気分も良くなるというものだ。
何やら後ろからも悲鳴じみた声が聞こえている気がするが、気にしない。ティザーベルは上機嫌のまま、ペダルをベタ踏みした。
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