二百二十九 囲まれた

 家の周囲を取り囲むのは武装した集団なのだが、その武装がなんともお粗末だ。木の棒に獣の牙をくくりつけただけの槍もどきや、同じく太い枝に石をくくりつけただけの斧かハンマーもどき、他にも鉄を使った武器は見られない。


「これ、何の集団なんだろうね?」

「さあな」


 囲んでいる武装集団は、こちらの姿を見ると口々に何かを叫んでいる。だが、結界に阻まれて声は中に届いていない。


 少しだけ結界の設定をいじって音を通してみる。


「※△○□×@!!」

「△○×@※!!」

「ありゃ、何言ってんだ?」

「さてね」


 どうやら、これまでの地域とはまた違う言語らしい。こういう時、支援型がいないのが悔やまれる。彼女達がいれば、一瞬で言語データを収集、解析してくれただろうに。


「あ、そういえば……」


 その支援型から、持たされた道具があったのだ。移動倉庫に入れておいたものを取り出す。


 一見すると前世のスマホのような代物だが、これにかなりの数の術式が入っているそうだ。


 術式の検索方法もスマホ形式である。この道具の作成には、きっと前世地球人の転生者が関わったに違いない。


 探すと、言語翻訳という術式が見つかる。これか、と思いつつ起動してみた。言語情報を収集する相手を選択出来るので、結界の向こうで騒いでいる集団を選択した。


 翻訳対象はこちらの四人に既に設定済みなので、解析が完了すれば自動的にレモにも言葉がわかるようになる。


 しばらく待つと解析が終わったらしく、向こうの話している内容が理解出来るようになってきた。


「おめら、どこから来ただ!」

「こっただとこに勝手に家建てで、ふざけんなよ」

「こいづら、きっとクダ村から来たやつらだ。容赦しなくていいだよ」


 なかなかの訛り具合だ。しかも、翻訳がうまくいっていないのか、妙な具合に訛りが入り乱れている。


「……言ってる事はなんとなくわかったけどよ、結局こいつら何なんだ?」

「さあ?」


 向こうの言い分からすれば、勝手に家を建てた事に腹を立てているらしいが、周囲を見ても何もない、ただの草原だ。


 祭祀に使う場所ならば、それなりの「目印」があるはずだし、人の土地ならばやはり近場に村なり街なりがあるはずだ。


 久しぶりに魔力の糸で周囲を探ってみと、それらしい集落は確かにある。しかも二つ。集落の間には大きめの森が横たわっていて、その森の端がすぐそこにあるようだ。


「とりあえず、話し合ってみる?」

「このままって訳にも、いかねえしな。おお、お前らも起きたか?」


 振り返ると、家の玄関先にヤードとフローネルが立っている。二人とも、険しい表情をしていた。


「あいつら、何だ?」

「もめ事か? ベル殿」

「あー……まだもめるかどうかは、わかんないかなあ。って訳でおじさん、よろしく!」

「しょうがねえなあ」


 ぶつくさ言いながらも、レモは集団の方へ足を向けた。後は彼に任せて、自分は朝食の準備をした方がいい。


 とはいえ、移動倉庫から取り出すだけなのだが。


 ――まあ、これが出来るのも今のところは私だけだしね。


 ダイニングで朝食を出していると、レモが疲れた顔で入ってきた。外にはまだあの連中が見える。


「どうだった? おじさん」

「いやあ、どうもあの連中が争っている村の者だと思われてたらしいぜ」

「争ってる村?」

「まあ、説明は飯食いながらにしようや」


 そんなに複雑な話でもねえし、とレモが言うので、一旦朝食の時間にした。


 外を囲っている連中は、先程魔力の糸に引っかかった集落の一つでセガン村という村の者達だそうだ。


 彼等は森を挟んだクダ村と長年争っていて、この付近でよく小競り合いをするらしい。


 今日も朝早くから小競り合いの支度をしてここに来たら、見慣れぬ家が建っている。きっとクダ村の連中が建てたに違いない、と思って壊そうとしたらしい。


「ところが、嬢ちゃんの結界に阻まれて近寄る事すら出来ねえ。だから、皆で囲んでいたんだとよ」

「その、小競り合いの理由って何?」

「よくわかんねえ。じいさんの恋の敵というやつもいれば、得物を横取りされた恨みだという奴もいるし、そうかと思えば狩りで競っていた相手が先に嫁をもらったからだと言ってるやつもいる」

「完全に個人の恨みじゃない」

「だな」


 それで延々小競り合いを続けているというのも、ある意味凄い。とはいえ、そのとばっちりがこちらに来るのは困る。


「俺らはただの通りすがりだとは言ったんだが、頑固な連中で聞き入れやしねえよ」

「じゃあもういいや。蹴散らしちゃおう」

「お手柔らかにな」


 さすがのレモも、穏便に済ませろとは言わないようだ。言葉は通じるのに話が出来ない相手程厄介なものはない。


 方向性が決まったところで朝食も終わり、片付けをしてから外に出てみる。セガン村の連中は、まだ家を取り囲んでいた。


「暇な連中だねえ」


 さて、電撃で退場願おうかとしていたところ、彼等の背後から騎馬の一団が近づいてくる。


 こちらは村の連中とは違い、鉄製の武具を身につけた武装集団だ。


「今度は何だろ?」

「さあ……」


 窓から外を覗きつつ、フローネルと顔を見合わせる。村の連中は、騎馬の一団を見て慌てているようだ。力関係としても、村の連中より一団の方が上なのだろう。


 やがて騎馬集団が家の間近まで来た。村人達は蜘蛛の子を散らすように逃げようとするが、騎馬集団の一部が退路を断っている。


「この家の者はいるか!?」


 一団の一人が声をかけてきた。四人で一瞬顔を見合わせた後、レモが一人外に出る。


「お前が家の持ち主か?」

「まあ、そういう事になりますかねえ」


 本当はパーティーの持ち物なのだが、それをここで馬鹿正直に言う必要はない。


 騎馬集団のうち、声をかけてきた一人が馬から下りてこちらに近づいてくる。やがて、結界に阻まれたのを感じ、その場で止まった。


「これは……お前は呪い師か?」

「へ? 何じゃそりゃ」

「違うのか? では、この見えない壁は誰が作った?」


 結界の事らしい。レモが答えを探っている間に、ティザーベルはとっとと外に出た。


「張ったのは私よ」


 玄関から出て、レモの隣まで足早に移動する。彼は苦い顔だ。


「嬢ちゃん……」

「いや、あのままだと話進まないかと思って」


 小声でやり取りしていたら、馬から下りた男が兜越しにこちらを見てくる。


「お前が呪い師か?」

「呪い師ではないわね。魔法士だけど」

「まほうし……? とは何だ?」

「いや、何だと言われても、魔法を使う事を生業とする者……かな?」


 改めて魔法士の定義を聞かれるとは思わなかった。相手もよく理解出来ていないのか、首を傾げている。


 だが、何やら彼の中で納得出来たらしく、小さく頷くとこちらに向き直った。


「ともかく、これだけの能力があるのなら問題ない。我々と共に来てもらおう

「来てもらおうって……一体どこへ?」

「ペジンバル卿のおられる、アヴァーコム城だ」


 また、何やらよくわからない名称が出てきたようだ。

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