二百十一 燃え尽きる街
一番都市中央塔。ここの最上階から全てを指示を出していた。
「五番までは順調ね。十三番と十四番は?」
「そちらはまだ住人が抵抗しています。先に壁の外の敵を無効化しますか?」
「うーん……ちょっと待って。まだもちそうなら、他の街を先に収容しよう」
「わかりました」
今ティザーベルの目の前にあるのは、シーリザニアの状況を示した各種画面だ。シーリザニアの詳細な地図、人口分布、現在七番都市に収容している人数も全て出ている。
各街の名前は知らないので、便宜上番号を振って管理していた。一番と王都とし、全部で十八番まで。これには獣人の里は含まれていない。
どうやら、異端管理局が王都と併せて獣人の里を襲い、住んでいた獣人達を王都周辺に集めていたようなのだ。その為、現在獣人の里は無人である。
他にも細かい村などがあるけれど、それらは近場の街と併せて番号管理していた。
一番が振られた王都から順に住人を収容し、現在五番の街の住人を移動させている。このままいけば、数日でシーリザニアの国民全員を収容出来るだろう。
いや、生き残った国民全員、と言うべきか。
「……スンザーナ殿下の容態は?」
「外傷はなく、精神疲労が主な原因での失神だったようです」
「そう……」
王都の地下道で発見されたスンザーナは、「ベル」を見て意識を失ったという。側近達が剣を向けてきたけれど、構わず彼女ごと七番都市に移動させ、とある人物達に案内させて都市の病院に収容した。
スンザーナ達を案内したのは、ヴァリカーンの南方にある国で保護されたエルフ達である。比較的健康状態が良かったものが、今回のシーリザニアの危難に心を痛め、手助けを申し出てくれたのだ。
自分達も人間に酷い目に遭わされたというのに、なんとも心の強い者達だ。おかげでシーリザニアの民の警戒が薄れ、無事スンザーナを病院に収容出来た。
彼女だけでなく、お付きの者達も大分疲弊していた。どうやら、異端管理局の急襲からこっち、ずっと地下に潜伏していたらしい。それ以前からも、ヴァリカーンとの交渉でかなりの疲労をためていたそうだ。
「彼等から提供された情報で、今回の急襲のからくりがわかったね」
「ええ。まさか、あの聖国とやらがあそこまで腐っていたとは」
ヴァリカーンから提示されたのは、シーリザニア国内に居住する獣人達全員、および孤児を聖国に引き渡すように突きつけてきたという。
これに反発したスンザーナ達シーリザニア側が、何とか要求を撤回させようと交渉を続けていたそうだ。
その結果が、あの急襲な訳だが。
「獣人はまだわかるとして、孤児達全員ってのがあからさまだなあ」
「一応、神の御許で教育を、という建前だったそうです」
「本当に建前だね」
孤児が狙われた理由は明白だ。何せヴァリカーンには変態が二匹いる。一匹は獣人を欲しがり、もう一匹が「子供」……しかも女児を欲しがったのだろう。
「奴らの聖典には、変態を取り締まる神の言葉は書かれていないのかね?」
「彼等の神も、そんな変態が存在するとは思いも寄らなかったのでしょう」
それはどうだろう。クリール教がこの世界で誕生してからずっと教皇の地位にいるジョン・スミスは、マレジアからの情報によれば転移したアメリカ人だ。あの国にはその手の変態は腐る程いるはず。
意図して取り締まらなかったのか、それとももうそれだけの力がないのか。本当に今でも教皇として「生きている」のなら、スミスも六千年を超える年齢だ。
マレジアも大分衰えたと言っていたし、どこぞのエルフの族長に至っては寝ている時間の方が多かったという。
その辺りを考えると、スミスが衰えていても何の不思議もなかった。
「まあ、いいか。スミスと相対するのはまだ先だし、私がやるとも限らない。今はシーリザニアに集中しよう。五番の収容は終わったね。次に危なそうなのは……」
