二百二十一 エルフの魔力
エルフの里の裏切り者ギョーネンに関しては、お仲間の二人と共に完全隔離状態にしてある。
「都市に監獄まであるとは思わなかったわ……」
「一時的な収監場所に過ぎませんが」
わざわざ五番都市の監獄に入れてあるので、本当の意味で隔離だった。パスティカの愚痴によると、わめいていてうるさいらしい。わめく元気があるのなら問題はなさそうだ。
テパレナ達、ギョーネンと同じ里のエルフで彼等に売られた立場の者達には、一応ざっと説明はしてある。
全員を集めて淡々と説明したけれど、そこかしこから「ギョーネンを差し出せ!」という怒りの声が上がった。当然とは思うけれど、今は全員の生活を落ち着かせるのが先決だ。
テパレナ達の都市残留の問題もある。
「とはいえ、そっちは同じ里のエルフ達と合流して意識が変わったんじゃないの?」
「いや、それが……」
フローネルの話によると、里の他のエルフ達まで都市に残りたがっているというのだ。人間がまず立ち入れない場所というのが大きいらしい。
「うーん……一応、マレジアに相談はしてるけど……」
そういえば、そちらはどうなったのだろう。連絡を取ってみると、一度迎えに来いと言われた。
「迎えって、隠れ里に?」
『そうだよ。一度来てるから、支援型が座標を覚えているだろ?』
「ちょっと待って……そうなの?」
常に側にいる支援型ティーサに確認する。
「はい。いつでも移動可能です」
「……大丈夫だって」
『じゃあ、すぐに迎えにきとくれ』
支援型だけで向かわせる事も出来たが、そうするとマレジアがへそを曲げて来ないとも限らない。面倒な婆さんだと思いつつ、ティーサと共にマレジアのいる隠れ里の入り口付近に移動した。
「久しぶりだなあ、ここらも」
そんなに前ではないはずなのに、あれこれありすぎて随分前の事のように思える。
里の入り口では、当然のように番をしている里人に止められた。
「貴様、以前マレジア様と共に来た者だな? 今日は何用だ?」
「マレジアに呼ばれて来たのよ。彼女は?」
普通に答えたつもりなのに、番人は怒りで額に青筋を浮かべる。
「貴様! マレジア様を呼び捨てにするなど――」
「何騒いでんだい?」
ちょうどこちらに出向いていたらしいマレジア本人のご登場だ。番人は振り返って彼女を確認した途端、その場に跪いた。
「しばらく里を留守にするよ。その間の事は、こいつに一任しているからね」
マレジアの背後には、あの隠れ里のカモフラージュ用に作った村の長、バーフがいる。
番人はマレジアが不在になるのを知らなかったらしく、慌てていた。
「マレジア様がご不在とは? 一体どういう――」
「ちょいと出かけてくるだけだよ。いつ戻るかは、こいつに確認しとくれ。まあ、しばらくは帰らないから」
「な、なんと……」
「じゃあ、元気でいな。待たせたかい?」
マレジアがこちらに声をかけた事に、番人はさらに驚いている。その様子に苦笑が漏れた。
「いいえ」
「何笑ってんだい?」
「何でもない。行きましょうか?」
「ああ」
一応、里の入り口から見えない場所で都市へと移動した。移動先はテパレナ達がいる十二番都市だ。
「懐かしいねえ……」
ここはマレジアが暮らす隠れ里の真下にあり、六千年前に彼女が暮らした都市でもある。
「久々の里帰りだね」
「里帰りと言える程のもんじゃないけどね。やっぱり、思い出深いよ」
「再起動した後、すぐに来たいって言えば良かったのに」
「こっちにも色々とあるのさ」
まあ、あの隠れ里の様子では、マレジアが里の外に出ると言った日には大騒動になりそうだ。今回はバーフという盾がいた事と、事前に周囲に報せなかった事が功を奏したのではないか。
「さて、残留希望のエルフ達はどこだい?」
「あっちのホテルと、病院」
「病院?」
「男性の多くが、治療が必要でさ」
