二百三十三 首輪
街の外に出した家でのんびり過ごす事二日。やっと城からの使者が到着した。
「褒美を取らす故、城まで同道されたし!」
応対に出たレモが、この言葉に難色を示す。
「ちょいと待ってくれ。仲間に話してくる」
家の周囲には結界を張ってあるので、騎乗してきた使者は中に入れない。安心して家で相談出来るというものだ。
「さて、どうするよ?」
「何か、仕掛けてくる可能性はあるんじゃない?」
レモの問いかけに、ティザーベルはあっけらかんと返す。ここで何も仕掛けてこないというのは、あの時の領主とシセアドの態度からしてまずあり得ない。
「何かって、何だ?」
「向こうは、魔法は使えないのだよな?」
ヤードとフローネルが聞いてくる。
「何かはわからないけど、最悪こちらの意思に関係なく従わせる方法を採るかもよ?」
「人質でも取るってか? だが、俺らなら何とかなると思うぜ?」
確かに、大量の兵士を投入されたところで、こちらの腕の方が上だろう。それに、ティザーベルの魔法もある。
「情に訴えるって手もないではないけど……あの領主だと、まずやらないかな。だとするなら、薬、もしくは、何かの道具か」
「魔法道具のようなものが、ここにあるっていうのか?」
「ないと考えて動くよりは、あると思って警戒しておいた方がいいと思うよ。大体、モリニアド以外にも大陸があって、人が暮らしているなんて思いもしなかったし」
ここに今自分達がいる事自体、想定外もいい事なのだから。領主側がどんな品を持っているか、警戒してしすぎるという事はない。
家をしまい、車を出して騎乗した使者に続く。家をしまうところや車を見ても驚かないのは、シセアドと一緒にいた連中だからか。
「とりあえず、全員腕輪の機能は起動させておいて」
三人に渡している腕輪は魔法道具で、対物対魔完全遮断の結界を張る機能も搭載されている。
車は街の壁を越え、城壁も越えて城の裏庭へ。そこには、シセアドの姿と大きな布袋があった。
レモのみ、車から降りてシセアドに対峙する。
「何故、貴様一人なのだ? 全員来なければ、褒美を渡す訳にはいかない」
シセアドの言葉に、レモは目を眇めるが、これは予想の範囲内だ。車を振り返ったレモが、小さく頷いたのを見て、ティザーベル達も車を降りる。
念の為、車は出したままだ。
「褒美はここにある。呪い師殿は、こちらへ」
シセアドは、整った顔に計算尽くされた笑みを浮かべる。自分の容姿に絶対の自信があるのだろう。
もしくは、自分の持つ「何か」に。
――罠だなあ……
そう思っても、相手の手がわからなければ暴れる事も出来ない。嫌々ながら、シセアドの招きに応じた。
レモと隣り合って、シセアドの前に立つ。彼は足下の布袋を持ち上げ、中身を見せた。袋一杯の黄金である。
「要求通りの褒美だ。受け取れ!」
不意打ちで投げられた袋に気を取られた隙に、シセアドに腕を取られる。そのまま引っ張られて背を取られ、背後から首に何かが嵌められた。
「な!」
首輪だ。わかった途端、ティザーベルの怒りが瞬時に爆発する。
「は! これで――!」
シセアドは、最後まで言葉を続ける事は出来なかった。文字通り、ティザーベルに付けられた首輪が爆発したのだ。
「ふっざけんなあ!!」
爆発で目をやられたらしいシセアドが尻餅をついて倒れているところに、追い打ちでティザーベルが蹴りを入れる。しかも、身体強化付きで。
背後のヤードかレモから「あ」という声が漏れた気がするが、気にしない。蹴られたシセアドが綺麗に吹っ飛んでいったけれど、それも気にしない事にした。
「おじさん! 袋の中身は全部本物!?」
「お、おう……大丈夫、全部本物だ
「そう。ならもうお暇しましょうか」
「だな」
周囲の兵士達は、あまりの出来事に遠巻きにしたまま固まっている。かかってくるなら、それもまとめて吹き飛ばすまでだ。
珍しく人に対して凶暴になっているティザーベルを止められる者は、この場にいなかった。
