二百十二 短い会見
映し出される映像の中で、燃える街を背景にカタリナの背中がいやにはっきりと見える。
「……ティーサ、八番まで移動を」
「いけません! 主様。今行っては――」
「いいから! 早く!」
ティザーベルが叫ぶが早いか、映像の中のカタリナがこちらを振り返る。映像の中の彼女と、目が合った。実際にはそんな事はないのだけれど、そう見えたのだ。
寒気がするというのは、こういう事を言うのか。胃の下辺りが冷たく感じられる。
そのくらい、カタリナの様子は尋常ではなかった。彼女には、一切の感情が見られない。彼女にとって、街一つ焼く事は庭の草むしりをするのと同じ程度なのだろうか。
しばし映像とこちらで見つめ合った後、カタリナは来た時同様そらの彼方へと飛んで消えた。
「主様!」
緊張が解けたせいか、足に力が入らない。その場にへたり込んだティザーベルを心配するティーサに、細い声で「大丈夫」というのが精一杯だった。
これまで、どれだけ大型の魔物と対峙しても、あんな思いはした事がない。もちろん、盗賊とやり合った時でもだ。
強敵だとは思った。大演武会で彼女を見た時にも、厄介な敵だと思うだけだったのだ。
でも、今は違う。本当に、あの存在とやり合って、生き残る事が出来るだろうか。
――……震えてる。
手も足も、みっともない程ブルブルと震えていた。止めようがない。これは、無意識下の恐怖故のものか。
彼女が街を焼いた事に対してのものではなく、それをどうでもいい事のように見ている彼女が恐ろしい。
八番の街の生き残りは、わずか十六人のみだった。大半は一瞬で燃え尽き、その他は煙に巻かれた者、中途半端に焼かれた者、焼け落ちた瓦礫の下敷きになった者と様々だ。
運良く生き残った十六人に関しても、精神の方に傷が残ったらしく、七番都市の病院で治療が必要との事だった。
十六人の中には、重度のやけどを負った者もいる。
「病院が使えて、本当に良かったよ……」
治療が間に合わなければ、救える命も救えない。
今回のシーリザニア急襲に関する報告を全て終えた後、ティーサが付け加えた。
「王族で生き残られたのは、スンザーナ王女だけのようです。それと、その王女から会見の申し入れが来ています」
「王女殿下から?」
どうしたものか。一応、都市への避難をさせたトップは悪魔のベルという事にしてある。シーリザニアも、一応クリール教信者の国だ。とはいえ、聖典の解釈に関してはヴァリカーン聖国のそれとは大分異なる。
隣合う国だというのに、不思議なものだ。国内に獣人の居住地が多く存在し、古くから交流があったからだろうか。
ちなみに、シーリザニア国内にいた獣人達は人間ベースに獣の特徴が現れるガソカト族だそうだ。
それはともかく、王女からの会見申し入れに対する返答だ。
「いっそベル状態で会うかな?」
「それでも構いませんが、今後を考えますとそのままでお会いになる方がよろしいかと」
「そう? 何で?」
「これからシーリザニアはしばらく表舞台に立てないでしょう。王女にも、陰で暗躍してもらいたいものです。その時に、『悪魔のベル』に力添えしていると思われるより、同じ『敵』に対する同士と共に闘っていると思わせる方がより効率的に動くかと」
「な、なるほど……」
ティーサにとっては、一国の王女も動かす駒の一つに過ぎないようだ。
会見は、都市部の宿泊施設にある多目的室を使用する事になった。郊外の野営地では落ち着かないだろうし、都市部なら人は少ない。
七番都市に移動し、王女を案内済みの部屋へと向かう。
「あなたは……」
入ってきたティザーベルを見て、王女は驚いていた。ここにいるはずのない人間がいるのだから、驚くのも当然だろう。
「改めて、ここの責任者をしています、ティザーベルです」
さて、相手はどう出てくるのか。媚びるか、なじるか、それとも――
スンザーナは前に出ようとした側近を手で制し、彼女自身が一歩踏み出した。
