二百三十一 魔物狩り

 魔物討伐。それはティザーベルが主な依頼として帝国のギルドから請け負っていた内容だ。生まれ故郷のラザトークスは、大森林が近くにある為狩る魔物の量と質には事欠かなかったし、何より魔物相手は気が楽だった。


「では、説明します」


 今回の魔物狩りの責任者は、このシセアドだそうだ。なので、彼から詳細な話を聞く事になっている。


「場所は、ちょうどあなた方が家を出していた場所に近い森です。セガン村とクダ村の間にあります」

「あの連中の村?」

「ええ」


 嫌そうなティザーベルに、シセアドは苦笑で返す。


「実は、あの村の諍いの要因の一つが、この森にあるんです」


 村同士の諍いの理由はいくつかあるそうだが、その一つがこの森の所有権を廻った争いだという。


「でも、魔物が多すぎて入れないんでしょ?」

「それは奥の方です。森の比較的浅いところなら、いい猟場なんですよ」


 どこかで聞いたような話だ。大体、どこの森も奥へ行けば行く程普段人が入らないからか、厄介な獣や魔物が棲み着く。


「今回、あなた方に頼みたいのは、この森の魔物の根絶です」

「え? 根絶やしにしちゃっていいの?」

「ええ。魔物が増えても害があるばかりで利はないですから」


 思わず、ヤード、レモと顔を見合わせる。ここでは、魔物を素材として利用しないらしい。


 ――魔物よりもいい素材がある? それとも、素材として使う知識や技術がない?


 なんとなくだが、先程のシセアドの言葉から、後者のような気がしてならない。


 とはいえ、それはここでティザーベルが言うべき事ではなかった。自分に出来る事は、依頼された通りに魔物を完全討伐する事である。


「どんな魔物がいるか、情報はある?」

「いえ、申し訳ないが、殆どありません」

「そう」


 森に棲息する魔物なら、これまでの経験から獣に近いタイプが多いはずだ。そこまで詳細な情報がなくとも、何とかなるだろう。




 件の森は「ケイバムの森」というそうだ。セガン村とクダ村の間にあり、幅約二キロ、長さ約二十キロの横長の森だ。


 領主の城から車で元来た道を戻り、途中で枝分かれしている脇道へと入る。地図で見ると、この道がセガン村へ続いているらしい。


 ケイバムの森には、セガン村の方から入る。領主の城から見て、クダ村の方が遠いからこうなった。


 村の手前で車を降りて、森を見渡す。村を分断する森には、豊富な森の恵みと共に、多くの魔物が棲息するという。


 村人は森で狩りや採取と行うけれど、それも浅い場所のみで、少しでも奥地に踏み込んだ者は帰ってこないと言われていた。


「どこまで本当なんだろうね?」

「さあな。とりあえず、魔物相手なら嬢ちゃんが適任だ。頼んだぜ」

「任された!」


 久しぶりの魔物狩りで、ティザーベルのテンションはかなり上がっている。実際に見るケイバムの森は、樹高が高いもので三メートル弱くらい、平均で見ておそらく二メートル半程度の木が中心だ。


 ラザトークスの大森林を見慣れている身としては、少し物足りない。とはいえ、森の木が高くないという事は、そこまで大型の魔物はいないという事でもある。


「中型がせいぜいかな……」

「残念そうに言うな」


 背後からヤードのツッコミが入った。確かに、中型といえど環境が違えばこれまで出会った事のない魔物がいる可能性がある。


「量より質だね」

「またわからん事を」


 呆れたような声が聞こえた気がしたが、放っておく。まずは森の中を探る事から始める。


 魔力の糸を伸ばし、森の隅々まで行き渡らせる。


「お、発見」


 やはりサル系らしい。小鬼系がいないのが残念だ。サル系の素材は毛皮程度で、希に牙や爪が素材として使える種族がいる程度だった。


 他にもいないかと探ると、セガン村から見て左手、ティザーベル達が家を出して休んでいたところと村との中間地点辺りに、大きな反応がある。


 大型のサル……ではない。四つ足の、どちらかというと、鹿に近いようだ。魔力の糸で慎重に探ると、途端に向こうがこちらに向けて駆け出す。


「! バレた」


 どうやら、魔力に過敏な魔物だったらしい。森の中を猛スピードでこちらに駆けてくる。木々も障害にならないようで、器用に右に左にと避けていた。


 仕方がないので、いつでも術式を発動出来るよう用意して、この場で待ち構える。間違いなく、この森で一番の獲物はあれだ。もうここまで足音が聞こえる。


 やがて響く思い足音と共に、巨体が森から飛び出してきた。それに合わせて、魔力の糸で作った網を使い、生け捕りにする。


「でかいな」

「これは、鹿……か?」


 レモとフローネルが魔物に近寄って眺めている。網に絡め取られた鹿は、苦しそうに鳴きながらもがいていた。


「試しに、誰か首落としてみない?」


 誰かと言っても、獲物の大きさから見てヤードかフローネルの二択だ。レモの武器はナイフがせいぜいなので、首を切り落とすまでいかない。


 ヤードとフローネルが、顔を見合わせる。すぐに、フローネルが前に出た。


「では、私が」


 すらりと腰の剣を抜く。異端管理局との対戦の後、彼女の剣も新調したと聞いている。ヤードの剣に近い付与構成だが、いくつか彼女が使いやすいような機能も盛り込んでいるという。


