二百十六 進む、停滞する、見つかる

 テパレナ達の里の位置は、割と早いうちにわかった。


「ここです」


 一番都市中央塔最上階。いつもの部屋で、いつもの地球儀のようなものの上に、黄色の点がある。テパレナ達の里の位置だ。


「以前に調べておいたエルフの里の中から、テパレナ達の里を割り出すのに少し時間がかかりました」

「いいよ、十分早いから。それで? 里の方はどんな感じ?」

「誰もいません」

「やっぱりか……」


 テパレナの里は、内通者によって引き込まれたヤランクス達が、根こそぎエルフを狩った後のようだ。これで、誰が内通者か割り出す必要がなくなったけれど、テパレナ達以外にもこの里のエルフ達がどこかにいる。


「グサンナード国内のエルフは、全員救出済みだよね?」

「ああ、それは間違いない。私とレモ殿とで、周辺の街から救出して回ったから」


 フローネルもやや呆然としつつも、しっかりと答えた。レモも頷いて同意している。


 だとすると、この里のエルフはグサンナード国以外に送られた可能性がないだろうか。グサンナード国内のエルフや獣人は、現在全員十二番都市にいるのだ。健康診断と共に名前と顔写真の情報が取得してある。


 ついでに、各々の出身地を申請してもらえば、また何かが見えてこないだろうか。


「……十二番都市のエルフや獣人達の様子って、今はどう?」

「全員要治療の者ばかりですから、病院に収容しています。比較的症状が軽い者は、明日にでも退院出来るでしょう」


 テパレナ達も、明日には退院だという。


「退院した者達から、順次聞き取りを行った方がいいんだけど……話せる状態かな?」

「今のところ、獣人達は精神面での問題は見られません。ですが、エルフの方は身体面より精神面の不調を訴える者が多いようです」


 エルフの方が繊細なのか、獣人がタフなのか。その両方かもしれない。


「獣人の方も、事情を知りたいから聞き取りをよろしく。エルフの方は、精神面が安定してからで」

「承知いたしました」


 他の里にも内通者がいる可能性がある。ヤランクスの汚い手の内が見えてきそうだ。




 戻ったばかりのフローネルだが、既に次の救出地候補を見繕っていたらしい。


「グサンナードの東にあるメルービットという国に行こうと思う。地図で言うと……ここだな」

「ふむ、一応ヴァリカーンと国境を接しているんだね」


 ヴァリカーンから見ると、南東に位置するメルービットは、グサンナード同様亜人差別が強い国だという。


「グサンナードを回っている時に耳にしたのだ。メルービットの王都でも、大きな亜人市が開かれるらしい」

「じゃあ、それも狙ってるんだ?」

「当然だ! それに、位置的にテパレナ達の里の者が、こちらに連れてこられている可能性もある」

「あー、確かに」


 グサンナードのすぐ隣であり、メルービットの王都はグサンナード王都バルウから直線距離で馬だと一日程度の距離だった。街道は平地。行き来はしやすい。


 やはり、テパレナ達の里のエルフは、ある程度の人数ごとに別々の国に送られたのだろう。


「じゃあ、メルービットでも周辺の街から救出していくの?」

「そのつもりだ」


 この世界ではリアルタイムでの通信手段がほぼない上、各街が連携している訳ではない。エルフや獣人が店からいなくなった事件も、その街だけの事件として扱われ、余所にわざわざ報せる事もない。


