二百十三 爪痕
ヴァリカーンによるシーリザニア急襲の報は、すぐに周辺各国に届いた。
『どういう事だ!?』
『わかりません。宣戦布告もなしに、いきなり異端管理局が攻め入ったそうです。その後に、聖堂騎士団が続いたとか』
『異端管理局……あの忌々しい連中か!』
急襲の報に怒りで応えたのは、シーリザニアと親交のある国ばかり。逆にヴァリカーン聖国と親しい国では、今回の急襲は当たり前の事と受け取られた。
『あのように亜人を保護するなど、神の教えに反する事だ。聖国の急襲は遅すぎた程よ』
『今回も異端管理局が大活躍だったそうです』
『管理局か……ヴァリカーンに刃向かえば、彼等が出張るのは当然。シーリザニアも、バカなまねをしたものよ』
『閣下、それ以上は……』
『何、構うものか。誰が聞いてる訳ではないのだし』
ついうっかり「聞いているよ」と口にしたが、彼等には聞こえない。
『まあ、我々も教皇聖下のご威光にすがりつつ身を正して生きるべきなのだろうよ。国内に、亜人の集落などないだろうな?』
『は、その辺りはぬかりなく』
『全く、こちらが把握していなくとも、管理局が把握していれば我が国もシーリザニアのようにならぬとも限らん』
今回のヴァリカーン側の一方的な侵略行為は、周辺諸国に大きな動揺をもたらしたようだ。
反教皇派の国にとっては唾棄すべき事件として、教皇派の国々にとっては、畏怖すべき事として。
恐怖は反抗心を削ぐ。今回のシーリザニアは、いわば「見せしめ」でもあった訳だ。
一番都市の中央塔最上階の部屋では、相変わらずティーサの放った情報収集端末から送られてくる雑多な情報映像を見ているティザーベルだった。
今一番多く見ている映像は、各国の上層部における「シーリザニアへのヴァリカーンの急襲」の反応だ。
ヴァリカーンに嫌悪感を露わにする国、現実を受け止め自国が同じ状況になった時にどうするかを議論する国、急襲したヴァリカーンを擁護する国と様々であった。
そんな中、彼等が同じように気にする項目が一つある。すなわち、シーリザニアの王族が今どこにいるか、だ。
これに関してはどこの国も正確に把握しているところはなく、噂レベルの話が飛び交っているらしい。
「まあ、誰も地下に都市があって、そこにかくまわれているなんて思いつかないよね」
現在、シーリザニアの生き残りはほぼ全て、七番都市にて収容している。ほぼ全てというのは、一部のエルフに関しては別口で避難が完了しているからだ。
エルフ達が総出で出かけた先の里で、そのまま保護してもらっている。これには、グサンナード王国で救出されたエルフ達が一役かってくれた。彼女達が、里への連絡を請け負ってくれたのだ。
警戒心の強いエルフも、国が人に襲撃され今戻ると大変だと、同じエルフに言われれば信用もする。
もっとも、最初は連絡手段に驚かれ、次に里の場所を特定された事に警戒されたけれど。その辺りも、彼女達が丁寧に説得してくれたおかげでクリア出来た。
フォーバル司教からも、マレジアを通じて再三状況説明の催促が来ている。
「こっちから言える事なんて、そんなにないんだけど」
『フォーバルはスンザーナのお嬢ちゃんと、国民の事が知りたいそうだよ』
「ああ……」
『浮かない顔だね。大半は研究実験都市に収容したんだろ?』
「出来なかった命も多いよ」
王都の住民も半数以上が、それに映像とはいえ目の前で焼かれた八番の街。あの光景は、忘れられそうにない。
押し黙るティザーベルに、映像のマレジアはふんと鼻を鳴らした。
『思い上がるんじゃないよ、小娘ごときが』
「はあ?」
『人一人が助けられる人間の数なんぞ、たかが知れてんだよ。自分が間に合えば、なんて考えはおこがましいってもんだ。あんたは、出来る時に出来る限りの事をやったんじゃないのかい?』
「それは……」
