二百三十 領主の城

 騎馬集団に先導され、到着したのは街の周囲を堀と土手で囲んだ城塞都市だった。


「へえ……聖国とはまた違う様式の街だね」

「俺にはよくわからん」


 後部座席から周囲を見回し、ティザーベルが感想を述べる。隣のヤードは相変わらずの様子だ。


 ここまでの運転はレモが引き受けてくれた。助手席に座るフローネルは、彼の運転を食い入るように見つめている。コツを見て覚えようという事か。


 馬の速度に合わせている為、車の速度はかなり遅い。


 先導する騎乗した兵士……ここはやはり騎士と呼ぶべきか。一騎が先に街へと向かい、城門へ何事かを伝えている。


 ――まあ、こちらでは見た目がかなり奇妙に見えるからね。


 車の見た目は、ランドクルーザーだ。馬が引かない車自体存在しないであろうこの世界で、近代的な車の外観はかなりインパクトがあるだろう。


 堀にかけられた橋を渡り、街へと入る。建ち並ぶ建物は三階建てや四階建てが多く、隙間なく建てられている。窓には花が咲き、行き交う人の顔は明るい。


 道は石敷、途中で通った広場の真ん中には大きな噴水がある。


 ――土木技術、文化的レベルも高そうだね。どっちかっていったら、聖国の方が少し遅れてる?


 防衛用の空堀や、星形に突出した土手。地球の歴史で見ても、石壁よりも後に出てくる代物だ。


 それに、領主に仕えている兵士が口にした「呪い師」という言葉。名称は違えど、魔法を使う者の事なら、ここらは魔法技術が発展している可能性がある。


 聖国から大分遠いからだろうか。クリール教がキリスト教を元にしているのなら、どれだけ離れていようとも、軍隊を率いて布教にきそうなものだが。


 街並みを眺めつつ、ここらの地図を思い浮かべる。海はない、完全な内陸だ。


 ――そういや、ここと聖国のある辺りを隔てているものがあったっけ。


 七千メートル級の山々が連なる山脈が横たわっているのだ。あれを魔法の力なしに超えるのは、至難の業だろう。


 なるほど、聖国がここまで来られないのには、地理的な問題があったようだ。


 一人納得していたら、車が止まった。どうやら、城に到着したらしい。


「へえ……」


 石造りの頑強そうな城。優美さはかけらもなく、戦争用に作られているのは明らかだ。まさしく宮殿ではなく城である。


 先導の兵士に加え、前後左右を兵士達に囲まれて進んでいく。重そうなマントが動きで揺れる。


 通された部屋は無骨な狭い部屋で、申し訳ばかりの木製のテーブルと椅子があるだけだ。


「ここで待っていてくれ。領主様にご報告する」


 先導してた一人がそう言うと、兵士達は全員部屋から出て行く。閉じられた扉の向こうを魔力の糸で探ると、当然のように両脇に兵士二人が立っていた。


「……どう思う?」


 ティザーベルからの問いに、レモは肩をすくめる。


「さてな。だが、連中は『呪い師』を常に探している感じじゃねえか?」

「確かに」


 家を出した場所に兵士達が来た理由がわからないが、少なくともあそこに家があるから来た訳ではあるまい。


 言ってはなんだが、家を取り囲んでいた村の連中が、領主に報せに走る知恵を持っているとは思えないし、庶民が城に通報出来るシステムが確立されているとも思えない。


 あの場に兵士達が来たのは、偶然なのか、それとも別の理由があったと思った方がいい。


「私達が目的であの場に来た訳じゃないけど、行ったら使えそうなのがいたから持ち帰った、って感じ?」

「言い方は置いておくが、そうなんだと思うぜ。で、兵士が単独で連れ帰る事を決められる程には、『呪い師』が不足しているのか、今以上に囲いたいかといったところかねえ」


 だとするなら、何か大がかりな事をさせたいのではないだろうか。一番に思い浮かぶのは戦争だ。


 聖国周辺では魔法を禁じているから、異端管理局の独壇場になっているけれど、魔法を禁じず技術として取り入れている国なら、戦争利用は最初に考える利用法だろう。ティザーベルの故国である帝国もそうだ。