「メルービットの亜人市が開かれるのは、いつなの?」

「今日から五日後」

「……大分駆け足になりそうだね」


 五日の間に、全ての街のエルフを救出しなくてはならない。一日に二つ三つの街を回るのは当たり前になるだろう。


「それで、折り入ってベル殿にお願いが……」

「何?」

「ティーサの力を借りる事は出来ないだろうか?」


 首を傾げるティザーベルに、フローネルが説明した。


「これから全ての街のエルフ、獣人達だけに、密かに救出する事を報せてほしいんだ。そうすれば、その場で彼女達を説得する手間が省ける」


 なるほど。何度も救出に携わったフローネルならではの発想だ。


「そういう事なら、同時多発で行きましょうか」

「どうじたはつ?」

「全ての街に、いっぺんに報せるのよ」




 その後、すぐにティーサによる端末を使った各街への告知が行われた。捕らえられているエルフや獣人達に不審がられないよう、告知にはフローネルの映像を使わせてもらった。


『これを見ている同胞、および獣人の方々。突然の事に驚いている事と思う。だが、時間がないので、よく聞いてほしい。明日の昼間、あなた達を助けにいく。手段は話せないけれど、必ず助けるので私が行った時にはこちらの指示に従ってほしい。繰り返すが、決して騙したりはしない。必ずあなた方を助け出す。その為にも、絶対に、明日私の指示に従ってほしい』


 端末は双方向の通信が出来るので、向こうの様子が手に取るようにわかった。当然ながら、動揺が広がっている。罠ではないのか、だが先程までここにいたのはエルフだった、助けてくれるとも言っていた。


 しばらく騒いでいたけれど、それが過ぎるとその場をまとめる人が必ず言うのだ。信じてみようと。


「なんとか、どこも受け入れたみたいだね」

「これで少しは気が楽になる」


 フローネルは胸をなで下ろしていた。


 結果、翌日からの救出活動はうまく行き、なんと二日で全ての街を回る事が出来たのだ。どこもとても協力的だったという。


「これで安心して、王都の市を潰せる!」


 フローネルは好戦的な雰囲気で言った。これも、レモが手伝うという。市の為に集められて閉じ込められている亜人達の元にも、他の街同様告知動画を送った。あちらの反応も、他の街同様のものだった。


 今回の救出も、うまくいくだろう。




 テパレナ達は既に退院し、今は宿泊施設に移動している。彼女達と一緒に救出されたエルフや獣人達の中で、退院出来た者達から順次新しい里へ移動していた。


「彼女達、どうなさるおつもりですか?」

「テパレナ? うーん……」


 ティーサからの問いに、ティザーベルは曖昧に返す。未だに彼女達の処遇を決めかねているのだ。


 確かに里に移動をしていないエルフはいる。シーリザニアの件でこちらに手を貸してくれたエルフ達は、今も七番都市にとどまっている。


「ここでしか出来ない事を見つけたなら、残ってもいいんじゃないかなあ」

「では、主様は彼女達とこの都市に残られるのですか?」

「え? いや、さすがにそれは……」


 残すのは、テパレナ達エルフだけにするつもりなのだが。聞いてきたティーサは、眉間に皺を寄せている。


「でしたら、あの者達がここにとどまる事に、私は反対です」

「そうなの?」

「はい」


 ティーサの反対は、正直意外だった。十二番都市の支援型はヤパノアだから、彼女が反対するならわかるが。

「反対理由は?」


「あの者達の魔力は低すぎます。主様がいらっしゃるのなら問題はありませんが、あの者達だけになった時、万一の事があったら動力炉の再起動が出来ません」


 なるほど。支援型にとって、都市の存続が一番大事だ。さすがに六千年前のような事は早々起こらないと思うけれど、絶対にないとは言い切れない。実際に惨劇は起こったのだ。


「でも、その言い分だと、私の寿命が来た時にも同様の事が言えるよ? 私はエルフ程長命じゃないし」

「そこは……マレジア様のように、何かしらの手立てがあるかもしれません」

「いや、あったとしても使う気ないから」


 ティザーベルの返答に、ティーサは酷くショックを受けている。だが、嘘は言っていない。


「長く生きたとして、多分後八十年程度じゃないかな。私以外に再起動させられそうな魔力を持った人物が現れればいいけど、そうでないなら、都市機能を凍結させない方向で頑張ればいいと思うよ」


 ティーサは、まだショックから立ち直れないようだ。他の支援型にも、この衝撃が伝わっているかもしれない。


 それに、一つの課題も見つかった。後でマレジアに相談しておこう。

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