車で城壁を通る時も、街の壁をくぐる時も、特に止められる事はなかった。もっとも、こちらに手出しした時点で敵認定をするので、あちらに止められるものではないが。
この車で突っ込めば、大抵の馬や馬車は弾き飛ばせる。しかも結界を張って突っ込むので、こちらは無傷という凶悪ぶりだ。
その運転席には、現在レモが座っている。
「全く! どういう神経してんのよ!!」
もう一人の運転手であるティザーベルは、とても運転出来る精神状態ではなかった。運転席のレモはもちろん、後部座席のヤードとフローネルも、声をかける事すらためらう程だ。
街の姿が見えなくなった時点で、レモは一度車を止めた。
「そんなに、あの魔法装具……なのか? あれはヤバい代物だったのか?」
「たいした事ないけど、首輪よ!? 首輪!! 信じられない。犬じゃないっての!!」
どうやら、ティザーベルの怒りはシセアドが用意した道具の形状にあるらしい。
その後も、いかにあの形状があり得ないか、くどくどと言い募ったが、三人からは芳しい反応は得られなかった。
「……まあ、向こうの用意した道具が嬢ちゃんに通じなくて良かったな」
「あれが奥の手だってんなら、ショボすぎてお話にもならないね」
まだ彼女の怒りは持続しているらしい。
朝の時間に城へ行ったので、まだ午前の時間帯だ。それでも、ティザーベルの怒りが収まるまで車は止めておく事になった。
外に出て深呼吸する。かっとなってシセアドを強めに蹴ってしまったが、今頃重体になってないだろうか。
「……ま、いっか」
どう考えても、あの道具は人の意思を奪うものだ。かすかだが、魔力の流れを感じ取れたので、間違いなく魔法道具だろう。
首輪という形状から、動物扱い以外では奴隷という言葉が思い浮かぶ。まさしく隷属させる為の首輪だった場合、精神に作用するのか、それとも命令に逆らったら激痛を与えるものなのか。
「惜しかったな」
「何がだ?」
いつの間にか隣にいたヤードに、独り言を聞かれていたらしい。
「向こうが持ち出した道具。どういう動きをするものなのかわからないから、吹っ飛ばさずに取り上げれば良かった」
ちゃちな造りから考えて、多分痛みを与えるタイプのものだと思われる。だが、あれで精神に作用するのなら、対策を講じなくては。
考え込むティザーベルに、ヤードが眉間に皺を寄せた。
「取り上げてどうするんだよ、あんなもの」
「研究よ。この辺りで使われる道具がどの程度のものなのかも知りたいし。そう考えると、本当、惜しい事したわ」
「肝の据わったやつだよ、本当」
そうだろうか。どのみち、精神作用であれ痛みであれ、ティザーベルの結界を破れる代物ではなさそうだ。現に、結界に触れて木っ端みじんに砕けている。
効果がないものなら、調べてみたいと思うのは魔法士の性だろう。術式や道具の研究に明け暮れるのが、正しい魔法士の姿だ。
「おーい、そろそろ落ち着いたかー?」
車の側でレモが聞いてくる。それに軽く手を上げて答え、ヤードと二人車へと戻った。
「お? 今度はネルが運転?」
「おう。この辺りなら障害物もなさそうだし、練習にはうってつけかと」
「……森に行った時、練習して無理ってなったんじゃなかったっけ?」
確か、森に入って細かい魔物を狩っている最中に、近場で練習していたはずだ。その際に、やはり無理と結果が出たと聞いたような覚えがあるのだが。
「大丈夫だ! 練習すれば、何とかなる!」
本人はやる気満々らしい。レモの話しだと、怪しいのはハンドルさばきではなく、ペダル操作の方だという。
「どうも、アクセルを踏み込む加減がよくわからないらしくてな」
「あー……」
それは、運転には向かないかもしれない。とりあえず、他に影響がない場所で練習させて、本人の気が済むのを待った方がいいだろう。
「よし! では、どこへ向かうんだ?」
「このまま、西だよ」
運転席に座るフローネルに鼻息荒く聞かれ、ティザーベルはフロントを指差しながら向かう方向を告げた。
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