二百三十二 結果報告
家で一休みした後、移動倉庫に収納して車で領主の城まで向かう。なだらかな丘と草原が広がる土地は、人も住みやすそうだ。
草原はそろそろ枯れ始めている。冬も本番が近いこの時期なら、当然か。周囲の森も、いくつかは色づいていた。
――紅葉樹があるって事か……朝晩の気温変化が大きくなれば、紅葉するんだっけ。
移動は車で気温が安定しているし、休む時も家を出すので暑さ寒さは関係ない。
しかも、今ティザーベル達が着ている服は、全て地下都市で作られたもので、体温調整機能が付いていた。このままの格好で極寒の地や灼熱の土地に行ったとしても、普通に生活出来るだろう。
全くもって、でたらめな機能だ。
「あ、城が見えてきた」
現在の運転手はティザーベルである。フローネルは森での狩りの最中に少し練習したそうだが、ヤードとどっこいの結果だったそうだ。
結局、話し合って運転手はティザーベルとレモが交代で行う事になった。
車は城塞都市に入り、城の門の手前で止まる。兵士に何か聞かれるかと思ったが、前回城に来た時に見られた車にインパクトがあったらしく、領主の依頼が終わったのだと判断されたらしい。問題なく門の中に入る事が出来た。
「お早いお戻りですね。何か、ありましたか?」
城の玄関先まで、シセアドが出てきた。彼は今回の魔物狩りの責任者だから、出てくるのは当然か。
それにしても、魔物狩りがまだ終わっていないと思っているとは。
「何かって、魔物狩りが終わったから、報告の為に来ただけよ?」
「は?」
事実を述べると、シセアドはぽかんとした表情で固まっている。
「実際に狩ってきた魔物を見せるから、どこか、広い場所を用意してもらえない?」
ティザーベルに言われ、シセアドは慌てて城の中へと駆け込んでいった。その背を見送り、そらを見上げる。
高く晴れ渡る空は、そろそろ傾き始めていた。
城の裏庭が用意されたので、そこに移動倉庫から次々と魔物の死骸を出していく。すぐに山になったそれを見て、周囲から驚嘆の声が上がった。
見れば、領主とシセアドも驚いた様子で目の前に築かれる小山を眺めている。
「さて、これでおしまい」
最後に出したのは、最初に狩った大型の鹿だ。首と胴体をごろりと出すと、悲鳴が上がる。
「これは……」
「こんな……大きな……」
呆然とした声を出すのは、領主とシセアドだった。
「小さいやつ……それこそ、虫とかの魔物は実害が少ないから放っておいたけど、害がありそうなのは全部狩ってきたわよ。これが証拠。いかが?」
「あ、ああ……」
さすがに、朝出て行って昼過ぎに全て終えて帰ってくるとは領主も思わなかったのだろう。目の前の出来事をうまく処理出来ていないらしい。
だがさすがは一領地をまとめる立場、すぐに立ち直ったようだ。
「はっはっは! これはさすがに驚いた。いや、よくやってくれたな。礼を申すぞ
「はあ」
「シセアド、褒美を取らせよ。くれぐれも、出し渋るでないぞ? ……わかっているな?」
「心得ましてございます」
領主は上機嫌で城へと戻っていく。周囲を囲んでいた見物客も、三々五々消えていった。
残されたのは山となった魔物の死骸と、ティザーベル達一行とシセアドだけだ。
「無事、主の依頼を果たしてくれた事に、礼を言う」
「礼はいらないよ。でも、褒美はちゃんとちょうだいね?」
「わかっている。何を望む?」
シセアドの言葉に、ティザーベルはちらりとレモを見る。
「金塊を。この鹿の頭の半分は欲しいとこだ」
「金塊? 金貨ではだめなのか」
「悪いが」
シセアドの言葉に、レモは引かない。これは、最初から決めていた事だ。通貨の違う国に行った時に、物を言うのは貴金属だという。この辺りででも、金は簡単に換金出来る貴金属として人気のようだ。
