百八十四 ヤパノア

 コブイノシシを移動倉庫に収めると、そのまま走って森の外に出る事にした。まだ二人とも、余力があったのだ。


 狩りそのものが、ほぼ見ているだけだったフローネルはもちろん、ティザーベルもさほど魔力は使っていない。


 それに、二つの都市を再起動した影響か、自分でもわかる程魔力量が上がっているのだ。


 普段から狩りには余計な魔力を使わないようにしてきたけれど、今ならもっと大がかりな術式を使っても魔力切れを起こしそうにない。


「ベル殿、本当に村に寄らなくていいのか?」


 走りつつフローネルが聞いてきた。


「必要ないでしょ? あの村に用はないし」


 十二番都市を再起動した後なら、マレジアに遭う必要はあるけれど、今のところ村自体に用はない。


 フローネルとしては、彼等を悩ませていた猪を狩った報告だけでも、と思っているのだろう。ついこの間まで人間を毛嫌いしていた彼女だが、色々経験して考え方に変化が出てきたらしい。


「偏見をなくすのはいい事だと思うけど、あの村は見たまんまだと思うよ?」


 狭い世界しか知らない村社会そのものだ。元々「村」として機能させる必要もなく、見せかけられればいいという考えがあるからか。マレジアも特に問題視していない節がある。


 そういう面は、合理的な都市の人間という事か。


「なので、放っておいてよし。獲物を狩ったと言ったところで、余計な事をした、くらい言われかねないし。だったら黙って立ち去るのみ」

「そう……か……」


 釈然としないような、納得出来たような複雑な様子だ。あの村の異様さには、フローネルにも思うところがあるらしい。


「今は都市の再起動が最優先。十二番都市まで急ごう」


 マレジアから教えられた十二番都市の場所はわかったが、そこへ至る正規のルートの入り口はここから離れているという。


「確か、街道をずっと行った先の岩山の裾野だっけ」


 とりあえず、街道を行くなら馬車を出した方がいい。森を出るまでは走る事にして、街道に出る少し前で馬車を出した。


 身体強化をしたとはいえ、全力疾走をしたせいか、少し疲れている。入り口までもう少しあるが、到着時間によっては近くで一泊し、都市に入るのは明日にしよう。


 フローネルに告げると、彼女も疲れていたのか無言で頷いた。


 街道の両脇は、深い森だ。この道自体、森を切り開いて通したものだろう。森の奥、ちらほらと山らしきものが目に入る。あれが目指す岩山か。


「そうみたい。こっちも反応があるわ」


 いきなり姿を現したパスティカが、ティザーベルの右肩に座る。


「確かに、これはあの子のものですね」


 同じく姿を現したティーサは、左肩に座った。


「十二番都市だから、二人の妹に当たるんだっけ?」

「そうよ」

「名はヤパノア。パスティカ以上のお調子者な末妹です」

「ちょっと姉様? 誰がお調子者ですってえ?」

「あなた以外にいないでしょう?」

「ムキー!」


 人の肩の上で何を言い合っているのか。それにしても、このパスティカ以上にお調子者とは。その支援型は本当に大丈夫なのだろうか。




 馬車を急がせなかったせいか、目的地に到着した頃には既に日が傾きかけていた。


「やっぱり、この辺りで一泊しよう」

「そうだな」


 幸い、この街道はあまり使われない道らしく、行き交う人の姿もなかった。街道から少し森に入った辺りなら、人目につくこともないだろう。


 馬車を移動倉庫にしまい、歩いて木々の間を抜ける。街道から約二十メートル程入った辺りで辺りの木を伐採し、雑草を刈り取り、地面をならす。


 土を固めて簡易の基礎を作り上げたら、その上に移動倉庫から家を出して乗せた。念のため、家の周囲には侵入されないよう結界を張っておく。これは人にも魔物にも虫にも効果があるものだ。


 さすがに何度も使っているからか、フローネルも慣れた様子で家に入っていった。


 その背中を見送りながら、最初はひどく驚いていたよなあ、と懐かしく感じる。まだあれから一月経つか経たないかといったところなのに。


 翌朝、食事を済ませて身支度を終え、家をしまってから岩山の裾野に立つ。岩の割れ目から少し中に入ったところに、入り口があるらしい。


「こんなところに……」

「この岩山自体、都市が作りだしたものよ」

「マジで? まったく、大森林といいここといい、都市のやる事はスケールが違う」


 聞けば、ティーサの一番都市も、あの谷を人工的に作りだしたそうだ。


 割れ目の奥、行き止まりでティーサが手を差し出すと、足下が光って一瞬の間に別の場所へ移動していた。さすがに都市間移動やその他で使い倒したせいで、こうした移動にも慣れてきている


