百八十五 動力炉の罠
目の前には、しゅんとするヤパノアと、彼女を上から睥睨するティーサとパスティカがいた。
「ちょっと、嬉しさを表現しただけじゃない。二人とも、そんなに怒るなんて……」
「なーにがちょっと表現しただけ、よ! 私にぶつかりかけるわ、姉様にぶつかりかけるわ、挙げ句の果てに主である彼女にまで怪我させるところだったのよ! 少しは反省しなさい!!」
「パスティカの言うとおりです。いくら末妹とはいえ、支援型としての品性を失うがごとき行動は見逃せませんよ」
どうやら、目覚めた嬉しさで飛び回った事が、他の支援型達の逆鱗に触れたらしい。こちらが口を差し挟む事ではないので、支援型の事は支援型に任せておく。
しばらく説教が続いた後、やっと本人から名を聞く事が出来た。
「私はヤパノア! あなたが新しい都市の主ね? あら、ティーサ姉様とパスティカ姉様の都市も再起動させたの? やるじゃない!」
「ヤパノア!」
「ご、ごめんなさい……でもでも! 私だって二人に負けないくらい、ちゃんとお仕事するからね! そこは安心して?」
いまいち安心出来ない支援型だ。ヤパノアは再びティーサ達に説教を食らっている。こんな事で、本当に大丈夫なのだろうか。
「まったく、こんな事じゃ都市の再起動が出来ないじゃないの」
「本当に。ヤパノア、あなたはもう少し落ち着きというものを学びなさい」
「そんなに言わなくなって……」
「言われるような事をする方に問題があります」
ティーサにぴしゃりと言われて、ヤパノアは肩を落とす。
オレンジのふわふわとした髪に、榛色の大きな瞳。ドレスはオレンジから白へのグラデーション。ふんわりと広がるスカートは、花を逆さにしたような可憐なデザインだ。
見た目は可憐な妖精のようだけれど、口を開けば残念な事この上ない。その辺りは、確かにパスティカに似ている。
「む! 何かよくない事を考えたわね?」
「そんな事ないよ」
「嘘だわ。絶対嘘だわ!!」
どうしてパスティカはこういう時だけ、こうも鋭いのか。まあ、彼女の場合は支援型としてもきちんと仕事をしてくれるので、他の面はどうでもいいとも言える。
さて、ではヤパノアはどうだろうか。
「で? 都市の再起動は出来そう?」
「ばっかねー。再起動は『出来そう』じゃなくて『やる』ものよ!」
「内容は間違っていませんが、口の利き方には気をつけなさい。主様に対して、なんと言う言いようでしょう」
「え? いやあ、それはほら……ね?」
「誤魔化しはききませんよ」
「……気をつけまあす」
さすがは末妹と言われるだけあって、長姉であるティーサには頭が上がらないらしい。
ヤパノアの先導で、中央塔を行く。
「ここの動力炉への道は、複雑な経路じゃないのよ。それでも侵入者対策はきちんと施されているから、心配しないでね」
彼女が言う通り、動力炉への道は今までで一番単純だ。中央塔の真下、地下二十階部分にあるそうだから。
都市自体が地下にあるのに、そこから更に下に掘り進めているという。しかも、地下十階までしかエレベーターは通っておらず、残り十階層分は移動手段が階段のみなんだとか。
まともに降りるのも面倒なので、結界を張った状態で階段の吹き抜けをゆっくりと下っていく。
「まあ、ここも入り込まれてるんだろうね」
「そうですね。階段のあちこちに罠があります」
ティーサの指摘通り、階段や踊り場に執拗に罠が仕掛けられていた。触れなければ問題はないので、吹き抜け部分から全て解除していっている。
それにしても、本当にこの都市に仕掛けられた罠は数が多い。それに種類も豊富ときている。
「マニアか……」
思わず、そんな呟きも出ようというものだ。幸い、今回の呟きはヤパノアのおしゃべりにかき消されて、誰の耳にも入っていないらしい。
ヤパノアは、道中ずっと喋りっぱなしだ。十二番都市で研究されていたもの、研究者の構成、街の名物などなど。
「でも、やっぱり私は二番街通りのアイスクリームが一番だと思うのね! 何せ新鮮な都市産ミルクを贅沢に使ってたし、果物も新鮮なものを選りすぐって使用してたんだから」
研究実験都市は基本自給自足の為、食料生産の体制もきちんと整っていたそうだ。その辺りは、一番都市でも見ている。
特に十二番都市は研究内容が食料に関するものが多かったからか、農業や畜産が盛んだったそうだ。
再起動されれば、それらも復活出来るそうだ。
「どの都市でもそうなんだけど、不足の事態に対する備えは二重三重に行われているのね。ここもそうで、全ての植物、家畜は即時復活が可能なように用意されてるわ」
植物は種や苗を、家畜は受精卵かもしくは卵子と精子を保管しているというところか。それらが全て六千年の時を超えるというのだから、研究実験都市は大型のタイムカプセルかもしれない。
吹き抜けを下り続け、ついでに罠を解除……というか、破壊していく。十階分などすぐに終わると思ったが、ゆっくりと下りているので少しだけ時間がかかった。
