百七十七 地下都市探索

 一番都市の一部が、にわかに騒がしくなっていた。里に移したエルフ達も、改めてこちらに呼び、一斉健康診断をしているのだ。


 こちらで王都に囚われていたエルフと顔を合わせた里組の中に、同じ里出身の者や身内がいたらしい。再開を喜び合う声が響いていた。


「本当に良かった」


 その様子を病院の窓から見下ろすフローネルが、ぽつりと呟く。彼女の妹も、エルフ狩りに遭い、あわや売り飛ばされる寸前だったのだ。


「検査で何事もなければいいけど」


 王都のエルフの状態はかなり悪いが、他の街のエルフ達も、いいとは言い切れない。


 何せ、長い事あの地下空間に閉じ込められていたのだ。地上に出られるのは夜のみ。日光を浴びる事がなかった彼女達の身体は、かなり弱っている。


 外傷は見当たらないので、内臓疾患等がないといい。あったとしても、ここなら完治させる事が出来るので、問題はないだろう。


 そんな様子を確かめてから、病院を出て中央塔へ移る。現在都市内の移動には自動運転のカートを利用していて、今も人が走る速度程度で走るカートに乗っている最中だ。


「ヒエズバスを出て、西に向かおうと思う」

「え?」


 カートの中で、唐突に話し始めたティザーベルに、フローネルが驚きの声を上げた。


「ここから先は、教会の力ももっと強くなるはず。それでも、ついてくる?」


 定期的に、フローネルの覚悟は問うていくつもりだ。出来れば、新しく作った里で暮らしてほしい。同族と一緒の方が、彼女にとっても過ごしやすかろう。


 捕らえられたエルフの救出には彼女の力が必要だが、四六時中一緒にいる事はないのだ。必要な時だけ里から来てくれれば。


 そんなティザーベルの考えを振り払うように、フローネルは笑う。


「ベル殿は意地悪だな。私の決意を何度も試そうとするなど」

「そういう訳では……」

「いや、わかっている。さらに西には、ベル殿のお仲間もいるのだろう? その御仁が、私を見てどのような反応を示すのか、心配しているのではないか?」


 正直、レモの反応に関しては心配はしていない。彼は柔軟な精神の持ち主だから、フローネルを見ても受け入れてくれるだろう。


 ヤードもそうだ。彼は自分にとって重要な事でない限り、流す傾向がある。


 ――そういう心配だけは、いらないね。


 どちらかというと、今現在どんな状況に置かれているかの方が心配だ。言葉が通じないのは、実体験として知っている。


 それでも、あの二人ならたくましく生き残るだろうけれど。周囲との考え方や風習の差は、埋めるのがかなり大変だ。それがわかる分、早いとこ合流したい気持ちが強かった。


「その為にも、次の都市を探すべきかねえ?」

「候補地なら、探してあるわよ!?」


 嬉しそうに、パスティカが飛び出してくる。決して広いとは言えない車内で、支援型が目の前に来るのはさすがに鬱陶しい。


「それは、中央塔に入ってからね」


 手で押しのけるようにすると、口をとがらせて不満を露わにする。本当に、作り物とは思えない程人間臭い仕草をするものだ。




 中央塔最上階の一室、いつもの場所で、地図データを表示させていた。


「候補地としては、この辺りかしら」


 光る点が、地図上にちりばめられている。一番近い場所のものでも、四つくらいあった。


「これ、全部回るの?」

「うーん。出来れば真上までは行きたいのよねえ」


 一番都市の時同様、近づけば他の都市の支援型でも都市の存在を感知出来るらしい。


 ただ、その近づく距離が問題だ。かなり近距離でないとならないという。


「一番都市の近くなら、二番都市とかになるのかな?」

「それは、違うかと」


 ティザーベルの思いつきの一言に、ティーサが顔を曇らせた。


「そうなの?」

「ええ。都市の番号は、建設された順番に付けられています。二番都市は、おそらく一番都市からは離れた場所に建設されたはずです」


 元々、研究実験都市は、お互いに影響を与えないよう、離れた位置に建設される予定だったが、その後の計画が二転三転したおかげで、影響圏が隣り合わせになるよう建設される事になったという。


