二百一 七番都市
レニルと名乗った支援型は、ティザーベルの顔をまじまじと見つめている。
「ふうん、あなたが新しい主なのねえ……」
「レニル。主様に対して失礼ですよ」
「あらやだ、ティーサ姉様ったら、そんなに怒らなくてもいいじゃない。まあ、そんな感じで、よろしくね」
レニルは、ティザーベルに軽い投げキスを送ってきた。これまた、個性的な支援型である。
「レニル、急ぎ動力炉を再起動しますよ」
「はあい」
ティーサに促されたレニルは、ふわふわと浮きつつ動力炉までの経路を先導する。
途中途中、ティーサやパスティカが一行を止め、何やら動いていた。罠の解除だろう。
やはり、ここにも仕掛けられていたようだ。
「仕事しすぎだっての……」
ついでに、自分でも魔力の糸を伸ばして調べているが、この先にも嫌がらせのように罠がばらまかれているようだ。これを全部解除して進まなくてはならないとは。
「おかしいわよ。どうしてここに、こんなものが仕掛けられているの?」
困惑するレニルに、ティーサ達が懇切丁寧に説明する。
「都市に内通者がいたようです」
「そいつらの手を借りて、本来なら入り込めない場所までこうして罠を仕掛けたって訳」
「しかも、罠の種類が無駄に豊富なのよ!? 本当、信じらんない!」
仲間の発言に、レニルは若干引いているようだ。この先の状況を知れば、彼女も仲間の怒りの意味がわかるだろう。本当に、うんざりする程の罠の数だ。
それらを三体の支援型で解除するのだから、時間もかかろうというもの。罠によっては、解除に手間がかかるものもある。
支援型の部屋から動力炉まで、結構な時間を歩いたが、ようやくゴールらしい。一本道に入ったところで、レニルが振り返る。
「この突き当たりが動力炉。やっと再起動出来るのねえ」
「この通路、これまで以上に警戒しますよ」
「わかってる」
「もう、本当に罠ばっかりで鬱陶しいったら!」
ヤパノアも、罠の多さに辟易しているらしい。解除はティーサが得意なので、彼女が中心になってやっていたけれど、パスティカ、ヤパノアも頑張っていた。文句の一つも言いたくなるというものだ。
そして、最後の直線コース。これがまた酷いものだった。十二番都市でも自棄で仕掛けていったのかと思う程多かったが、ここもそれに負けず劣らず多い。
床や壁、天井、それ以外にも、なんと空間に仕掛けられた罠まである。蜘蛛の巣のように仕掛けられていて、一見それとはわからない。
だが、支援型達の目は誤魔化せなかった。
「このような稚拙な罠で、私達を阻めると本気で思っているのでしょうか」
「面倒臭い事するわね、本当」
薄笑いのティーサの横で、パスティカがうんざりした顔をしている。
「ねー、姉様達ー。この天井のやつは一掃しちゃってもいいかしらー?」
「構いませんよヤパノア。盛大におやりなさい」
ティーサから承諾を得たヤパノアは、歓声を上げて天井付近まで飛ぶと、両腕を前に差し出す。それと同時に、天井付近で小さな爆発が手前から奥へと連続して起こった。
「ちょっと! ヤパノア! 都市を壊すような真似、やめてくれる?」
「あら、ティーサ姉様からちゃんとお許しをもらいましたよ? レニル姉様」
「だからってねえ」
「落ち着きなさい、レニル。この程度でがたつく都市ではありませんよ。それに、動力炉を再起動させれば、多少の破壊跡などすぐに修繕出来るでしょうに」
「それは……そうですけどお……」
三体の支援型のやり取りを見て、ここでも彼女達の序列が物を言うのだなと思う。何にしても、彼女達は「姉」という立場には逆らえないものがあるようだ。
ティザーベルに、兄弟の記憶はない。今世は当然ながら、前世でも兄弟がいたという明確な記憶がないのだ。
単純に忘れているだけかもしれない。だが、親の事は思い出せるので、前世では一人っ子だったのだろう。
そんな彼女の目には、支援型達のやり取りが一種微笑ましく見える。もっとも、前世で姉と弟がいたらしいセロアに言わせると、そんなにいいものではない、との事だった。
