百七十八 久しぶりの

「ここも違うか……」


 地下都市探索は、出だしから不調だった。候補地のうち半分以上がはずれだったのだ。


 ここで三カ所目。一応、今日中に辿り着けそうな場所にもう一カ所あるけれど、今日はここで野営する事にする。


「はあ、さっぱりした」


 風呂上がりで上気した頬のフローネルが上機嫌で居間に入ってくる。手には冷蔵庫から取りだしたジュースが入ったグラスがあった。


 この付近に自生している果樹から取った果実を搾ったものだ。名前も知らない果物だけれど、ほんのり酸味がある辺り、オレンジのような味がした。


 街道からは少し木々の中に入ったところを、周囲の木を伐採し、地面をならして移動倉庫から家を取り出している。


「それにしても、あの水がどこから出てくるのか、未だに不思議だ」

「水を出してるんじゃなくて、魔力を水に変換していると言った方が正しいかな?」

「そうなのか?」

「そうなの」


 他の魔法士はどうだか知らないが、ティザーベルにとって、魔力とは万能エネルギーに他ならない。


 熱に変換する事も出来れば、水に変換する事も出来る。大地に干渉して動かせるし、水を氷にする事も出来るのだ。


 他にも、体内のわずかな電気を増幅して、電撃に使う事も出来るし、魔力を固めて物質のように使う事も出来る。魔力の糸がこれだ。


 これに前世の知識を加えて出来上がったのが、この家という事になる。もっとも、クイトに教わった魔法道具の知識から考えると、かなり効率の悪い家でもあるのだが。


 ――さらにパスティカ達からの知識を加えると、もう子供の作った工作状態だというね……


 今同じものを作るなら、もっと高効率のものが作れるだろう。とはいえ、魔法を使っている部分は水回りが主だし、一軒家なのでそこまで効率にうるさくなる必要もなかった。


「それで? 明日はどこへ向かうんだ?」

「明日はここかな?」


 ローテーブルの上に映し出された地図の、ある一点を指差す。一番都市の影響圏外から出てもこうしたものが使えるのは、都市から持ち出した道具があるからだ。


 都市の所有権はティザーベルにあるので、何をどれだけ持ち出しても誰にも文句は言われない。


 今テーブルにあるのは、あらかじめ入力しておいた映像データを空間に映し出す道具である。


 地図上には、灰色の点と現在地を示す赤い点、それにまだ訪れていない事を示す緑の点がある。


 ティザーベルが指差したのは、現在地から少し離れたところで、地図の表記では沼地となっていた。


「大体、馬車で二日程度の距離かな」

「かなりあるな」

「まあ、しょうがないね」


 街道があるとはいえ、整備があまりされていないので馬車の速度を上げられない。馬で走った方が速いのだろうが、二人が乗っている馬車の馬は、幻影でいるように見せているだけで、実際は馬車のみで動いている。


 都市から悪路も問題なく進める地上車を持ってくる案も出たが、やはりそれでも一日に稼げる距離は馬車とあまり変わらない。


 なら、このままでいいだろうという結論に達していた。


「食料の方は、足りそうか?」

「大丈夫。しばらく都市に戻れないってわかった段階で、保存食料の大半を持ってきてるから。このまま都市に戻れなくても、十年くらいならもちそうよ」

「そ、そうか……」


 一番都市に残っていた六千年前の保存食料はさすがに廃棄したけれど、その後都市で生産された食料のうち、かなりの数を移動倉庫に入れてきている。


 しかも、現在も一番、五番両都市で食料は生産され続けているのだ。このままでいけば、数年で帝国民数年分の食料が備蓄されるだろう。さすがに数年程度の保存ならば、問題なく食べられるはずだ。




 翌朝はあいにくの雨だった。


「本当なら、ここでもう一泊と言いたいところだけど……」

「先を急ぐのだろう?」

「そうだね」


 どうせ移動は馬車で、車内にいれば天候は気にしなくていい。家を移動倉庫にしまうと、馬車に乗り込んで出発した。


 目指す沼地は、ここからこの馬車を使っても日数がかかる。天候が悪くなれば、それだけかかる時間が増えるだろう。


 順調に走っていた馬車が、途中で急ブレーキをかけた。普通なら座席から放り出されそうなものだが、馬車には慣性法則を少しねじ曲げた急ブレーキ対処がなされているので、少し前のめりになった程度ですんでいる。


