二百二十二 隠れ里の襲撃

 マレジアが都市を去る際、「エルフの魔力を変換し、動力炉の再起動を出来る道具」を設計する事を約束させ、見送った。


「とりあえず、これでエルフ達の残留問題は解決……じゃないか」


 まだマレジアが道具を作れると決まった訳ではない。実際には設計だけだけれど、それだって仕上げられるという保証はなかった。


 残留問題は保留のままだ。


「ところで、七番都市って今どうなってるの?」


 シーリザニアから救出した国民がいる七番都市の事は、しばらくヤードに丸投げで関わっていなかった。


「問題はないわよ。既に国民達が自警組織を作って治安も保っているし。食料やその他の生活物資の支援はしているけど、それらを使った炊き出しやら何やらは自分達でうまくやってる感じ」


 答えたのはヤパノアだ。彼女は十二番都市の支援型なのだけれど、現在七番都市の手伝いにかり出されているらしい。ここでも、支援型の上下関係が物言っているようだ。


 ヤパノアによれば、今では仮設住宅が街や村ごとに固まっていて、ちょっとした小国家になりつつあるという。それが出来るだけの土地が、郊外区域に用意されていたという都市にも驚きだ。


「七番都市は元々自然環境も交えて研究が行われていたところだもの。あの区域も実験場の一つだったのよ」

「実験場って……危険な事はないの?」

「特にないわ。あそこで実験されるのは、最終段階のものばかりだし。危険物質は最大限取り除いた最後の詰めを行う場所なの。逆に実験のおかげで自然環境が豊かになった程よ」


