二百三 大演武会

 翌日、首都ジェルーサラムは晴天だった。この時期この街はよく晴れるらしく、だからこそこのデモンストレーションが開かれる時期となっている。


「大演武会?」

「ええ、この催しの名称です。頭に第何回と本当は付くんですけど、誰も気にしないので、ただ演武会とだけ」


 なるほど。確かに武力による示威行為というよりは、演武会と言った方が通りがいい。


 会場となる大闘技場の客席は満員だ。歓声が響き渡り、イベント感を盛り上げている。


「あの辺りが、貴賓席ですね」


 そう言って修女ノリヤが指し示した先には、なるほど他とは作りの違う客席がある。


 布製の屋根がついていて、椅子も室内で使うような豪奢なものが置かれている。普通の客席の椅子はむき出しの石材だ。


 貴賓席には、既に何人かの人間がいる。着ている物も、周囲とは格段に違うものだ。


「貴賓席にいる人達って、どんな人なんですか?」

「周辺国の王侯貴族です。今椅子に座った若い女性は、隣国の第一王女殿下ですね」

「王女……」


 日に輝く黄金の髪を長く垂らした女性は、赤が基調のドレスを身につけている。縫製技術がまだ低いのか、凝ったデザインではないようだが、それでも一般の人達の服に比べれば仕立ての良さがここからでもわかる。


「王侯貴族を招くという事は、こういう場でも外交が行われるという事ですか?」

「それは……」


 修女ノリヤは、少し周囲を見回してから、ティザーベルの耳元に囁いた。


「この大演武会で、聖国の力を周辺諸国に知らしめる為です。決して反旗を翻さないように」


 という事は、あの貴賓席に座る人物は、故国に帰ってこの大演武会の恐ろしさを報告する役目を負っているという訳か。なかなか大変なお役目だ。


 そのせいか、貴賓席に座る人達の表情が暗い。ああいった場所に出るなら、社交術の一つとして笑顔を絶やさないものだと思っていたが、違うらしい。


 隠しきれない恐怖なのか、それとも不信感なのか。


「そろそろ始まりますよ」


 しばし、己の考えに没頭していたらしい。修女ノリヤの言葉に、改めて周囲を見回す。


 大闘技場そのものに、二重の結界が施されている。全体に張られたものと、場内のみに張られたもの。そのどちらも、「中にいるものを外に出さない」という意思が感じられる。


 場内に張られたものは、理解出来る。演武の際に武器や魔法が客席に飛んでこないよう、安全上の為のもの。


 客席含めた全体に張られたものは、どうやら客そのものを逃がさない為のものらしい。なんとも物騒な代物だ。


 闘技場内には、いくつか他にも仕掛けがある。特に貴賓席周辺は守護用の仕掛けが山盛りだ。


 他にも、観客が暴動を起こす事を想定してか、客席のそこかしこに鎮圧用の仕掛けが見られる。


 聖国に入る際に、ティザーベルは自身の魔力を封じる道具を使ったが、これは魔力が体外から見えないようにする為のものであって、魔法が使えなくなる類いのものではない。


 闘技場内の仕掛けも、「目」に魔力を流して観察したものだ。普段なら魔力の糸を使うところだけれど、こんな場所で使っては自殺行為になる。


 ノリヤの言葉から少しして、開会の言葉が述べられた。壇上に上がったのは、教皇スミスではなく、ヨファザス枢機卿という人物だ。以前通りすがったザハー主教の上にいる人物だった。


「今日のこの良き日に、天上の父たる神に捧げる演武会を開催出来る事を喜ばしく思う。皆の者、自身の力を出し切るが良い」


 なんとも上から目線の開会宣言である。とはいえ、この大演武会そのものが聖国の聖国による聖国のためのデモンストレーションの場なのだから、仕方のない事か。


 宣言を終えたヨファザス枢機卿は貴賓席に赴き、賓客の王侯貴族と談笑している。


 場内では、司会者が進み出て演武の内容を読み上げていた。これにも魔法具……いや、ここでは聖魔法具というのか、それが使われているらしく、声を張り上げた訳でもないのに、よく聞こえた。


「まずは、聖堂騎士団による模範演武を披露します」


 騎士達による、剣や槍、ハルバードなどの型の披露、その後実際に型を使った模擬戦、次に複数人による実践型の模擬戦と続く。


 聖堂騎士団の武器には、特に魔力的なものは見えない。普通の武器のようだ。確かに腕はいいが、あれなら束になってかかられても問題なさそうだ。


 もっとも、自分に期待されているのは、彼等と当たる事ではない。この後に出てくるであろう、異端管理局の連中の相手だ。


 午前中は、聖堂騎士団のあれこれで終わった。これから昼休憩を挟んで午後の部に移る。いよいよ、異端管理局と彼等が所有する聖魔法具の出番だ。




 この大演武会が一大イベントであると、大闘技場の外に出ると実感する。


「凄いですね……入る時には何もなかったのに……」


 ティザーベル達の目の前には、大闘技場を取り囲むように建ち並ぶ出店の屋台があった。飲み物、食べ物、果てにはお守りや何かのグッズまで売っている。


 大闘技場から出てきた観客達は、皆思い思いに屋台で買い物を楽しんでいた。この大演武会の経済効果は、いかほどなのやら。


「私達も、何か食べておきましょう」


 ノリヤに促され、屋台を見て回る。ピタサンドのようなものがあったり、スパイシーな香りのラップサンドのようなものもある。他にもスープが売られていたり、串焼きの何かの肉もあった。種類は豊富である。


