二百十四 新女王の行動

 スンザーナの「移動手段を貸してほしい」という申し出に、ティザーベルは即答出来なかった。


 その様子を見て、彼女は視線をテーブルに落とす。


「戸惑われる気持ちもわかります。これまでも散々あなたの慈悲にすがっている私が、さらに甘えた事を言っていると思っているでしょう」

「いえ……」

「ですが、事は急を要するのです! なるべく早く、周辺諸国との結束を固める必要があります! その為には、どうしても馬では遅すぎて……」


 どれだけ急いでも、一国回るのに二日三日はかかる。スンザーナの言い分も理解出来るし、マレジアが入れ知恵しているのわかっていた。


 それでも即答出来なかったのは、果たしてここで都市の能力を限定的とはいえ彼女に見せていいものかどうか、だ。


 ――まあ、地下都市に受け入れといて、今更って話か……


「いいでしょう」

「では!」

「ただし、条件があります」


 ティザーベルの返答に喜ぶスンザーナへ、満面の笑みで一つだけ条件を言い渡した。


「移動する人員は、最小限にお願いします。最高でもあなたを含めて三人までです。それでもよければ」

「……私に、護衛もなしで他国へ行けと?」

「護衛の代わりは貸すわ。そこは安心して。それに、相手の了承が得られれば、移動距離は最短にします」

「どういう事?」


 首を傾げるスンザーナに、ティザーベルは後で説明すると伝える。


 移動は相手が指定した建物の内部に直接送るし、護衛代わりはレモ達に渡した護身用の魔法道具の期間限定版を渡すつもりだ。


 あれなら大抵の攻撃を弾くし、何より魔法攻撃からも身を守る機能があるので、異端管理局対策になる。


 異端管理局が使う道具に、こちらの魔法道具が対抗できるのかという疑問もあるが、それにはティーサが答えてくれた。


『管理局が使っている道具は、二番都市産のものでしょう。だとするなら、こちらのもので十分対応可能です』


 同じ都市産なら、能力の差もほぼないそうだ。対策を考えなくてはならないあいてが管理局のみという現状は、実は大変ありがたい。こういう時だけは、魔法を禁じられている事に感謝したくなる。




 スンザーナ達の出発は、早い方がいいという事で、翌日にはもう手はずが整えられていた。裏で手を引いたのは、マレジアらしい。


「あの婆さん、これはと思う国のトップに、通信機を渡してたのか……」


 フォーバルと連絡を取る時に使ったのと同じものを、反教皇派になりそうな国の国王に渡していたという。


 そのおかげで、各国とはリアルタイムで連絡を取り合えるのだから、喜べばいいのか悔しがればいいのか。


 ともかく、相手の了承は通信機で確認が取れているので、後はスンザーナとお付きの二人を相手国の指定した部屋に送るだけだ。


「ここから、本当に行けるのね?」

「嘘は言わないよ。それより、腕輪はちゃんとはめた?」

「ええ、この通り」


 そう言って差し出されたスンザーナの左腕には、銀色のバングルがはめられている。これが護身用の魔法道具だ。


 一見そうとは見えないけれど、色々な術式が込められているので、対物対魔を完全遮断するだけでなく、毒物も遮断する。


 これから巡る国々は比較的安全なところばかりだけれど、どこにヴァリカーンの手の者が紛れ込んでいるかわからない。念には念を入れた形だ。


 七番都市中央塔、一階奥にある移動用の部屋から、スンザーナ達は旅だった。とはいえ、行って帰ってを繰り返すので、今日の午後には一度戻ってくる。少し休憩して、再び別の国へと移動するのだ。


 一日に最低でも三カ国は回るつもりだという。ご苦労な事だ。マレジアが渡した通信機は、マレジアとの間でしか使えないものだそうで、国同士の話し合いには使えないという。


 おそらく、わざとそうしたのだろう。そんなところも、食えない婆さんだと思う。


 このスンザーナの各国行脚が終われば、おそらくフォーバル達と連携していよいよ攻勢に出る事になるだろう。その時は、ティザーベルも管理局の連中とやり合わなくてはならない。