 それもどうなのだと思わないでもない。何しろ、地下都市に作られた人工の自然型実験場なのだ。


「ともかく、シーリザニアの方はあの女王様が不在でも、何とかやってるみたい」

「そう……」


 スンザーナは、現在少数の側近を連れて近隣諸国を回っている。一つでも多くの国を、反教皇派に組み込む為だ。


 彼女が回る国は、元々聖国とは距離を置いている国が多い。その中でも、聖国よりの中立国を反教皇派に寝返らせようというのだから、彼女の苦労は計り知れない。


 それでも、やると決めたのは本人だ。シーリザニアの悲劇を繰り返させない為にも、早いうちに聖国を討たねばならないと思っているらしい。


 スンザーナの動きに合わせて、フォーバル司祭達も動いている。


 そういえば、彼から面白い話を聞いた。いつぞやの救出作戦の後、数日とおかずにサフー主教とヨファザス枢機卿が異端管理局に駆け込んだそうだ。


 自身の屋敷に悪魔が現れたと。


 異端管理局は取り合わなかったようだが、何故そう思ったのかを聞かれて、二人とも言葉を濁したらしい。


 よくそんな情報を入手出来たものだと呆れていると、異端管理局の壁はそこまで厚くはないのだとか。大聖堂にも、彼等の隠れた仲間は潜んでいるらしい。




 シーリザニア、エルフ、獣人。救出した相手はかなりな数に上るけれど、根本を叩かなくては意味がない。


 とはいえ、こればかりはこちらの勝手で動いていいものではないので、今はフォーバル司祭からの連絡待ちだ。


「実際にはマレジア経由だけどね」

「あの婆さんか……」


 なんとも微妙な反応を見せたのはレモだ。四人揃っての朝食の席で、個々の活動報告のような事をしている。


 その中で、今後の簡単な予定という事で、マレジア経由のフォーバル司祭からの連絡を待っている最中だと告げた。 


「そういや、テパレナ達が都市に残れるよう、道具を作る約束したんだって?」

「うん。都市の事に関しては、私じゃわからない事が多すぎて」


 支援型なら全ての情報のアクセス出来るのだろうけれど、下地の技術がないティザーベルが聞いてもちんぷんかんぷんだ。


 ここはやはり、専門的な知識を持った人間に頼むのが筋だろう。


 そんな話をメインダイニングで朝食後もだらだらとしていたところに、突然の連絡が入る。


『繋がってるかい!? 助けておくれ!!』


 何事かと思えば、マレジアからの悲鳴のような救援要請だ。


「何があったの!?」

『異端管理局の奴ら、いきなり襲って来やがった! 里は結界に守られているけれど、それももうもちそうにないんだよ!!』


 異端管理局。確かに教皇直属の彼等はマレジアの命を狙っていたが。


「ティーサ! 隠れ里まで移動を!!」

「俺らも行くぞ!」

「少しは役に立つだろう」

「異端管理局の奴ら、許すまじ!!」


 レモ、ヤード、フローネルもやる気だ。彼等には、以前に渡した対物対魔完全遮断の結界を展開する魔法道具を渡してある。


「……道具がどこまでもつか、わからないよ?」

「承知の上」


 三人が三人とも、同じ事を口にする。ここまで言われて、連れて行かない訳にはいかない。


 四人同時に、マレジアのいる隠れ里まで移動した。いつも通り、隠れ里から少し離れた場所に到着すると、里の方から戦闘音が響いてくる。


「あれ!」


 フローネルが指さす先には、里に張られた結界を破壊しようとしている、異端管理局員らしき者達の姿があった。


「ヤパノア! すぐに隠れ里の結界を強化! ついでに中を見えないように出来る? それと、里の全員を十二番都市へ移動して!」


 離れていても、ティザーベルの声は支援型には通じるらしく、目の前の隠れ里の結界が強化、不可視化された。


「む! いきなり抵抗が強くなったぞ!」

「構うもんか! 全力で当たれええええ!」


 里に攻撃をしているのは三人。大柄な男性と、小柄な少年、それに二十代くらいの若者だ。


 大柄な男性は両腕に筒状の道具を装着し、結界を殴っている。少年は大型のはさみのような道具を逆手に持ち、結界に突き立てていた。


 若者は少し離れた場所から、ライフル銃のようなものを構えて結界に攻撃を加えている。


 その三人に届くよう、ティザーベルは対物対魔完全遮断の結界を、頭を中心に展開させる。


「むう!? 何だこれは!?」


 大柄な男性が頭を一振りすると、展開させた結界が跡形もなく消えていく。


「嘘!?」


 これは通常、魔物相手に使う手だ。魔法も討ってくる相手の場合、高確率で頭部を結界で囲むと魔法も封じ込める事が出来る。


 なのに、道具を使っているだけの彼等は、いとも簡単にティザーベルの結界を消してしまった。


「うん? 何だてめえら?」


 はさみを持った少年が、こちらに気付いた。それと同時に、逆手に持ったはさみを振りかざし、襲いかかってくる。


 あまりの事に対応出来ずにいたら、いつの間にか前に出たヤードが剣ではさみを振り払った。


「ち! ちったあ出来る奴がいるじゃねえかよう」

「スニ。バカな事を言っていないで、集中しろ!」

「け! ベノーダの分際で、なあに俺様に命令してるんだよ!」


 何やら、目の前で仲間割れを始めたが、その隙を逃すヤードではない。一歩二歩と踏み込んで、スニと呼ばれた少年に切り込んでいく。


「おおっと。危ねえじゃねえかよう! そおんなに、このはさみの餌食になりてえのかよう?」


 にたりと笑うスニは、目の前ではさみをじゃきじゃきと鳴らす。無骨に見えるはさみには、確かに魔力の流れが感じられた。


「あれが魔法道具。気をつけて!」

「ああ」

「あと、連中、私の結界を無効化する手段を持ってる」


 これを口にするのは、正直悔しい。今まで負け知らずだったというのに。レモやフローネルも驚いた顔でこちらを見ているのがわかった。


 ヤードの方は、「わかった」と小さい声で了承したまま、目の前のスニと対峙している。


 はさみ少年は、彼に任せていい。残りは二人。若者と大柄な男。レモもフローネルも、自身の武器を構えていた。


 こちらが選ぶまでもなく、向こうが対戦相手を選択したらしい。若者はレモに、大柄な男はティザーベルに向かってきた。


「ちい!」


 まるで丸太のような腕から繰り出されるパンチは、かなり重い。それを何重にも張った結界で対応する。こちらに神経が向いている隙をついて、大男の脇からフローネルが剣を突き刺した。


「そのようなもの、針先程にも感じぬわ!!」


 大男が腕を振ってフローネルを弾き飛ばそうとしたが、それを察した彼女が身軽に後方に退く。


 そこに、熱と圧力を魔法で生成した攻撃を、ティザーベルがたたき込んだ。

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