下に下りると、一本の通路。この突き当たりが動力炉のある部屋だ。そしてその通路には、びっしりと罠が仕掛けられている。
「ここまで来ると、笑うしかありませんね」
「持ち込んだ罠、全部仕掛けていったって感じ」
何も考えずに、ばらまくように仕掛けられている。それを端から破壊し、通路を進んだ。一度食らえば嫌でも警戒する。
罠は下だけでなく、壁や天井にも仕掛けられているので、上下左右全てを調べつつ進んだ。こっそり数えた罠の数は実に五十を超える。この都市だけで、百以上の罠が仕掛けられていた計算だ。
「この分だと、当然動力炉の部屋も罠だらけだろうね」
「そうですね……少し、気になりますので先に行きます。ヤパノア、あなたはそこで待っていなさい」
ティーサの言葉に、ヤパノアは不満顔だ。
「えー? 何でー? ここは私の都市なのよ? 姉様」
子供のような言い分を聞き入れず、ティーサはぴしゃりと言い切る。
「私の方が罠には詳しいからですよ。それに、パスティカからも情報を得ています。あなたはまだでしょう?」
「それは……そうだけど……」
「なら、おとなしくそこで待ちなさい。主様、行って参ります」
言い残すと、ティーサは全ての罠を破壊した通路をひとっ飛びし、動力炉のある部屋へと至る。
扉の前でしばし止まり、やがて右手をかざすようにして扉を開けた。あの扉にも、罠があったようだ。魔力の糸ではかすかな魔力しか感知出来なかったけれど、ティーサにはしっかり「見えて」いたらしい。
「もう大丈夫?」
「まだよ。姉様が戻るまで待ちなさい」
ヤパノアの問いに、パスティカが冷静に返した。さすがに一度罠を食らっているせいか、ヤパノアよりも警戒している。
ティーサが中に入ったのと同時に、魔力の糸も伸ばして中を探った。壁、床天井はもちろん、なんと動力炉にまでべったりと罠が貼り付いている。
「何て事を……」
ティーサの静かな怒りの声が聞こえた。とりあえず、動力炉は彼女に任せ、床や壁、天井の罠はこちらから糸を使って排除しておこう。
ティーサにもそれが通じたのか、彼女は何も言わずに動力炉に向き合った。
「主様。糸を切ってください。どのような影響が出るかわかりません」
「……大丈夫?」
つい、口から出た言葉だったけれど、ティーサからの返答は意外なものだった。
「おそらくは。動力炉に仕掛けられている罠の術式が、見慣れないものなのです。罠の破損や強引解除により、どのような結果になるかがわかりません。このまま分解を試みます」
研究実験都市の支援型ですら、見慣れない術式とは。
――もしかして、スミスが関わってる?
スミスでなくとも、誰か転生者が絡んでいる可能性は高い。まったく、魔法を排除しようとした自然派の癖に、魔法技術を扱うとは。
ティーサは動力炉のの側からこちらを見ている。
「ヤパノア、この近くに避難場所がありますね? そこに主様方をご案内してください」
「ね、姉様は!?」
「終わったら、そちらに向かいます。私が行くまで、決して避難場所を出ないように」
言い終えると同時に、ティーサは中から動力炉の部屋の扉を閉めてしまった。
残されたのは、呆然としているヤパノアと、苦い顔のパスティカ。それに、お互い顔を見合わせるティザーベルとフローネルだけだ。
「……ヤパノア。避難場所はどこ?」
「パスティカ姉様! ティーサ姉様を見捨てるの!?」
「私達は支援型よ。姉様の全ては一番都市に残っている。最悪の場合でも、私達はいつでも再生可能なのよ。でも、彼女達は違う」
パスティカの言葉に、ヤパノアは無言で俯いた。
「どういう意味だ?」
小声で聞いてきたフローネルに、ティザーベルも小声で答える。
「支援型は、生き物のように見えるけど、全て作り物なの。その性格や知識もね。だから、壊れたとしてももう一度同じように作る事が可能なのよ」
少々違うけれど、フローネルの知識ならこれくらいが丁度だろう。
支援型は魔法疑似生命体だ。彼女達の知識や人格、思考などは全て作られたもので、その全ては各都市の最重要箇所に置かれているデータセンターに保管されている。
仮に今動力炉でティーサが「壊れる」ような事があっても、一番都市に戻れば再生が可能なのだ。記憶は最後のバックアップ時まで戻されるそうだが、それでも「生き返る」事が出来るのは大きい。
ティーサもそれをわかっているからこそ、危険な罠の分解に挑戦しているのだ。
どちらかというと、心配しなくてはならないのは動力炉が傷つく事だろう。
だが、不思議な事にこれまで見つけた罠は、動力炉を壊そうとしたものは一つも見つかっていない。
都市を凍結させた後、動力炉だけ奪取するつもりだったのか、それとも別の目的があったのか。
さすがに六千年前のテロリスト達の考える事など、わかりようもない。
今はただ、ティーサの提案通り、避難場所に移動する事が最善だろう。
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