二百二十 黒

 サフー主教の屋敷から救出されたエルフ達が、口をきけるようになったのは、治療開始から一週間後の事である。


 最初、人間相手では警戒されるかとフローネルに聞き取り役を頼んだところ、彼女が説得してくれたようで、ティザーベル達の立ち会いも可能となった。


「まずは、助け出してくれた事、感謝する」

「こちらも理由があっての事だから、気にしないで。それで……言いづらい事だと思うけど、何があったか教えてもらえる?」

「ああ……俺の名前はゾマハンド。シサー氏族の里の出身だ」


 彼の名前はともかく、氏族の名前には聞き覚えがある。ティザーベルは、一人のエルフの名を口にした。


「テパレナという名に、聞き覚えはある?」

「テパレナ!? 同じ里の者だ! まさか、彼女も?」


 当たりだ。フローネルに視線をやると、彼女も幾分固い顔をしている。テパレナの里には、ヤランクスに通じた裏切り者がいるはずだ。


 さて、目の前のゾマハンド氏は、裏切り者か否か。


「こちらで保護しているよ。それで? 何があったの?」

「……詳しい事は、あまり。寝ていたら、何者かに押さえ込まれた事までは覚えているんだ。ただ、その後が曖昧で……」


 薬か、魔法道具を使われたのだろう。対エルフ用の魔法道具は、魔力を吸い取って相手の意識まで奪い去る代物らしいから。この辺りは、実際に使われたフローネルの証言だ。


「それで、気がついたらあの屋敷?」

「ああ……」


 屋敷で何があったかは、さすがに言いたくないのだろう。ただ、ぽつぽつとこぼす言葉の端々から、大分多くの「仲間」が物言わぬ姿であの地下室から運び出されたという。


「さすがにその後までは、わからないよね?」

「意識が朦朧としていたから、正確な事はわからないけれど、多分、都の外に運び出されて、そのまま……」


 焼かれたか、森にでも放棄されたか。骨の一つでも残っていれば、墓でも作れるというのに。


 何にしても、全員とはいかなかったが、それなりの人数を救出出来た事は喜ばしい事だ。


 その後も個別に話を聞き、一応氏族ごと、里ごとに名簿を振り分けておいた。新しい里へ行くにせよ、出自は明らかにしておいた方が後々の為になるだろう。


 そして最後の三人というところで、さらなる当たりが出た。


「名前は、ギョーネン。シサー氏族の里の出だ」


 今のところ、テパレナと同じ里の者以外で、シサー氏族は出ていない。ルクス氏族とロアド氏族に分かれている。


 という事は、このギョーネンもテパレナと同じ里の出だろうか。


「確認だけど、ゾマハンドという名に聞き覚えは?」

「同じ里の者だ」

「そう……続きをどうぞ」

「あの日、里の女達が外から人を招いたんだ。里の近くで怪我を負ったから、と」


 初めて聞く内容だ。


「……それは、里の掟に反する行為なんじゃないの?」

「ああ、そうだ! だから、俺達は反対したのに!!」


 そう言うと、ギョーネンは頭を抱えた。人を招き入れたその夜、里は大混乱に陥ったそうだ。女性達が連れてきた人こそが、エルフの敵、ヤランクスを里に招き入れたのだという。