『だったら、ぐずぐずするんじゃないよ。大体、死んだ連中の事だって、悪いのはあんたじゃなくていきなり襲った異端管理局だし、ひいては連中に命令を出したスミスだ。そこを間違えちゃいけない。卑屈にだけはなるんじゃないよ』
乱暴な物言いだが、こちらを思いやっての言葉のようだ。マレジアらしいと言ってしまえばそれまでだが、もう少し言葉を選んでもらえないものか。
そう考えて、こんなどうでもいい事を考えられる程余裕が出てきたのも、映像の中の老女おかげかと思うとなんとも悔しい。
『で? 収容した人数はどんな感じだい?』
「総人口の、八割強ってところ」
『王都の半分と、街一個もってかれたって話だからね。妥当な数か。今は七番都市に全員いるのかい?』
「うん。あまり分散させるのも、管理が大変だし」
『そこは嘘でも難民の為って言っておきなよ……そうそう、スンザーナのお嬢ちゃんはどうしてる?』
「側近と何やらお話し合いしてるよ」
『あの子もねえ……今回の事で親兄弟が全滅しちまったから、今は立ち止まれないんだろうよ』
彼女が何か考えているのはわかるが、無理に聞き出すつもりはない。助力を頼まれれば、出来る範囲で手伝うだけだ。
野営地は当初の混乱ぶりはどこへやら、数日もすると仮設の住宅が建ち並び、それなりのコミュニティが出来上がっていた。
「我が国民は、この程度の事ではくじけたりしないのよ」
「ははは」
目の前でにこやかに言うスンザーナは、本日「個人として」ティザーベルとお茶をしている。ティザーベルはもちろん、スンザーナも側近や護衛は一人もいない。
「彼等も、ここがいかに安全な場所か、理解したのでしょう」
「でも、野営地に見舞いに行く時は、ちゃんと護衛を連れて行ってね」
「ええ、わかっているわ。誰もが善良なだけではいられない事は、理解しているつもりよ」
落ち着いている野営地ではあるけれど、不心得者はどこでもいるものだ。既に数人が窃盗、婦女暴行、器物損壊で捕まっている。
捕縛された連中は、運動と労働で溜まった鬱憤を晴らしてもらおうと、運動場でのランニングの後に、土木工事を強制的にさせている。
逆らったり逃げだそうとする度にはめた足輪から電撃が走るので、今のところ脱走者はいない。
それを説明すると、スンザーナはコロコロと笑った。
「毎日くたくたになるまで動けば、犯罪に走ろうなどと思わなくなるでしょう」
「そうだといいけど」
まだ強制運動、労働を課されてから野営地に戻った者はいない。この罰の真価が問われるのは、彼等が野営地に戻った後だろう。再犯率は、どのくらいになるのやら。
他にも他愛ない事を話し、笑い、楽しい時間は過ぎていった。ふと、スンザーナがカップをソーサーに置いてこちらを見やる。
「……何?」
「あなたに、お願いしたい事があるの」
今日のお茶は、その為の場だったようだ。彼女には彼女なりの、手順があるのだろうから、利用されたという思いはない。
むしろ、今のスンザーナの立場なら、使えるものはなんでも使うくらいのバイタリティが欲しいところだ。
スンザーナの申し出を待っていると、少しだけ間を置いてから彼女は口を開いた。
「マレジア様とも相談し、これまで親交を持っていた各国を巡ろうと思うの。いい機会……と私が言ってはいけないのだけれど、我がシーリザニアへの謂われなき侵略に対し、どの国にも大なり小なりの影響が出ています。親ヴァリカーン諸国は落とせないにしても、中立ないし反ヴァリカーン……いえ、反教皇の国をまとめ上げる必要があると判断したのです」
確かに、今ならまだシーリザニアの件でヴァリカーンに対する不信感を持つ国も多い。これまでは中立だった国も、説得次第では反教皇派に寝返る可能性もあった。
「それで、各国も回る手段を、あなたに貸してほしいの」
そう来たか。
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