二百二 潜入

 七番都市を無事再起動させた後、フォーバル司祭から連絡があるまで、十二番都市で過ごす事になった。


 フォーバル司祭からの連絡はマレジアを通して行われる為、彼女が連絡出来る都市での待機となったのだ。


 マレジアは十二番都市の元研究者だったから、再起動して万全の状態になった都市になら、連絡を取る手段があるという。


「食えない婆さんだこと」

「マレジア殿の事か?」

「他にいないでしょー?」


 ティザーベルは、フローネルと共に水着でプールに浮かんでいる。宿泊施設のものではなく、別のレジャー施設のプールだ。


 周囲に映し出されるのは南国の海辺らしい景色で、気温もそれに合わせたものになっている。妙なところで凝るのは、どの都市も一緒らしい。


 ちなみに、ヤードは訓練施設で新しい剣を振っていて、レモは研究施設で新しい武器の可能性を試しているようだ。


 どちらにも、ティザーベルからの提案が盛り込まれている。


「それにしても、どうしてあんな提案を?」

「んー? 多分、教会との戦闘には必要だと思ったから」


 少し変わった機能を盛り込んでいるが、あの二人なら使いこなせるだろう。逆に、彼等が新しい武器や剣に盛り込もうとしていた機能は、邪魔にしかならない。


「ヤード達には、自分の力の使いどころを間違えてもらっちゃ困るのよ」

「そうなのか……? 私の目には、間違えているようには見えないけれど」

「剣が火を噴いたり、投げたら電撃が走ったりする武器はいらないよ。かえって、向こうの道具のいい餌食になりかねない。そういうのはこっちでやるからいいの」


 ヤードにもレモにも、本人達の本分を忘れてほしくはない。




 地下都市にてのんびり過ごす事約十日。やっとマレジアから連絡があった。


「連絡方法って、これ?」


 まるで本人が目の前にいるような立体映像に、ティザーベルの口からはうんざりした声が出る。


『文句言うんじゃないよ。この里は都市の保養施設だったんだから、連絡なんて、仲間か友達にあててのものばかり。事務的な通信じゃつまらんってなったのさ』


 だからといって、わざわざ立体映像にまでするなんて。六千年前は技術の無駄遣いが多かったのだろうか。


『フォーバルから連絡だよ。向こうの仕度が調ったから、来てくれって。待ち合わせ場所は――』


 マレジアの口から出てきた名前に、ティザーベルだけでなく、その場にいた全員が驚きに言葉がなかった。




 見上げる先には、白亜の大聖堂が建つ。ここはヴァリカーン聖国の首都、ジェルーサラム。


 つまり、敵の本拠地という事だ。


 何故こんな事になったかといえば、フォーバル司祭からの提案があったからだ。


『カタリナ審問官の力を見たければ、見習い修女になりませんか? あ、もちろん、振りだけですけど』


 つまり、教会の新入りの振りをして、教会に潜り込んではどうかという事だった。

 随分と大胆な事を考える。そうは思っても、確かに他に手はなさそうだ。カタリナという女が出張るのは、相当厄介な案件のみだという。


 ただし、その力を内外に知らしめる為、定期的にここジェルーサラムでデモンストレーションのような事をするらしい。


 それを見学してはどうか、というのだ。しかも見習い修女の振りをしていれば、一般人よりも近くでその力を見る事が出来る。乗らない手はなかった。


 大聖堂の中を、先輩修女の後をついて歩く。この女性も、フォーバルの仲間なのだそうだ。


「この時期は大聖堂も賑わいます。ちょうどいい時期に来ましたね」

「そうなんですね」


 何でも、年数回行われる異端管理局その他によるデモンストレーションは、ちょっとしたイベントになっているという。


 これがある時期は、普段より首都の人口が増えるのだとか。また、イベントに合わせて普段は入場者を絞る大聖堂が、開かれる時期でもあるそうだ。


 この時期に合わせて、普段なら大聖堂に入れない見習い修女や修士が地方から出てくるのも、よくある光景だという。


 つまり、数多くいる地方出身の見習い達の中に紛れてしまえば、潜入中と見破られる危険性が低くなるという訳だ。


 現在、ティザーベルが着ているのは見習い修女の服だ。灰色の粗末な造りのワンピースに、共布のスカーフで頭を覆い隠す。


 本当は髪も短く切らなくてはならないそうだが、見習いのうちは免除される。今は編み込んでスカーフに隠れるようにまとめていた。


 先輩修女……名はノリヤという。彼女はティザーベルを連れて、大聖堂の中を歩く。今歩いている場所は、比較的開かれている区域だそうで、この時期教会関係者なら誰でも入れる場所なのだとか。