「……シーリザニア女王、スンザーナである。今回、我が国民の危難を救ってくれた事、感謝する」
「殿下! ……いえ、陛下。身元の知れない者に対し、そのような――」
「よい。たとえどこの誰であろうと、我らを救ってくれた恩人だ。私の言葉で感謝を伝えたかった」
大聖堂で顔を合わせた時とは違う口調に、彼女の立場の変化を思う。第一とはいえ王女と女王とでは、立場も何もかもが違って当然だ。
正式な戴冠はしていなくとも、生き残った王族が彼女だけなのだから、スンザーナは確かにシーリザニアの女王である。
だからこそ、側近達も止めようとしたのだ。一国の女王が素性の知れない相手と直接言葉を交わすなど、本来あってはならない。
今はある意味特例の状態だった。
「さて、会見を申し入れてきたのは、感謝を述べる為だけかしら?」
「いいえ」
またしてもスンザーナの背後の側近達が気色ばむ。余程ティザーベルの態度が気に入らないらしい。
わかってはいるけれど、こちらとしてもへりくだる訳にはいかないのだ。そのことは、スンザーナの方が余程理解しているらしい。
「一つ、確認したい事がある」
「どうぞ」
「今回の事、マレジアさ……殿は、存じているか?」
「ええ、知らせてあります。フォーバル司祭と修女ノリヤも」
「そう……」
そういえば、一つ気になった事がある。収容した人員の中に、エルフが見当たらない。彼等の里も、シーリザニアにはあるという話だったが……
「陛下、こちらも一つ訪ねてもいいかしら?」
「何か?」
「この都市に収容したシーリザニア国民の中に、エルフが見当たらないようだけど、彼等はどうしたの?」
スンザーナは驚いた顔をしている。おそらく、エルフもここに収容されたと思っていたのだろう。
焦った様子で側近を振り返ると、集団の一人が「おそれながら」と口を開いた。
「エルフ達は里を上げて祭り見物に出かけたものと」
「祭り?」
「ええ。北の山の向こうにある隠れ里で、毎年この時期に開催される祭りに、勢揃いで向かうと聞いた事があります。おそらくはその為に出払っていて、結果的に今回の襲撃からは逃れたものと……」
運がいいエルフ達だ。
短くもあっさりとした会見はすぐに終わった。部屋を去る際、スンザーナは振り返って訪ねてくる。
「この先、ヴァリカーンをどうするつもりなの?」
先程とは口調が違う。側近達が眉をひそめるけれど、スンザーナは構わずティザーベルから視線をそらさない。
「それを決めるのは私じゃなく、他の人達だと思うよ」
ティザーベルは、あくまで雇われた人間だ。クリール教やヴァリカーン聖国をどうこうする権限はないし、したいとも思わない。依頼された内容を遂行するのみだ。
とはいえ、あのカタリナを見た後では、本当に遂行できるのかどうか怪しいものだが。
――珍しく弱気になってるな……
ヤードやレモが見たら、なんて言うか。本番までには、あの恐怖を克服しなくてはならないのかと思うと、今から気が重い。
そんな彼女の内心を知らないスンザーナは、うつむき加減に何か考えている。
「国が危うくなり、今は流浪の身ではあるけれど、私に出来る事があれば、ぜひやらせてほしい」
「陛下!?」
「これは、シーリザニア復興の為でもある」
確かに、今のヴァリカーンが存在する限り、シーリザニアの復興はあり得ない。国として立て直したとしても、すぐにまた異端管理局が送り込まれてくるだろう。
そうして、また街を焼くのだ。あの時の八番の街のように。
ともかく、スンザーナの動かし方を考えるのも、ティザーベルではない。マレジアか、もいくはフォーバル辺りが画策するのではないか。
そういえば、ティーサも何やら言ってはいなかったか。
「ま、いっか」
スンザーナ一行が去って行った扉を見つめ、一人呟いた。
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