「あっという間に、皆捕まっちまった……」

「それは、時間帯としてはどのくらい?」

「夕食の後だったのは、覚えている」

「寝る前? 後?」

「なんでそんな事を聞くんだ?」

「いいから答えて。前だった? 後だった?」

「……前だ」

「そう。ありがとう。で、捕まった後は、すぐにあの屋敷に?」

「ああ。あの屋敷の主は、変態だ。俺達の目の前で、仲間が指先から傷つけられていくのを、ずっと見せられていたんだ……」


 言いながら、ギョーネンはブルブルと震えだした。思い出した光景が、余程辛かったのだろう。


「ちなみに、その人間を招き入れた女性達の名前、教えてもらってもいい?」

「……何故、そんな事を聞くんだ?」

「あなたと同じ里出身のエルフ、他にも保護しているんだよね。だから、名前を聞けばわかるかもしれない」


 ティザーベルの言葉に、ギョーネンは一瞬固まった。が、すぐに名前を口にする。


「ヤニと……テパレナだ」

「そう。今はちょっとわからないけれど、後でその名前のエルフが保護されているかどうか、探しておくわね」

「い、いや! いい! 余計な事はしないでくれ!!」


 ギョーネンは、青い顔で頼んできた。その様子がまた、ティザーベル達の不信感を煽る。


 その後、彼が落ち着くのを待って、二、三問尋ねた後、部屋から出した。


「さて、彼は黒か白か」

「黒だな」

「黒だと思う」


 レモとヤードの意見は一致している。ティザーベルも、ギョーネンは黒だと思った。


 そこに、おずおずと手を上げて問うてくる姿があった。


「ベル殿、その、黒とか白とかいうのは……」


 フローネルである。彼女には通じない言い回しだったらしい。


「黒は……まあ有罪確定とかそんな感じ。今ので言うと、里の裏切り者はギョーネンだろうっていう意味だよ」


 フローネルは目を見開いて「そうなのか?」と驚いている。


「ゾマハンドとテパレナ達の言い分は同じだった。でも、ギョーネンだけ違ったでしょ?」

「えっと……ゾマハンドとテパレナ達が共謀しているって事は……」

「それなら、ギョーネンは女性の名前だけでなく、ゾマハンドの名前も挙げなきゃおかしいんじゃない? 引き入れたのは、女性だってギョーネンははっきり言ったし」

「そうか……でも、彼はどうして、里を裏切るなんて事を……」


 エルフは結束が固い。それを肌で知っているフローネルには、ギョーネンの裏切りが信じられないのだろう。


「それはわからない。でも、調べれば何か出てくるかもね。調べる?」


 しばらく考えた後、フローネルは首を横に振った。


「いや、それを決めるのは同じ里の者達だ」

「そうだね。じゃあ、テパレナに報せる?」

「それは……残り二人の話を聞いてからで、いいか?」

「もちろん」


 サフー主教の屋敷から救出した男性エルフも、残るところ二人のみだ。


 部屋に入ってきたのは、エルフの中でも線が細いと言われそうな美貌の持ち主だった。


「名前は、ケニフ……シサー氏族の里出身……うう!」


 まだ何も来ていないのに、ケニフはその場で泣き出した。


「罰だ……これはご先祖さまからの罰なんだ……里を差し出してしまった僕らへの……」


 ティザーベル達は、お互いに顔を見合わせた。ケニフに声をかけたのは、フローネルである。


「改めて、私はクオテセラ氏族のフローネルだ。何があったか、教えてもらえないだろうか?」

「は……はい……」


 泣きながらケニフが話した内容は、おおよそティザーベル達の予想通りのものだった。


 ケニフはギョーネンともう一人ヤプッドと共に、ヤランクスに里を売り飛ばしたという。


「何故、里を売るなどと……」

「里から出たかったんだ……あの狭い場所から一生出られないのかと思うと、息が詰まりそうで……」

「だからと言って――!」

「ネル」


 泣きじゃくるケニフに、激高するフローネル。見かねてティザーベルがフローネルを止めた。


「じゃあ、ヤランクスを里に引き入れたのは、ギョーネンが中心だったのね?」

「そう……です……」


 これでギョーネンが黒確定だ。とはいえ、最後の一人にだけ話を聞かないというのもどうかと思い、ケニフを宥めて下がらせ、最後の一人を部屋に入れる。


「おれはヤプッド。なあ! ギョーネンの奴、どこ行ったんだよ!? あいつのせいで、俺までこんな酷え目に遭ったんだぜ!? 一発ぶん殴らなきゃ気が済まない!!」


 ティザーベル達の白い目には気付かず、ヤプッドと名乗った男はギョーネンに対する恨み辛みをぶちまけた。どうやら、里にいた頃からケニフも含めて三人で行動する事が多かったらしい。


「里の連中を売り飛ばせば、贅沢な暮らしが出来るとかあいつ言っていたのによお。変態親父の屋敷でクソみてえな生活を強いられたんだぜ!」


 聞くに堪えないとはこの事か。しばらく好きに喋らせた後、とっとと部屋から追い出した。いっそ彼はギョーネンと同じ部屋にでも入れておこうか。


 ともかく、これでテパレナ達の里の件はわかった。ヤランクスも、いらない知恵をつけてきたものだ。


「この先も、似たような里が出ないよう、しっかりと注意喚起しておいた方がいいかもね」


 ティザーベルの呟きに、フローネルが首を何回も振っていた。

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