この辺りの情報は、翻訳用の魔法道具を応用した道具で、周囲の人間から勝手に拝借した。共通の認識などは、簡単に入手出来る。
この先も目当ての地下都市へ辿り着くまで、いくつかの国を超える必要があるかもしれない。その際に、余所の通貨が両替出来ないと困るのだ。
それを考えると、換金率のいい貴金属で褒美をもらった方がいい。だが、これはシセアドには黙っておく。
これも、四人の総意だった。
「……わかった。褒美を用意するので、しばし待たれよ。その間、主より城にて歓待するとの申し出がある」
「いや、それには及ばねえ。先を急ぐ身なんでな」
レモの言葉に、シセアドの目がすがめられる。
「そう急ぐ事もあるまい。主より、次の依頼があるかもしれん」
「そういう訳にもいかなくってねえ」
先を急いでいるのは本当だが、ここの長くとどまりたくない理由があった。シセアドや領主の目は、明らかにティザーベルを道具として使い倒そうという色がある。それを警戒しての事だ。
まだ言われていないが、長くとどまればあるいは戦争への加担を求められる事もある。
――冗談じゃないっての。
何が悲しくて異国の戦争に手を貸さなくてはならないのか。傭兵稼業でもあるまいに。
なおも城内に留めようとするシセアドに対し、レモは一歩も譲らない。こういう時、彼の交渉の粘り強さは頼りになる。
「何を言われようとも、長くとどまるつもりはねえよ。報酬を払わねえってんなら、別の形で払ってもらうぜ」
「どういう意味だ?」
「さあな。ともかく、待てるのは二日後までだ。壁の外にいるから、そこまで使いをよこしてくんな。行こうぜ」
交渉は、決裂気味で終わったらしい。
車で街の壁の外へ出て、木立の陰に入る。周囲にカモフラージュ用の結界を張った後、近場の木を伐採して場所を作り、家を出した。
結界にカモフラージュを施したのは、セガン村の連中の一件があったからだ。
「さて、向こうはどう出るかね?」
居間に入ってソファに腰を下ろしたレモは、半分楽しんでいる。
「希望としては、満額支払ってほしいところだけど」
「そううまく行くかねえ?」
レモの言葉に、誰も何も言わない。あの場の雰囲気では、確かに難しいだろう。
「向こうさんは報酬を盾に、俺らを……もっと言うと嬢ちゃんをここに縛り付けたい。で、俺らはとっとと先に進みたい」
「移動倉庫も見せたしねえ」
「ただの大容量の入れ物だとしても、領主にしてみりゃ、喉から手が出る程欲しい品だろうよ」
移動倉庫の披露は、賭けだった。これを見せてもこちらの意思を尊重するか、それとも自らの欲を優先するか。今のところ、後者が優勢だ。
ちなみに、大量の魔物は帰りのどさくさに紛れて全て回収している。依頼料が支払われて、なおかつ領主が欲しいと言った場合には譲り渡し、いらないのならこのまま帝国にお持ち帰りだ。
移動倉庫に入れておけば、腐る心配もない。
「さて、ちょっとお茶でも入れて一息入れようか」
「そうだな」
フローネルだけでなく、ヤードとレモも同意したので、ティータイムとしゃれ込んだ。地下都市では豊富な種類のスイーツも作る事が出来るので、それらをまとめて移動倉庫に入れてきている。お茶菓子には事欠かない。
「それにしても、ショートケーキやチョコレートケーキはまだしも、ロールケーキやモンブランまであるとは」
他にもオペラ、サバランといった定番から、フルーツたっぷりのケーキやナッツのタルトとバラエティ豊かである。
「いつ食べても、地下都市の菓子はうまいな」
「そうだねー」
これがセロアに知られたら。間違いなく自分にもちょうだいと言ってくるだろう。
遠く離れた友に送る手段がないのが、少し残念だった。
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