「八番が危険です。そろそろ壁が突破されそうですね」
「じゃあ、八番に『ベル』を派遣して。壁の外の連中は、最悪怪我をさせてもいいや」
「抹殺しなくてよろしいので?」
「なるべくなら、人は殺したくない」
間接的であっても、「殺人」の禁忌は自分でも驚く程強いようだ。もっとも、一度たがが外れてしまえば、後は転がり落ちるだけの気がする。
――だからこそ、踏みとどまりたいんだ……
ただのわがままだ。わかっている。この先、それもいつまで通せるかはわからない。
でも、だからこそ、できる限り通したいのだ。瀕死の重傷を負わせる事はあっても、最後の一押しはしたくない。
「そういえば、ヤードの方は?」
「七番都市で動いてもらってます」
最初はこの場にいたのだが、「やる事がない」と言って七番都市行きを希望したのだ。
郊外に野営をさせる施設は整えたけれど、次から次へと人が増えるので、向こうの人手はいくらあっても足りない。
ヤードは現場の治安維持に尽力してもらっている。極限状態のせいか、諍いが絶えないのでそれらを力尽くで取り締まるのだ。彼ならではの仕事である。
「おじさんがいれば、また違ったんだけどねー」
「お二人を呼び戻さなくてよろしいんですか?」
「うん。せっかく向こうで動いているんだから、あのまま救出を続けてもらおう。結果的に、ヴァリカーンを揺さぶる事になれば助かるし」
二人がいるグサンナード王国は、親ヴァリカーンの国だ。国境を接している事もあり、クリール教の異端の考えが深く根付いている。
その最たるものが、亜人市だ。エルフや獣人ばかりを売る市で、グサンナードの王都では近隣諸国でも一番大きな市が立つという。
レモ達は、王都周辺の街に捕らえられているエルフを救い出すと共に、その市を潰す事を最大の目的としてあの国にいるのだ。
ティザーベルも、魔法道具という形で二人の支援をしている。攫われた挙げ句に売り飛ばされるなど、あってはならない事だ。
たとえクリール教では正しい事でも、基本的人権の考えを知っている身としては、とても見過ごす事は出来ない。
「まだ借金が原因で奴隷に身を落としました、って方が理解出来るよ
「主様は、借金奴隷はお認めになるんですか?」
「まだ理解出来るってだけ。借金だって、騙されて背負わされる事もあるんだからさ。そういった部分の法整備が先でしょうに」
人種が違うから、虐げていいというのは間違っている。しかも、一番都市に残る研究結果からすると、エルフは元々は人間だったのだ。難病の治療の結果、あの姿になったというのだから驚きだが。
獣人の方はまた少し違うようだが、それでも彼等独自の文化を形成し、一種族として確率している。
他者に迷惑をかけている訳でもない。現に、シーリザニア国内では人との交流もあったという。
「ヴァリカーンの連中にも他の誰にも、彼等をおとしめる権利なんてないし、虐げていい理由もない」
結局、これこそがティザーベルがエルフの問題に首を突っ込み続ける理由なのだ。
その後も「悪魔ベル」の活躍により、シーリザニア国民は順調に七番都市に収容されていった。残りは最後の街十八番だ。
「主様、十八番で異変です」
「どうしたの?」
「壁が一瞬で破壊されました。破壊したものは、空から飛来したようです」
「え?」
空から飛来? この世界に飛行機やそれに類するものがあるとは思えない。だとするなら、後は魔法。
でも、この地域では魔法は禁じられている。使えるとしたら――
「まさか、異端管理局?」
「そのようです。映像を出します」
目の前に大きく映し出されたのは、赤く燃えさかる十八番の街と、それを前に中空に立つ小柄な人物の姿。
「カタリナ……」
街を一瞬で焼き尽くしたのは、異端管理局審問官、カタリナだった。
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