 今いるのは、人の手で作ったであろう空間だが、かなり荒削りな壁や床だ。広さはちょっとしたホール並といったところか。


「主様、これより先はどのような場所でも罠を警戒していきたいと思います」

「そうだね」


 五番都市でも一番都市でも、重要施設に罠が仕掛けられていた。ここ十二番都市も、おそらくは支援型のいる箇所、もしくは動力炉に仕掛けられているのではないか。


 それ以外にも、仕掛けられているかもしれない。ティーサの注意喚起には頷けた。


「先導は私が、後衛はパスティカが務めます。いいですね? パスティカ」

「了解ー」


 ティザーベル自身も魔力の糸で警戒しておく。罠を見つけられるかどうかは謎だが、一応の備えだ。




 ここからさらに移動で都市の入り口へ。この辺りは一番都市と同じだ。造りもあまり変わらず、大通りの突き当たりに中央塔がある。


「……大通りにも、罠がありますね」


 ティーサの言葉に、魔力の糸で探ってみると、確かにいくつか妙な場所がある。この感覚が罠らしい。


「よし、憶えた。罠は解除出来そう?」

「やってみます」


 目線の高さに浮かぶティーサが、ゆっくりと右手を前にかざす。同時に、先程妙だと感じた場所で軽い爆発のようなものが起きた。


「だ、大丈夫なのか?」

「問題ありません。都市の構造は頑丈ですし、万一破損したとしても、再起動させれば簡単に修復出来ます」


 心配そうなフローネルに、ティーサがよどみなく返す。都市の建物などは、全て動力炉から送られるエネルギーを変質させたものなのだそうだ。


「研究実験都市は動力炉さえ再起動させられれば元に戻せますが、地上の各都市はそうはいきません。基本的に似たような構成でしたけど、こちらと違って動力炉の設計そのものがもろかったんです」


 その為、人々が滅びた後、予備機能さえ失って風化するに任せたのだろう、というのがティーサの見解だ。元が動力炉から供給されるエネルギーなので、分解して魔力エネルギーになってしまえば跡も残らないらしい。


 環境には配慮されているのかもしれないけれど、味気ない話だ。




 どうやら、十二番都市は一番都市、五番都市に比べて罠の数が段違いに多かったらしい。


「これで三十カ所目。多いですね」


 中央塔に辿り着くまでに十カ所、中に入ってからエレベーターホールまでに五カ所、エレベーターそれぞれに一カ所ずつ計四カ所、支援型へ至るルートの途中までに十一カ所。


「支援型の部屋まで、まだあるの?」

「いいえ、もうすぐそこです。ああ、もう一カ所。これで三十一カ所目です」


 ティザーベルに聞かれて答えながら、ティーサは新しく見つけた罠を処理する。建物内部の罠は、外のものとは違ってえげつないものが多い。


 五番都市にあったような転移型の罠に、一番都市にあった人の生気を吸い取って殺すような罠、それに即死系の罠もいくつかあったようだ。


「この分だと、支援型の周囲にも罠がたくさんあると見た方がいいかしら?」

「でしょうね」


 パスティカの意見に賛同するティーサは、警戒しながら奥へと続く通路をゆっくりと進む。


 ティザーベルも、魔力の糸で通路全体を警戒しながら続いた。その糸に、反応する箇所がある。


「ティーサ」

「はい。あそこが入り口です」


 ご丁寧に、支援型の部屋の入り口にも、罠が仕掛けられていた。ティーサも慣れたもので、床から剥がすように罠を解除する。そして、天井にあるものも。


「ここは二重でしたね」

「念の入った事で」

「というか、執念のようなものを感じます」


 罠を仕掛けたのは現クリール教の元となった過激派組織だ。魔法を認めず、その為なら研究者も技術者も何人殺そうがなんとも思わない連中。確かに、執念なのだろう。


 扉を開け、部屋の中を確認すると、全部で十カ所の罠が検知された。思わずティーサも溜息を吐く。


 全て一瞬で蹴散らし、中に入った。内部の様子は一番都市、五番都市と変わらない。


「さて、じゃあここからは私がやるわね。一番都市の時と同じ、あなたはそこに立っているだけでいいわ」


 そう言うと、パスティカは支援型が眠る球体の上へと飛んだ。そこで一番都市でも聞いた歌を歌いつつ、球体の上をゆっくりと飛ぶ。


 それと同時に、魔力を持って行かれる感覚があったけれど、一番都市の時程ではない。もっと軽かった。


 やがて、球体が台座から持ち上がり、花が咲くように中央から外へと開かれていく。


 その中央には、オレンジ色の髪をした支援型が眠っていた。


「さあ、起きなさい、ヤパノア」


 パスティカの声に、ヤパノアと呼ばれた支援型があくびをしながら起き上がった。


「もう……だーれー? 人が気持ちよく寝ていたってのに、起こすなんて」

「しっかりしなさい、ヤパノア。十二番都市を再起動させますよ」

「あれ? ティーサ姉様!? あれあれあれ? って事は、私、目覚めたの!? いやったー!!」


 叫ぶやいなや、ヤパノアは部屋中を猛スピードで飛び出した。あやうくパスティカにぶつかりそうになり、彼女に怒られる。


「ちょっとヤパノア! 何やってるのよ!!」

「あははは、ごっめーんパスティカ姉様! あー、何て素晴らしいのかしら! 私、動いてる!!」


 目が覚めてハイ状態なのか、ヤパノアはティーサに雷を落とされるまで、ずっと飛び続けていた。

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