 あの国は、今でこそ平和を享受しているけれど、帝国として成り立つまでには小国同士の小競り合いが続いていた土地だったらしい。


 それを魔法の力を効率よく使い、一つの大国にまとめたのが今の皇帝家の祖である。その後も、東側の小国との戦争にも魔法を用い、小国連合を圧倒したという。この辺りは帝国に生まれた者なら必ず習う内容だ。


 もしかしたら、この西の土地でも似たような事が起こっているのかもしれない。


「土木関連なら手を貸してもいいけど、戦争なら逃げる」

「だな。国同士でも内乱でも、ああいったのには関わらないのが身の為だ」


 国内の権力闘争の果てに身内を亡くし、国を捨てる事にもなったレモの言葉は重い。


 ともかく、相手の出方を見るまではおとなしくしておくと方針が決まった辺りで、扉が開かれた。


「待たせたな。領主様がお会いになるそうだ」




 城の謁見の間は、細長い部屋で天上が高い。全て石材を使っているのかと思っていたが、天上は木製だ。


 部屋の奥には天幕と二段程高い場所の上に置かれた椅子。王の椅子ではないので玉座とは言えないが、領主が座っている。


「その方らが、シセアドが見つけたという呪い師か」


 シセアドとは、と浮かんだ疑問は、すぐに解けた。ここまでティザーベル達を先導してきた兵士の事だ。


 彼もこの場にいて、領主のすぐ側に立っている。腹心の部下といったところか。


 よく見ると、このシセアドという青年は随分若い。下手をするとヤードより年下見える。


 対して、領主は三十路半ばといったところだ。顎髭を蓄えた、質実剛健といった様子の偉丈夫である。


 その領主に、シセアドが何か耳打ちしている。


「おお、そうか。まほうし……というのだな」


 これは、答えていいものかどうか。判断が付かない時には黙っているに限る。レモにそう教わったティザーベルは、だんまりを決め込んだ。


「して、その方らは何故あの平原にいたのだ?」

「答えても、よろしいんで?」

「無論だ、許す」

「実は、旅の途中で雨に降られましてね。雨宿りをしていたところ、夜が明けたら家の周りを取り囲まれていたんでさあ」

「そこに、我等が駆けつけました。囲んでいたのはセガン村の連中です。クダ村の者達は、まだあの場にはいませんでした」

「何度言っても聞かんな、あの連中は。それで? セガン村の者はいかがした?」

「部下を残してきましたから、今頃は全員村に戻っているでしょう。前回の騒動の際、次はないと言い含めておいたのですが」


 村同士の争いには、領主もうんざりしているらしい。ほんの少し対応しただけで、セガン村の連中の話を聞かない態度にはいらつくものがあったのだから、彼等を治める領主ともなればなおさらだろう。


「あの村の連中は放っておけ。それよりも、その方らだ」


 どうやら、話題がこちらに戻ってきたようだ。


「何やら大層な力があるそうだな?」

「大層かどうかはわかりやせんぜ」

「シセアドがそう言うのだ。間違いはあるまい」

「家一軒を出したり消したりする力、それに家の周囲に人が立ち入れないように見えない壁を作る力、どれをとっても見た事もないものです」

「ほう……」


 領主の目がきらりと光ったのは、気のせいだと思いたい。


「その力を見込んで、ぜひ引き受けてもらいたい事がある」


 ティザーベルは、思わずレモと視線を合わせた。内容如何によっては、この場から逃げ出す事になる。


 こちらのそんな内心を知らずに、領主は口を開いた。


「実は、ある魔物を狩ってほしいのだ」


 聞いた途端、今度はティザーベルの目がぎらりと光る。


「詳しく!」


 隣でレモが頭を抱える気配がしたけれど、知った事ではない。何せティザーベルは、人外専門の冒険者なのだ。


 久しぶりに専門の仕事が出来ると思うと、わくわく感が止まらない。前のめりになった彼女に、領主が引いている事さえ、気にならなかった。

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