「合同発表会は、明日開催です。それまではここ、聖都を案内しましょうね」

「ありがとうございます」


 ヴァリカーンの首都を「聖都」と呼ぶのは、教会関係者だけだそうだ。他にもいくつか、他と違う言い回しがあるので、注意するように、というのは、ここに入る前に聞いた。


 ヴァリカーンに潜入が決まった時点で、自身の魔力を封じる魔法道具を支援型達に作ってもらっている。


 下着に仕込んだ道具のおかげで、今のところ魔法士だとは気づかれていない。


 何せ、ここは魔法を禁じる教会組織の中心だ。


 ――こんなところで魔法士だとバレたら、大変大変。


 とはいえ、油断は出来ない。マレジアの情報では、教皇スミスは二番都市の力を掌握しているという。


 支援型達からの情報では、二番都市で主に研究されていたのは、魔力の具現化。その中には、高度な魔法道具の研究も含まれていたそうだ。


 カタリナ達、異端審問官が使っているという聖魔法具は、二番都市の力で製作されているのだろう。


 魔法道具を研究していた都市の力を使えば、こちらの魔法道具が無効化される事もあるかもしれない。


 そうなった時にどう逃げるか、この案内中に脳内でシミュレーションしていた。


 それにしても、この大聖堂は攻めるにも逃げるにも大変そうな場所だ。窓は基本高い位置についていて、はめ殺しだ。扉は建物に比して小さく、両脇に必ず聖堂騎士が守りについている。


 この首都に来て初めて知ったのだが、大聖堂及び上位聖職者の守護の為に、騎士団があるそうだ。それが聖堂騎士団である。


 歴史は意外にも古く、このジェルーサラムが出来た頃から存在しているそうだ。


 そして、ジェルーサラムが出来たのは、今から約六千年前。聖堂騎士団が教皇に絶対の忠誠を誓っている辺り、スミスの仲間の末裔なのかもしれない。


 大聖堂の中心部に来た。


「あそこで、毎朝枢機卿が説教を行いますよ」


 大きく開けた広間の中央に、屋根のついた小さな東屋のようなものがある。あれが説教台だそうだ。


 そこに上れるのは枢機卿の中でもわずかな者だけらしい。


「おお、これは修女ノリヤ。久しぶりですねえ」


 背後から声がかかった。振り返ると、黒い服に身を包んだ恰幅のいい男性が立っている。


「これはサフー主教。ご無沙汰いたしております」

「うむ。今日はまた、何用で大聖堂に?」

「こちらの、見習い修女を案内しておりました。この時期でなければ、見習い修女がここに入る事は出来ませんから」

「はっはっは。そうですな。これも皆、聖下のお慈悲の賜です」

「はい、まことに」


 その後、短い言葉を交わして男性は去って行った。ティザーベルは、小声で質問する。


「あの方は?」

「ヨファザス枢機卿配下、サフー主教です」


 あれが、と去って行く背中を見送る。ジェルーサラムに入る前に、ある程度「敵」の名と地位は頭に入れてきた。


 ヨファザス枢機卿は、かなり上位にいる敵だ。その配下のサフー主教も、重要な地位にいる敵である。


 そしてこの二人には、黒い噂がつきまとうという。曰く、どちらもあまりよろしくない趣味を持っていて、特に枢機卿の方は違法に奴隷を集めているのだとか。


 サフー主教に関しては、異端管理局から多くのエルフや獣人を受け取っているという。それも、男性ばかり。


 ヤランクスの攫われたエルフのうち、男性は全てここジェルーサラムに送られるそうだ。その行き先の一つが、あのサフー主教である。


 ぎしり、と握った拳が音を立てる。それに気づいたのか、修女ノリヤがそっと手に触れてきた。


「そろそろ、次の場所へ行きましょう。それとも、今日はもう宿舎に戻りますか?」

「……いえ、案内の続きを、お願いします」


 何にしても、今ここで爆発する訳にはいかない。敵の手を一つでも多く見て、対策を立てなくては。


 全ては明日、大闘技場にて行われるデモンストレーションを見てからである。

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