 最後の十二番都市が建設されたのは、最初の一番都市が完成してからおよそ三十年経っているという。


「大分開きがあるんだね」

「そうですね。設備に関しても、最後の十二番都市が一番新しいものになっていたそうです」


 そこはかとなく、妬みのようなものをティーサの口調から感じるのは、気のせいだろうか。誰しも、最新の設備で研究したいものだろう。


 とはいえ、完成の後にも各都市には手が入り、実験器具などもその都度アップデートしていたようだ。


「話が逸れましたが、一番都市と影響圏が隣接している都市は、二番都市ではない事だけは確実です」

「な、なるほど」


 正直、何番でもいい。都市を再起動して、移動の手段に使えればいいのだから。


 だが、ここでそれを口にすると後悔しそうだ。自分の勘に従って、ティザーベルは口をつぐむ事にした。




 結局、地下都市探索に関しては、近場の候補地から回ってみる事にした。その間エルフの救出をどうしようか迷ったが、未だ答えが出てこない。


 一番都市の宿泊施設で使用している私室で一人、ベッドに横たわって天井を見上げた。


 ヒエズバスより西に行くと、いよいよ一番都市の影響圏外になる。そうなると、一番都市を経由した地下からの救出が使えないのだ。


 他の手を使えば、何とかなる。今回のアデートのように、幻影のベルで人目を引いている間に、ティザーベルの魔法で地下から救出すればいいのだ。


 だが、あまり大々的にやると、この先で行動しづらくなる。何せこの辺りは魔法が禁じられているのだ。


 魔法を使った、もしくは使ったと思われた場合、最悪処刑されるのだからたまらない。宗教柄みの分、厄介だ。


 次の都市を探しだし、再起動をしてから救出となると、時間がかかるためその分エルフ達の苦痛が増す。どちらを選んでも後悔しそうで、どうにも決断出来ずにいるのだ。


「都市の探索と同時に、エルフ救出を考えるか……でもなあ……」


 そううまく事が運べるだろうか。ここまでが奇跡的にうまく行ったのではないか。


 こちらにはリアルタイムで情報を共有出来るシステムは存在しない。せいぜい早馬で飛ばして書類を届ける程度だ。


 捕らえられているエルフは、広範囲に散らばっている。その全てを回って救出するのに、人手が少ないのはかなり痛い。自分がもう三、四人いればいいのに。


 その人手不足を補う為にも、なるべく早く次の都市を見つけなくてはならない。何だか随分と切羽詰まった宝探しゲームをやらされている気分だ。


「ゲームなら、もう少しリラックスしてやりたいわー」


 投げやりに言いながら、目を閉じた。




 一番都市から移動でヒエズバス国内最西端へ向かう。ここまでは馬車で移動した事があるので、移動が使えるのだ。


「さて、ここから先は一番都市の影響圏外だから、もう移動が使えないんだよね」

「初心に返ったと思って、無理せず進もう」

「おー」


 移動が使えないとはいえ、馬車は変わらず使える。しかも、振動を抑えた作りをしているし、何より丸ごと結界で覆って走らせるので、悪路を気にする必要もない。


 こちらの街道は舗装などされていないので、雨が降ったら平気でぬかるみになるような道ばかりだ。少しは古代ローマの気概を見習っていただきたい。


 もっとも、こちらの世界に古代ローマはないのだけれど。その代わり、六千年前には近未来的な世界が広がっていたらしい。


「そういえば、今まで気にしなかったけど、地上には六千年前の遺跡とかは、残っていないの?」

「多分、残っていないでしょうね。建材が違うのよ」


 パスティカの説明によると、コンクリートのような建材が主で強度もあったそうだけど、定期的に魔力によるメンテナンスをしないと崩壊する代物だったそうだ。


 地下都市の凍結と同時に地上でも自然派による何らかのテロがあったと想定すると、おそらくその後のメンテナンスが行われずに、建物や家具なんかも風化して消えたのだろうという事だった。


 栄華を誇ったはずの古代文明が、同じ文明の人間によって壊されるとは。なんとも皮肉な話だ。


 ――人知の及ばぬ天災でもなく、違う文明からの侵略者でもなく。


 その後、六千年経った今も、人はこうして生きている。全く別の文明を作り上げて。


 少しだけ、六千年前の景色を見てみたいと思った。支援型に頼めば、映像のアーカイブでもあるかもしれない。


 今度、見せてもらおうか。窓の外を流れる景色を眺めながら、ティザーベルはぼんやりと思った。

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