百七十九 森の中の村
結局、彼等を住んでいる村に送っていくという名目で、道案内させる事にした。
その際に、自分達は優秀な狩人である事、手口は教えられないが、彼等を追っていた野犬の群れも退治した事を告げている。
もっとも、二人がどこまで信じたかはわからないけれど。
「村は、ここから遠いの?」
「いや、馬車ならすぐだ。森の小道通りに行けばいい」
「そうなんだ」
どうやら、彼等の村はあまり余所と交流がないらしい。街道から外れた森の奥、しかも通じているのは馬車が一台やっと通れる程度の細い道。
この道は、普段荷馬車くらいしか通らないそうだ。その道を行く馬車の車内で、怪我をしていない方の男が口を開いた。
「な、なあ。やっぱり、街に応援を頼んだ方が……」
「それについては大丈夫だって、何度も言ったでしょ? それに、街に行ったところで、誰が助けに来てくれるの? 宛てはないって言ってたじゃない」
そう、この男達、街に行って頼み込めば、誰かが手を貸してくれると思っていたという。あまりの脳天気さに驚きだ。それとも、この地方はそういう互助精神が生き残っているのだろうか。
『多分、違うと思うわよー? 単なる彼等の思い込みじゃないかしら?』
脳内のパスティカの言葉に、なるほどと納得した。他の村や街との交流があまりないから、村の中での人間関係をそのまま他の街に当てはめたらしい。
これで冒険者組合のような組織があれば、そこに依頼を出せばいいのだけれど、それもこの辺りの国にはないのだから困る。
「下手な相手に引っかかったら、金だけ巻き上げられて大変な目に遭うのではないか?」
「だよねー」
男二人に聞こえないよう、フローネルと内緒で話した。彼女ですらそう思うのだから、この二人の危うさはかなりのものだろう。
細い道は足下が悪く、普通の馬車ならかなり速度を落とさなくてはならない。だが、この馬車はどんな悪路でも問題なしだ。何せ、車体丸ごと結界で覆っているのだ、石で舗装された道よりも走りやすい。
そんな道を行く事三十分程、ようやく村らしき場所が見えてきた。御者席にいるティーサが知らせてきた。
『村が見えてきました』
知らせと共に、馬車が減速する。
「到着したみたいだよ」
ティザーベルの言葉に、何故か男二人が顔を青くした。どういう事なのだろう。フローネルと顔を見合わせるも、当然彼女も思い当たる節はなかった。
村は、森の中に隠れるようにあった。モグドントのように周囲を丸太の塀で囲み、入り口には櫓が建てられている。
――獣に対する防御? それとも……
別の何かを警戒してのものか。
その櫓の上では、何やら騒動が起きている。おそらく、この馬車が原因だろう。
「二人とも、村の人にこっちが敵じゃないって、報せてくれない?」
にっこり笑って頼んだのに、男二人は何故か青くなって縮み上がっている。一体、何をしたというのか。
内心むっとしていると、あっという間に馬車が囲まれたようだ。周囲の男達は全員武装し、武器として槍を持っている。
「……物騒な歓迎だね」
のんびり構えていると、馬車のドアが乱暴に開けられた。
「出ろ!」
一瞬、ここで魔法を使って蹴散らそうかと思ったが、得策ではないと諦める。無愛想な顔で馬車を降りると、あっという間に拘束された。
「こんな事やってる暇、あんのかねえ?」
思わずぼやいた言葉が、隣にいた男に聞こえたらしい。激高した男が槍を振り下ろした。
「ぐ!!」
常に体の周囲に結界を張っているので、それに阻まれたよようだ。反動が腕にいったのだろう、槍を取り落として痛みに腕を押さえている。
一挙に、周囲が気色ばんだ。
「ベル殿……」
「えー? 私、何も悪い事してないよ?」
とぼけても、フローネルは見逃してくれないらしい。じとっとした目で見つめてくる。
だが、こちらから積極的に何かした訳ではないのは、本当だ。たとえ周囲の男達の目が殺気立ったとしても。
槍の穂先を向けて威嚇してくる男達の中から、一人が歩み出てきた。
「お前達は、何者だ?」
「人に尋ねる前に、自分から名乗れってお母さんに教えてもらわなかったの?」
「貴様ぁ!!」
ティザーベルの返答に、前に出た男より先程槍で攻撃してきた男が怒鳴る。余程反撃を食らったのがお気に召さないらしい。怒りに燃えた目でこちらを睨んでいる。
