二百十八 地下にいるもの

 聖都は相変わらずの賑わいぶりだ。整理された通り、そこを行く人々。


「さて、目当ての場所は……っと」


 手元の小さい地図に目を落とす。ぱっと見には、田舎から聖都に出てきた一行に見えるだろう。


 マレジアから届けられた設計図は優秀で、色々な機能が盛り込まれたものだった。


 特に二番都市支援型の対抗措置は多岐にわたり、こうして無事聖都にいられるのもマレジアのおかげと言える。


 と言っても、ここに来るよう頼んできたのはマレジア本人なのだが。


 彼女の設計した魔法道具で、四人の見た目は全く違うものに見えている。ティザーベルの魔力も、察知されないようにしてあるそうだ。支援型達が太鼓判を押したので、間違いない。


 ティザーベルの手元の地図は、この聖都の全体図を縮小したものだ。その中に、小さな赤い点が二つ打たれている。それが目当ての場所だった。


「どちらもそんなに離れていないから、移動が楽だね」

「まあ、街中だしなあ」

「徒歩以外に、移動手段はあるまい」

「そろそろ動いた方が良さそうだ」


 レモ、フローネル、ヤードがそれぞれ意見を述べた。ヤードに関しては、七番都市に行きっぱなしだったので置いていこうと思ったのだけれど、レモに「連れて行け」と言われたので呼び戻している。


 何でも、置いていくと後がうるさいのだとか。普段の様子からはそうは見えないが、置いていかれる事にある種のトラウマがあるらしい。


 ――子供の頃の事かな……


 ヤードは幼い頃に母を目の前で亡くし、叔父に当たるレモに連れられて国を出た身だ。その頃の事で、置いていかれる事に対する強い思いがあるのだろう。


 そのヤードは、涼しい顔で辺りを見回している。そういえば、彼が聖都に来るのは初めてだったか。彼だけではない、レモ達も初めてのはずだが、こちらは落ち着いたものだ。


「……どうかしたか? 嬢ちゃん」

「何でもない。あ、あっちみたいだよ」


 こっそり見ていた事がバレていたようだから、誤魔化しておいた。




 最初に向かう先に決めたサフー主教の聖都の屋敷は、かなり大きなものだた。しかも装飾も多く、わかった上で見ていなければ、貴族の屋敷だと思っただろう。


「これが聖職者の屋敷……」

「金持ってんだろうなあ」


 レモの感想に、思わず頷きそうになる。確かクリール教は、清貧を謳っていなかったか。目の前の屋敷は、その言葉の真逆を行く存在だと思うのだが。


 見上げる程高い壁に囲まれた屋敷は、警備も厳重そうだ。門には門番が常駐していて、前庭にも剣を佩いた男達の姿が見える。


「で? この警備の中、どうやって中に入るんだ?」

「そこはこれの力を借りて……ね?」


 ヤードからの問いに、ティザーベルは右腕にはめた腕輪を見せる。この腕輪が、マレジア設計の魔法道具だった。


「とりあえず、人目に付かない壁がないか、探しましょうか」


 壁は屋敷をぐるりと囲んでいるけれど、敷地が一区画分あるせいか、脇に入ると人目を避ける事が出来るようだ。


 腕輪の機能を使って、壁の向こう側に誰もいない事を確認してから、壁を飛び越える。壁の上に仕掛けが施されていないからこそ、出来た事だ。


 着地した場所は、屋敷の東側に当たる。表玄関が南で、東西に両翼が広がる形だ。


 さて、ここからどうやって中に入るか。適当な窓から入るべきか。植え込みの陰に隠れて、腕輪の機能を使い館全体をスキャニングする。


「ん?」

「どうした?」

「この近くに、地下室への入り口があるみたい……」


 裏口というか、何かの搬入用の通路だろうか。屋敷の中から下りる階段は他にあるようなので、使用人が使うものなのかもしれない。


 場所は、今いる植え込みから少し北にずれた場所だ。目で見てみると、確かに小屋のようなものが見える。


 だが、ここから動いて警備の連中に見つかるのも厄介だ。腕輪には、短距離の瞬間移動の機能もある。座標がわかっていれば、飛べる仕組みだ。


 スキャニングで座標情報を取得しているのはティザーベルだけなので、彼女の腕輪で全ての腕輪をリンクし、一緒に移動する。


 一瞬で真っ暗闇に移動した。


「わ、真っ暗」


 慌てて明かりを出すと、細い通路だった。一方の奥には上に上がる階段が、もう一方の奥には扉が見える。あの扉の向こうが地下室だ。


 現在、地下室に生命反応は十三。うち、屋敷の持ち主であるサフー主教の反応はない。地下室にいる十三人は、使用人だろうか。


「どうする?」


 地下室の人数を伝えた後、四人で顔を見合わせる。


「ベル殿の意見に従う」

「十三人、全員が使用人かねえ?」


 フローネルとレモの意見の後に、ヤードが扉を見ながら言った。


「ここから、向こうにいる連中の意識を刈り取る事は出来ないのか?」

「出来るけど……地下室から屋敷の中に入るの?」

「入る必要はないかもしれない」

「どういう事?」

「……ただの勘だ。ともかく、十三人を眠らせてくれ」

「わかった」


 ヤードの申し出がどういう事なのかはよくわからないけれど、なんとなく従った方がいい気がする。


 ティザーベルは、催眠の術式を扉の向こう側へ向けて起動する。腕輪の機能で調べると、十三人全員が眠りについたようだ。


「全員寝たよ」

「じゃあ、行こうか」


 明かりを頼りに扉に向かう。鍵がかかっているが、幸い複雑なものではないようだ。扉の向こう側のつまみを魔法で動かし、解錠する。


 重い扉を開けた向こうには、息を呑む光景が広がっていた。


 広い地下室に倒れていたのは、全員傷だらけの男性ばかり。うち何人かは足や腕を欠損していた。


 壁から鎖でつるされている者もいる。どう見ても、ここは拷問部屋だった。


「これ……」

「これが、マレジアが俺達をここへ送り込んだ理由だろう」


 ヤードは近場で倒れている一人に近づき、抱き起こす。明かりの下で露わになった彼の耳は、エルフの特徴を表していた。


「こんな……」


 ふらふらと、ヤードが抱き起こしたエルフに近寄るフローネル。今までも地下に捕らわれている同胞を多く助けてきたが、ここまで酷い状態のエルフを見るのは彼女も初めてなのだろう。


 ティザーベル自身、痛めつけられたエルフを見るのは初めてだ。いや、人間でもここまで酷い状態のは見た事がない。


「ベル殿! すぐにここにいる全員を都市へ!」


 フローネルの言葉に、一瞬迷いが生じる。さすがに都市への移動となると長距離になるし、何よりこの人数だ。二番都市の支援型に見つかる可能性がある。


 だが、このままここを放置していく訳にもいかない。


「……屋敷の中に、まだ残っていないか探してから」

「そ、そうだな。他にもいるかもしれない」


 屋敷にいる人数は全部で百人以下。これは門番や警備の者も含めた人数だ。その中から、エルフや獣人を絞って探してみる。


 いた。屋敷の奥に、まとめて反応がある。いっそ、聖都全体を探したい衝動に駆られるが、それはまた後だ。探る屋敷は、まだもう一つ残っている。


 マレジア設計の腕輪は本当に優秀なので、この屋敷にいる全ての亜人を選択していっぺんに都市へ移動させる事が出来た。彼等から話を聞くのは後だ。まずは、このままヨファザス枢機卿の屋敷へ行きたい。


 向こうも、ここと似たり寄ったりの状況だろう。

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