「ああ……」
ただの怪我ではない。あちこちが欠損している者が多く、再生治療を施している最中だ。元通りになる代わりに、時間がかかる治療である。
「その治療中のエルフ、意識はないんだろう? 見る事は出来るかい?」
「そりゃ、ガラス越しなら。でも、なんで?」
「後で説明するよ。ともかく、治療中のエルフを見せとくれ」
何も聞かずに見せろとは、また随分な言い方だとは思うが、なんとなく今のマレジアに逆らう気になれず、再生治療室へ案内した。
再生治療室には、複数の強化ガラス製のポッドがある。その一つ一つに、エルフが入れられていた。
サフー主教のところから救出したエルフの大半は、ここにいる。聞き取りが終わった者から、必要な治療を施しているのだ。
ガラス越しに、じっと見入るマレジア。ややして、軽い溜息を吐いた。
「やっぱりね」
「何が?」
「エルフって種の魔力は、変質し続けているらしい」
「え?」
詳しい説明は別の場所で、という事になり、病院のロビーへ移動した。自動販売の飲み物を渡し、ティザーベルはマレジアの前に座る。
「それで? どうしてまたエルフ達を見る事になった訳?」
「エルフの魔力の質を見る為さ。あたしの目は外科手術を施していてね。他人の魔力を見て取れるようにしてあるんだよ」
初耳だ。何でも、特別製の眼球と視神経、それと少しの脳内への魔力的干渉で対象の魔力を「見る」事が出来るらしい。
その目で見たエルフの魔力は、人のそれとはかなり違うそうだ。
「元々、エルフってなあ人への薬物投与が原因で変質した人間が祖だ。それは知ってるね?」
「ええ……」
「どうやら、わずか六千年の間に、エルフは種としての変化を遂げたらしい。その一つが、魔力の変質だ。あれは初代の者達の魔力とも違う。もちろん、あたしやあんたのものともね」
意外な話だ。数万年単位でなら進化したと言われても納得出来るが、六千年だと少し微妙に感じる。変化するには十分な年月かもしれないが、進化まで言うと短い気もするのだ。
「……エルフの魔力が変質して人間のそれとは違っているってのはわかった。で、それが何か問題あるの?」
「ここに残りたがってるエルフがいるんだろ? そいつらの魔力じゃ、どんだけ束になったとしても、動力炉の再起動は出来ないよ」
「へ?」
「二度とあんなテロ行為は許さないが、再び都市が凍結されないとも限らない。あんたが生きてるうちはいいけど、あんたが死んだ後は? エルフは長命だよ? その時、再起動出来ない都市に取り残されたら、エルフ達は生きていけんのかい?」
まさしく、それはティザーベルが心配している事柄だ。自分が生きているうちはいい。何度でも再起動させよう。
だが、自分が死んだら。同じだけの魔力を持った「人間」が、何の見けりも求めず都市を再起動させるだろうか。
――まあ、私もある意味見返りは求めてるけどさ。
それでも、エルフに見返りを求めた事はない。遠くない未来、再起動する人間がエルフに対して報酬を求めたら。
考え込むティザーベルの耳に、マレジアの言葉が響く。
「もっとも、一人で再起動させる事が出来る人間なんぞ、そう簡単に出てくるとも思えないけどねえ」
「……どういう事?」
「自覚なかったのかい? あんた、人の十倍以上の魔力を持ってるよ」
初耳だ。マレジアの目には、人並外れた量と質の魔力が見えているらしい。
「逆に、どこをどうすりゃそれだけの質と量の魔力を持てるんだかねえ?」
「……魔物を倒し続けたから、とか?」
「ゲームじゃあるまいし。第一、魔力の質と量は生まれつきのものだよ。後天的に向上するなんて、聞いた事がない」
「え?」
「え?」
目を丸くする二人は、お互いの顔をしばし見つめ合った。
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