その槍の男を、前に出た男が腕で制した。
「俺はこの村を預かる、バーフだ」
「……ベル。旅の者よ。こっちは仲間のネル。ここに来たのは、彼等から話を聞いてぜひとも狩りをしたいと思ったから」
ティザーベルの言葉と共に、フードをかぶったフローネルと、今にも倒れそうな様子の男二人が馬車から降りてきた。
「お前達!」
「今までどこに行ってたんだ!!」
「まさか、二人だけで逃げようとしたんじゃないだろうな!?」
あっという間に、馬車の周囲にいた男達はこちらの事など放っておいて、青い顔の二人を取り囲む。二人はその真ん中で、ブルブルと震えるばかりだ。
「こいつらを、どこで拾った?」
バーフに聞かれ、ティザーベルは素直に答える。
「この道がぶつかる街道で。怪我していたし、馬車の前に出てきたから無視出来なくて」
嘘は言っていない。ちょっと、野犬の群れを退治したりしたけれど、彼等には直接関係ない事だ。
バーフは何やら考え込んだ後、ふと今気づいたと言わんばかりに問うてきた。
「ところで、何故この雨の中、君達は濡れていないんだ?」
結界を張っているからだ、と言っていいものかどうか。悩んだ末、曖昧な笑みを浮かべるに留めた。
結局、馬車ごと村に連れてこられた。とりあえず、御者の幻影は口がきけないという事にして、事なきを得ている。
村の奥、ひときわ大きな家に入り、広い部屋に通される。ここでも、椅子ではなく床の敷物に直に座るスタイルのようだ。
――そういえば、入り口で靴を脱いだっけ。
帝国は土足で部屋に入るが、元が日本人だ。靴を脱ぐ事には抵抗はない。
敷物の上に腰を下ろし、早速とばかりにバーフが口を開いた。
「それで? この村には何をしに来た?」
「大きな猪が出たって聞いて、ぜひとも狩ってみたいと思ったから」
「……君達は、狩人か何かなのか?」
「まあ、そんなところ」
「とても、そうは見えないが……」
バーフが眉根を寄せる。確かに、狩人ではない。だが、ここで「冒険者だ」と言ったところで理解は出来まい。
これ以上突っ込まれたら、どう答えるべきか。悩んでいると、すぐにバーフが話題を変えた。
「とりあえず、あの二人を連れ帰ってくれた事には礼を言う」
「彼等、街に応援を呼びに行こうとしていたみたいだけど」
「馬鹿な事を……」
確かにそうだと思いはするが、ここでそれを口には出来ない。黙っていると、それをどう解釈したのか、バーフが苦い笑いを浮かべた。
「折角彼等を連れてきてくれたところだが、あいつらは村の掟に背いた者達だ。このあと、村から追放する事になるだろう」
はて、これはどこかで聞いた事があるような話ではないだろうか。思わずフローネルの方を見ると、彼女も驚いた様子を見せていた。
これは、少し確認しておきたい。
「……ちょっと聞いてもいいかしら?」
「答えられる事なら」
「彼等が背いた村の掟って、どんなものか聞きたいんだけど」
バーフが、再び眉根を寄せた。掟を他人に聞かれては困るのだろうか。場が硬直した時、救いの手が現れた。
「彼等が破った掟は、村から勝手に出てはいけないというものよ」
「ニル!」
「村の中に入れた以上、だんまりって訳にもいかないでしょ? 大体、彼女達はここまで来てるのよ? それを無視するのはよくないわ」
置いてけぼりのティザーベルとフローネルは、いきなり現れた救いの手である女性と、バーフのやり取りを見ているしかない。
二人はここにティザーベル達がいるのを忘れたように言い争いを始めた。
「お前は黙っていろ!」
「黙っていられる訳ないでしょ! 勝手に何でも決めようとしないでって、何度も言ったわよね!?」
「村の掟は掟だ! 俺が決めた訳じゃない!」
「それだって、絶対ではないとマレジア様は仰ったわ!」
「ニル! 余所者の前でマレジア様の名を出すなどと、もう少し考えろ!!」
「兄さんこそ、ちゃんと周りを見なさいよね! そのマレジア様からのお告げよ。彼女達を連れてくるように、ですって」
「何だと!?」
何だか、本人達を置き去りに、どんどん話が変な方向へ流れている。猪狩りを楽しみたかっただけなのに。
「どうしてこうなった……」
思わずぼやくティザーベルだった。
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