 あの、カタリナとも。


 じっと自分の手を見下ろした。ついこの間まで、あの時の彼女の姿を思い出すだけで震えていた手は、もうなんともない。


 耐性がついたのか、それとも自分の中で消化が行われた結果なのか。どちらにせよ、本人を前に震えて力が出せないなどという醜態をさらす事にならないようにしなければ。




 スンザーナの各国行脚は、既にティザーベルの手を離れている。始まってから既に十日あまり。スンザーナ自身も、大分慣れてきたようだ。


「明日からは巡る国の数が少しだけ増えるの」

「そうなんだ。うまく行ってるようだね」

「ええ、今まで中立だった国も、シーリザニアの話を聞いてこちらに入る事を決めたようよ」

「そうなんだ」


 スンザーナからの報告を聞いているのは、七番都市の宿泊施設のメインダイニングだ。彼女と共に、早めの朝食を取っている。


 彼女は、すっかり砕けたやり取りになっていた。側近達は難色を示したけれど、スンザーナ自身が望んだ事だ。


 七番都市の宿泊施設には、彼女と一部の貴族達が滞在している。さすがに庶民と同じ仮設住宅住まいをしろとは、ちょっと言えない。何せ使用人が身の回りの事をしなければ、生活すら出来ない人達なのだ。


 ――ある意味、生活無能力者かな……


 ここならば、掃除洗濯食事の支度と、ある程度まではしてくれる。さすがに着替えの手伝いや入浴の手伝いまではしないが。


 メインダイニングには、ちらほら人の姿あった。誰しもこちらを見ると挨拶をしてくる。自国の王女……いや、既に女王か、そのスンザーナがいるのだから、当然だった。


「……ああいった人達の中で、何か困った事が起こってはいない?」

「シーリザニアの貴族達? 特には聞いていないわね」

「そう。ならいいんだけど」


 環境が変わると、ストレスでダウンする者も出てくる。貴族に限定して聞いたのは、庶民の方が精神面が強そうだからだ。


 スンザーナの各国行脚は功を奏し、反教皇派の国の数を増やしている。これには、ヴァリカーンの行き過ぎた異端狩りが根底にあるらしい。


「シーリザニアの事は、仮にもクリール教を国教としている国に対する攻撃だったから、周辺諸国にも脅威として取られたの。でも、クリール教に改宗する事を拒んだ国は、他にもたくさん滅ぼされているわ。その事も、今巡っている各国で話しているの」


 ヴァリカーンよりさらに西には、別の宗教を信仰する国々があるという。そういった国に改宗を迫り、拒むと異端管理局が出てきて国を滅ぼすそうだ。


 その噂が広まり、いくつかの小国が改宗に至ったという。


「でもね。多くの国が『信仰を強制してくる国は信用ならない』として、ヴァリカーンに反発しているのですって。おそらく、近いうちにまた西へ管理局が出る事になるという話よ」

「近いうち……」


 具体的な日時がわかれば、その国で一度管理局の連中と手合わせしておきたい。こちらの道具が通用するのか、また自分の魔法が通用するのか。


 その辺りの情報は、フォーバル辺りに聞けば教えてもらえるかもしれない。後でこっそり彼の教会を訪ねよう。




 スンザーナとの朝食を終え、中央塔へ戻る。フォーバルの教会に行こうと移動室へ向かおうとする背に、声がかかった。


「ベル殿! 今戻った!」

「帰ったぜ」

「おじさん、ネル。お帰り」


 ヴァリカーンの南、グサンナード王国で捕らえられているエルフを救う為に向かっていた二人が、戻ったらしい。


「十二番都市に帰ったら、ベル殿はこちらだと聞いたから」

「うん、ここを中心にしてたからね」


 動いているのはスンザーナだが、そのバックアップという形で七番都市に滞在していたのだ。


「ヤードは?」

「郊外地区の方に行ってる。治安維持の手助けだって」


 剣士のヤードは、この都市だとやる事がないようで、ずっと郊外地区の方へ行きっぱなしだった。


「エルフ達は?」

「十二番都市経由で、新しい里の方へ。でも、一部は都市に残るって言っているんだが……」


 どうやら、里へ行くより地下都市で過ごす事を選んだ一派がいるらしい。

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