二百十五 裏切り者

 一度、十二番都市へ戻って本人達の意思を確認する事になった。


「都市に残る事を希望しているのは何人?」

「六人程……どうも、捕まっていた場所で大分酷い目にあったらしいんだ……」


 それもあって、「里」よりも出入りが厳しい地下都市への残留を希望しているという。


 理由が理由だけに、むげにも出来ない。急ぎ七番都市から十二番都市へと移動する。現在、助け出した亜人達は全員病院での健康診断を受けている最中だ。


 なので、病院のロビーで話を聞く事にした。


「診断はどのくらいまで進んでる?」


 病院の受付――人間型ロボット風の魔法疑似生命体――に訪ねる。


『最後の診断まで進んでいる方は約二割、重要な診断が済んでいる方は約五割、残りの方はまだ診断途中です』

「全員の診断が終わるのは、どのくらいになる予定?」

『四時間後の予定です』


 意外とかかるようだ。一旦十二番都市の宿泊施設内になるティールームで一服する事にした。


「それにしても、まさか地下都市に残りたがるエルフがいるとはねえ……」

「すまない……」

「別にネルが悪い訳じゃないでしょ? おじさん、グサンナードって、どんな感じだった?」

「どんなと言われてもなあ……感覚的には、嬢ちゃんの故郷をもっと煮詰めた感じかねえ」

「マジで? うわあ……」


 ティザーベルの故郷であるラザトークスは辺境であり、ある意味狭い「村社会」の街だ。大森林からの恵みで大きくなっただけで、どこまでも余所者を受け付けない頑固な街だった。


 あれをさらに煮詰めた国とは、一体どれだけ閉鎖的なのだろう。思い切り引いているティザーベルに、レモが続けた。


「例の宗教の教えがしっかり根付いちまっててな、疑う事すらしねえ。なもんで、特にエルフや獣人といった連中に対する態度は酷えもんだったよ」

「なるほど……」


 ただでさえ、人によって無理矢理故郷から引き離され、さらに強引に連れて行かれた先でも人に蔑まれる生活を余儀なくされたのだ。人に対する恨み憎しみと共に、恐怖心が強烈に焼き付けられていても不思議はない。



 病院の方から、健康診断が全て終わったと連絡が来た。結果は、全員要治療となってしまっている。


「これはまた……」

「そんだけ過酷な環境にいたってこったな」

「だねえ」


 主に内臓系の疾患が多く、栄養不良やストレスが原因と思われるものが多い。今回の救出者は「商品」だったせいか、そこまで酷い状態の者はいなかったそうだが、それでも治療が不要な者がゼロという状況は厳しい。


 フローネルによれば、残留希望者は比較的症状が軽いグループにいるという。


『ただいま、こちらに案内中です』

「ありがとう」


 受付ロボに礼を言い、ロビーで待つ事しばし。六人のエルフが連れ立ってやってきた。検査着のまま、しきりに周囲を気にしている。


「こちらだ」


 フローネルが声をかけると、あからさまにほっとした様子を見せた。確かに、トラウマは強そうだ。


「こちらが話していた、ここの責任者のベル殿。ベル殿、こちらはグサンナードで保護したテパレナ、ビナーサ、ヤニ、ナティア、ヤシジータ、ネリーシナ。全員シサー氏族の里の出だ」