 その剣を構えて、魔力の糸の網ごと鹿の首を断つ。断末魔すら上げずに首が落ちた。


 無事に首を切り落とせた事に、フローネルがほっと安堵の溜息を吐く。その様子に、レモが彼女の肩を軽く叩いた。


 剣についた血は、付与した能力によって瞬時に落とされる。そのまま鞘に収めてこちらに向いた。


「大丈夫のようだ」

「良かった。使い勝手とか、悪いところはない?」

「今のところはなんとも……それにしても、本当に魔力が切れるのだな……」

「そういう能力を付与しているからね」


 ティザーベルがヤードとフローネルに試して欲しかった事。それは、剣で魔力が切れる事だ。


 もっとも、ヤードは既に異端管理局との一戦で経験している。そういう意味では、今回の試しをフローネルがやったのはいい事だ。


 魔力そのものが断ち切れるという事は、相手が放つ術式も切れるという事である。これは物理攻撃の剣士にとって、魔法士もしくは魔法道具を使って戦う相手に対して大きなアドバンテージとなるだろう。




 その後も、魔力の糸で探った魔物を片っ端から狩っていく。先程の大型の鹿もそうだが、やはり帝国では見た事もない魔物ばかりだ。とはいえ、系統は似たものがあるので、環境による差かもしれない。


 ――差……か。


 魔物も、動植物同様、環境やその他の要因で進化すると考えるべきか。それとも、別の要因で変化するのか。


 その辺りを知りたいとも思うけれど、ティザーベルは冒険者であって学者ではない。魔物の研究は、専門家にやってもらおう。


 狩りは昼過ぎまで続き、ようやく全てを狩り尽くした。大小合わせて一万匹近い魔物を狩っている。


「いやあ、大猟大猟」


 未知の魔物を狩れた事に、ティザーベルは大満足だ。彼女以外は森の側に出した家で休んでもらっている。魔物は狩ったその場で移動倉庫に入れているので、森に死骸を残す事もない。


 家に入ると、居間で三人がくつろいでいた。


「おう、お帰り。どうだった?」

「大猟だった!」


 レモに満面の笑みを返しながら、ティザーベルは定位置に座る。


「ここの魔物は、帝国に持ち帰るのか?」


 ヤードからの質問には、少し考えて答えた。


「んー、どうだろうね? 今回狩ったのって、帝国では見かけないものばかりだし、買い取ってもらえるかどうか」


 ギルドが魔物を買い取るのは、素材として売却出来るからだ。だが、帝国に棲息していない魔物となると、どういった素材として使えるか、誰も知らないのではないか。


「素材として使えなければ、買い取ってはもらえないからねえ」

「魔物を研究している学者とかは、いないのだろうか?」


 フローネルの言葉はちらりとティザーベルも考えた事だ。


「いるかもしれないけど、伝手はないからわかんない」


 学者がいるとすれば、おそらく皇宮関連だ。いくら基礎教育は広く広まっている帝国とはいえ、さすがに高等教育を受けられるのは特権階級のみと決まっている。


 そこまで考えて、ある人物を思い出した。


「……もしかして、ネーダロス卿に頼めば何とかなるかな?」

「あんまりお薦め出来ねえな」

「俺も、やめた方がいいと思う」


 珍しく、レモとヤードの意見が一致している。というか、ヤードが意見を言っている。


「ですよねー……」

「その、ネーダロス卿という人物は、よくない人なのか?」


 フローネルの最もな質問に、三人は曖昧な表情を返した。


「いいか悪いかでいけば、悪くはないのか……な?」

「質は悪いぜ?」

「いい人とは言いたくない」


 三者三様の評価に、フローネルは混乱するばかりだ。


「まあ、今回の狩りの証拠として、魔物は一度領主の城に持っていかなきゃならないから、帝国に持ち帰るにしても、それからかな?」


 そもそも、いつ帝国に帰れるのかまったく見通しが立っていない。まずはこちらの大陸で、やるべき事を終えてからだろう。


 その前に、この先にある地下都市の再起動をしなくてはならないのだが。

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