 中でも、興味を引かれたのは穀物の粉を使ったクレープ状の料理だった。甘辛い味付けがなんともいえない。野菜のシャキシャキした食感と相まって、癖になる味だ。


 これに果汁をつけて大体帝国の通貨に換算すると五百メロー。お手頃な値段である。


 食べて飲んで一休みした二人は、再び観客席に戻った。午後からは、異端管理局の演武である。


 本来、管理局は騎士団のような武闘派集団ではない。とはいえ、一人で一地方くらいなら焼いてしまえる程強力な聖魔法具を持つという。


 管理局に入るのは至難の業だそうで、いつ、誰が、どうやって入るのか。教会内部ですら把握していないそうだ。全ては、教皇スミスの思いのまま。


 そんな異端管理局の演武は、ごく小さなものから始まった。藁束に向かって杖のようなものを向けると、先から火の玉が飛んで藁束を燃やす。


 ごく初歩的な魔法だが、観客からはどよめきが起こった。誰もが、魔法なんて見た事がないから驚いているのだろう。


 演武は段々大がかりな術式の道具へと移り、荷車一杯の薪が凍り付いたり、鉄製の鎧兜に電撃を浴びせたり、数人がかりで中央に配置された石材の山を風で粉みじんに砕いたりして見せた。


 その度に、観客席からは歓声が上がる。ふと貴賓席に目をやると、遠目でわかりにくいけれど、何人かがハンカチで口元を覆っている。ショックを受けているのかもしれない。


 あれらが、ものではなく人に向けられたら。それも、聖魔法具の数を揃えて従来の装備の軍隊と相対したら、どうなるか。


 国の上層部にいる人間であればある程、容易に敗北を想像出来るのだろう。貴賓席にいる彼等にそう感じてもらう為の、この大演武会だ。教会側の思惑通りといったところか。


 そして、とうとう最後の演武になる。


「来ました」


 カタリナだ。これまで、管理局の面々が使っていた聖魔法具の形は様々だった。杖型もあれば、腕輪型があったり、中には剣の形をしたものまである。


 そして、カタリナの聖魔法具の形はといえば……


「銃……」


 彼女が手にしているのは、オートマチックタイプの拳銃だ。彼女の手には少々大きいけれど、実弾を発射する訳ではないから、問題ないのかもしれない。


 その銃を、彼女は両手に一丁ずつ持っている。まさかの二丁拳銃だ。先程から、ティザーベルは驚きで言葉が出ない。


 カタリナは、場内の観客席ギリギリの外周をゆっくりと走り、段々とスピードを上げていった。場内の中央には、石などのがれきを積み上げた小山がある。


 それに向けて、銃を構えた。途端、小山が内部から爆発する。カタリナが銃口を向ける度に爆発は起き、とうとう小山は全て吹き飛んでしまった。


 場内に張り巡らされた結界のおかげで、つぶての一つ、かけらの一つも客席には飛んできていない。なかなか優秀な結界だ。


 観客席は、あまりの光景に一瞬静まりかえったが、次の瞬間盛大な歓声に包まれた。間違いなく、今日一日で一番観客の心を掴んだのは、カタリナだろう。


 ティザーベルも、違う意味で彼女から目が離せなかった。その時、ふと場内の彼女がこちらに顔を向ける。


 一瞬、視線があったような気がした。だが、ここから彼女まで直線距離でもかなりある。多くの観客の中に一人に過ぎないティザーベルに、カタリナが目をとめる理由が見つからない。


 しばらくこちらを見つめていたカタリナは、ふいっと視線を逸らして場内が出て行った。一体、あれは何だったのだろう。


 ともかく、これで大演武会は終了した。当初の目的は果たせたし、後はここから無事に逃げ出すだけだ。


「では、戻りましょうか」

「はい」


 あくまで、修女と彼女についている見習いという体を装って、対闘技場を後にする。外に出て、やっと一息ついていると、背後から声がかかった。


「もし、修女ノリアでしょうか?」

「はい?」


 振り返った二人の前には、貼り付けたような笑顔の聖職者が立っている。


「少々、お時間よろしいでしょうか? 実は、ヨファザス枢機卿がお二人をお呼びでして」

「はい?」


 思わず、ノリアと顔を見合わせた。

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