「何があったの?」

「人です」


 ティザーベルの問いに簡潔に答えたのは、ティーサだ。こんな土砂降りの街道に出てくる人など、盗賊の類いだろうか。


 警戒していたら、どうやら怪我人らしい。


「どうなさいますか?」

「確かめてくる」


 そう言って馬車を飛び降りると、フローネルも出てきたようだ。二人で馬車の前に倒れている二人に近づく。


「た、助けてください!」


 まだヒエズバス国を離れて少しだからか、使われている言語があちらと同じだ。また言語情報の取得からやらずにすんだのは、正直助かる。


「どうしたんですか?」

「け、獣が、村を襲っているんです! どうか、軍を呼びに行くのに、馬車を使わせてください!」


 切羽詰まっているのはわかるけれど、いきなり目の前に現れた人間に「はいそうですか」と馬車を貸す人間はいないだろう。


 それに、村を襲う獣というものに興味がある。ティザーベルの魔物センサーが反応するのだ。無論、そんなものはない。ただの勘である。


「馬車は貸せないけど、手なら貸すわよ。村を襲う獣って、どんなのか教えてくれる?」


 そう言いつつも、移動倉庫から塗り薬を取り出した。いつぞや、クイトと一緒に作った練習用の傷薬である。中級を取り出したので、普通の怪我なら問題ない。毒を受けている場合には、また別の薬が必要だが。


 相手も動揺しているのか、受け取った薬とティザーベルを交互に見つめつつ、聞かれた事に素直に答える。


「山のヌシです。大きな猪で、畑を荒らすだけでなく、今度は家畜が狙われました。それを阻止しようとした仲間が弾き飛ばされたんです」

「その傷は、猪に?」

「いえ、これは途中で野犬の群れに……ああ!」


 いきなり怯えた声を出す男の声に応えるように、遠くから遠吠えが聞こえてきた。

 これは……


「ネル、彼等の側にいて。馬車の側にいれば、結界が効くから」

「待て! ベル殿は……ベル殿!!」


 フローネルの言葉を待たず、ティザーベルは走り出した。思えば、ここずっと自分は「狩り」をしていない。人外専門を謳っているのに、これではいけないのではないか。


 そんな言い訳を思い浮かべながらも、彼女は足を止めない。既に獲物の位置は捕捉済みだ。向こうもこちらを獲物と認識して、近づいてきている。


 丁度いい。これなら足に強化をかけて駆け回る手間が省けるというものだ。おあつらえ向きに周囲には人の目がない。


 つまり、魔法を使い放題という事だ。


「ひゃっはー!!」


 つい、そんな声も出ようというものである。




 野犬は、全部で三十匹近くいた。全て絶命している。この手の相手は楽でいい。毒を吐くでなく、牙もたいした事はない。ちょっと強めの結界で覆った後、酸素を抜けば簡単に倒せるのだから。


「これ、素材になるのかな……」


 魔物なら、かすかにでも魔力を感じるものだが、これらからは一切感じ取れない。つまり、ただの野生の犬だった。


 この辺りの気候では、毛皮は不人気そうだ。売るなら、もっと北にいったところでないと。


 仕方なく、拡張鞄になっている袋に詰め、移動倉庫に放り込んでおく。もしかしたら、帝都で捌けるかもしれない。


 全て終えてから、馬車に戻る。へたり込んでいる男性二人を見下ろす形で、フローネルが腕を組んで立っていた。


「! ベル殿!」

「お待たせー。全部狩ってきたよー」


 へらっと答えると、フローネルのまなじりがキリキリと上がっていく。


「ベル殿!」

「な、何?」

「何も! 言わずに! 単独行動は! 控えていただきたい!!」


 一語一語区切って言う辺りに、フローネルの怒りが透けて見えた。さすがに反論する気にもなれず、素直に謝っておく。


 やっと彼女の怒りが収まった頃に、一つの提案をした。


「それでさ、彼等の村、行きたいんだけど、いいかな?」

「……もしかして、猪を狩りに?」

「そう! もしかしたら、お宝かも知れないんだよ!!」


 勢い込んで言うティザーベルに、今度はフローネルが押され気味だ。とはいえ、彼女も気になっていたらしい。


「いくらユルダとはいえ、困っているのを放っていくのは気分が悪い。それに、彼等の村には同胞はいないようだし」


 ヒエズバス国内のエルフ達を救出出来た事で、フローネルの精神にも少し余裕が出てきたらしい。いい事だと思う。


 そうと決まれば、馬車の下でへたり込んでいる二人に道案内を頼まなくてはならない。怯えきっている彼等が、使い物になればいいのだが。

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