 紹介されたテパレナ達は、こちらを警戒している。


「テパレナ。何度も説明したが、ここに残りたければ、ベル殿の許可を得なくてはならないぞ」

「……わかっているわ。まず、私含む同胞を救ってくれた事、感謝します。獣人達も、喜んでいるわ」

「どういたしまして。あなた達を救ったのは、ここにいるフローネルと、私の背後にいるレモだけど」

「それでも。元はあなただとフローネルに聞いたわ。まさか、人間が私達を助けてくれるなんてと驚いたけど」

「エルフにも色々いるように、人間にも色々いるのよ」


 こちらの嫌みが通じたのか、テパレナはさっと頬を赤らめた。怒りからか、羞恥からか、どちらかはわからないけれど。


「それで? この都市に残りたいって話だけれど」

「ええ。知っていると思うけど、私達エルフは無断で出た里には、二度と帰る事は出来ないわ。どんな事情があったとしても」

「だから、新しい里を作ったんだけど」


 今のところ、新しい里の方では問題は起きていない。食料生産も軌道に乗り、都市からの食料支援もそろそろ打ち切っても良さそうだ。ダンジョン様々である。


「それも聞いています。でも、私達は、里の中でヤランクスに攫われたのよ。だから――」

「待って。里の中にいた? 里の外縁部じゃなくて?」

「ええ。私達は、里の自分の家の中で攫われたのよ」


 大問題が発生した。




 シサー氏族は、この周辺の里に散らばる氏族らしく、フローネルのクオテセラ氏族とも細く交流のある氏族だという。


 その氏族の、小さいとはいえ里の中で、ヤランクスによるエルフ誘拐が起こった。


「里のエルフ全員が攫われたの?」

「それは……わからないの。寝ていて、気付いたら連中の操る箱形の馬車に乗せられていたみたい。窓もなくて、どこをどう走ったのかもわからないの」


 同じ馬車に乗せられていたのは、この六人だったそうだ。同じ氏族で同じ里出身、お互い親や祖父母の代まで知っている。


 薄暗い粗末な箱馬車の中で、訳もわからず六人に震えていたそうだ。


「馬車から降ろされた先が、彼女に助けてもらった地下牢よ」


 テパレナの視線の先には、フローネルがいる。ここから先は、彼女に聞いた方が良さそうだ。


「我々がグサンナード王都バルウに到着した時、既に亜人市が開かれる三日前だった。開かれる場所も周囲に耳を傾ければすぐにわかったし、エルフ達が捕らえられている場所も特定出来た」

「警備がザルだね」

「誰も市を潰そうなどと思わないし、市には教会が絡んでいるから」

「世も末だね」


 宗教関係者が奴隷市に関わるなど、この世界の宗教倫理はどうなっているのやら。


 もっとも、教会で神の言葉として「亜人は人にあらず」と教えているそうだから、教会関係者にとって亜人市はペットショップ程度なのかもしれない。


 ――だからって、命を軽々と売買しちゃだめでしょうに。


 スミスは、何だってこんな歪んだ教えを広めたのか。既にキリスト教とは似ても似つかないいびつな宗教と成り果てている。


「襲撃される事なんて最初から想定していないから、地下牢へは比較的簡単に下りられたし、その後のここへの移動も問題なかった」

「じゃあ、向こうの慌てぶりは確認していないんだね? 今なら映像で見られるかな?」


 呟いただけで、目の前にいくつかの映像ウィンドウが浮かび上がる。何やら慌てる男達が映っていた。


「これかな?」

「あ、あの連中……」


 どうやら、市が開く前に「商品」が消えた事で、開催側が騒いでいるようだ。


「間違っても、またどこかから亜人を調達してくる、なんて事にならないといいけど」

「一応、グサンナード国内のエルフおよび獣人は全て救出済みだ」

「ネル、グッジョブ」

「はあ?」


 ティザーベルがサムズアップして言った言葉は、フローネルにはわからなかったらしい。


「ともかく、これでグサンナード国内の方は当面何とかなるでしょ。グサンナードに出入りするヤランクス共は、しっかり監視しておいて」

「承知いたしました」


 ティーサが綺麗に一礼する。


「で、問題はテパレナ達の里か……現在、彼女達の里はどうなってるの?」

「位置情報があやふやですので、現在探索中です。しばらくお待ちください」


 里の現在は、ティーサの方に任せておけば問題はないだろう。問題は、今目の前にいるエルフ達の方だ。

 先程の映像で、自分達を攫った人間を見たせいか、テパレナ達の具合が悪そうだった。話はまた後にして、一度彼女達を休ませなくては。


「幸いここは病院だからね。大事を取って一拍入院しておいた方がいいよ」


 テパレナ達は、おとなしく案内用ロボ……いや、少し機械的な魔法疑似生命体に連れられてロビーを後にした。


 彼女達を見送って、三人で顔を見合わせる。


「内通者、いるよね?」

「だな」

「まさか、そんな事が……」


 フローネルの顔色が悪い。この場にいる誰よりも、ショックを受けているのは彼女だ。


 同じエルフが、同胞を売ったなどと、信じたくはないだろう。


「テパレナの言葉を信じる限り、内通者はいるものと思って間違いない。ただ……」

「ただ?」


 不安そうなフローネルに、こんな事を言っていいのか一瞬迷ったけれど、ごまかしも利かなそうだ。


「内通者も、今頃一緒に狩られている可能性、高くないかなと思って」


 エルフを人と思っていない連中が、村にいる他のエルフ達を見逃すとは思えない。中に入るまで手引きさせ、全員攫った方が後腐れもないのではなかろうか。


「まあ、その辺りはティーサからの続報をまとう。現在のシサー氏族の里の様子がわかれば、色々見えてくるかもしれないし」


 静まりかえるロビーに、ティザーベルの声だけが響いた。

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