姉は尊大で弟は生意気。いい思い出など一つもない、とは彼女がよく言っていた言葉だ。
支援型達のおかげで、通路の罠は一掃された。蜘蛛の巣型の罠には四体で苦戦していたが、結果解除出来たので何の問題もない。
到着した動力炉も、これまで見たものとあまり変わらない。魔力の糸で探ったところ、ここにも罠が山のように仕掛けられていた。
「懲りないなあ」
ついそんな言葉を漏らすと、ティーサがティザーベルに近寄ってきた。
「六千年前にここを襲撃した連中の最終的な目的は、動力炉の破壊だったのでしょうか?」
「違うと思うよ? 破壊が目的なら、もっと効率的な手段を用いたんだじゃない? 単純に爆破するとか」
六千年前に爆薬があったかどうかは謎だが、同じような武器などはあっただろう。
「それをやらず、罠ばかり仕掛けたって事は、再起動だけさせたくなかったんだと思うよ。その裏にどんな計画があったのかまでは、わからないけど」
都市を破壊するのではなく、住んでいた人間だけを殺すよう、ウイルス兵器を使った。その結果、都市は凍結されて動力炉も止まる。
都市の破壊が目的なら、そんな手の込んだ事をやるよりも、単純な攻撃をする方が楽だったんじゃなかろうか。
そこまでして、都市を残したその意味は。
――ほとぼりが冷めたら、自分達が使うつもりでいた?
いや、それだとつじつまが合わない。テロリスト達は、魔法を否定していた。そんな連中が、都市を使おうと思うだろうか。地下都市は、どこも魔法技術の結晶だ。
あれこれ考えてみるけれど、正解に辿り着ける訳がない。ティザーベルは、早々に思考を放り投げた。今は考えるより、優先すべき事がある。
「じゃあ、とっとと罠を解除して、動力炉を再起動させましょうか」
支援型がせっせと動力炉周りの罠を解除しているので、入り口で終わるのを待つ。数が多いので、四体がかりでも大仕事だ。小さな体であちこち飛びながら、光を出している支援型達。あの光の一つ一つが、解除された罠なのだ。
それを眺めながら、ティザーベルも糸で罠の有無を探る。見落としなどがあったら大変だ。
そうして動力炉が綺麗になったのは、罠解除を始めて二十分経った頃だったか。
「主様、全て終わりました」
ティーサの申し出に、一つ頷いてティザーベルは動力炉室に入る。ここも殺風景な部屋だ。
中央にある動力炉だけは、他の都市と違った。ここのは球形ではなくて、八面体だ。その前に立ち、あとは支援型にお任せする。
「では、再起動を始めます」
都市の動力炉の再起動を担うのは、その都市の支援型だ。ここでは当然、レニルの仕事になる。
彼女は八面体の動力炉の上で静かに止まると、ゆっくりと舞い始めた。その動きに合わせて、彼女の体が淡く光り、ドレスの裾が広がっていく。
袖も広がり、複雑な動きに合わせてなめらかに波打っていった。これまでの歌とはまた違う、幻想的な光景である。
伸びた袖がリボンのように、規則的な動きをしつつ伸びていく。裾も広がり、やがて下にある八面体を包んでいった。
包まれた八面体が、ゆっくりと浮かび上がる。その上で、レニルはずっと踊り続けていた。
浮かんだ八面体がゆっくりと回転する。一方向だけではなく、横に斜めに縦に。その速度は、どんどんと速くなっていった。
それに合わせて、レニルの舞も速くなっていく。既に彼女の姿は伸びた袖に隠れるようになっていたから、どう動いているのかはわからないけれど、袖や裾の動きが速くなっていく事から察せられた。
そして、終わりは唐突にやってくる。くるくると回りながら舞っていたレニルが、両腕を広げてぴたりとその動きを止めた。彼女の下では、八面体の動力炉が一定の速度で回転し続けている。
「再起動、完了です」
これで七番都市も再起動が完了だ。都合四つ目の都市を再起動させた事になる。
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