百七十五 王都のエルフ達
しばらく混乱していたエサレナだが、詳しい説明を聞いてさらに混乱したように見えた。
「え……どういう事……? そんな事をして、あなたにどんな益があるっていうのよ?」
「益ねえ……知り合いの知り合いが困ってるから助けたって感じ?」
「はあ?」
エサレナとのやり取りを聞いていたフローネルが、噴き出している。エサレナはそれにも気づかないようで、呆然と呟いた。
「信じられない……」
「信じなくてもいいけど、事実だよ。まあ、こっちにやれるだけの力があったからってのもあるし」
後は、腹立たしい罠のせいか。あれでこの大陸に飛ばされなければ、エルフ問題に首を突っ込む事もなかったし、この都市を再起動させる事もなかっただろう。
過去のテロリスト達に感謝する事はないけれど、うまい具合にあれこれはまったものだ。
ひとしきり驚いたり呆れたりしたエサレナだが、どうやら落ち着いたようだ。
ここにティザーベル達を呼んだ本題に入った。
「助けてくれたあなた達には、知らせておくべきだと思ったの……王都の、エルフの境遇について」
ティザーベルは、フローネルと視線を交わす。これまで救出してきた街のエルフ達に比べて、目の前のエサレナは明らかに様子が違う。
ここまで虐待の跡があるエルフは初めてみた。基本的に、彼女達は娼館に捕らえられている。
客を取らされているのだから、見た目にはそれなりに注意が払われたのではないか。
だが、目の前のエサレナは違った。治療後だからそこまで酷くはないが、ここに連れて来た当初は見られたものではなかったと聞く。
王都では、エルフの扱いが他の街とは違うのだろうか。
「他の街で捕まっていた子達がどういう目に遭っていたかは、大体予想が付くわ。でもね、多分、王都にいる私達が一番酷い目に遭っているのよ」
「それは……あなたの全身の傷と関係がある?」
「ええ……」
エサレナは肯定しつつ、自分の肩をなでさすった。腕の部分には複数回の骨折跡があったらしい。他にも骨折跡は多く見つかり、中にはいびつな形で固まってしまった箇所もあるのだとか。
それらは全て、ここで治療済みである。
「『客』の一人が言っていたわ。余所で出来ない遊びがしたければ、王都に来るといいと仲間に言われたそうよ」
つまり、王都では加虐趣味を満たす変態プレイが楽しめる店があるという訳だ。
「その客は、あなたにそんな話しを聞かせても良かったのかしら……」
「問題はないわよ。私の口から漏れたとしても、同好の客か捕まっているエルフくらいにしか広まらないもの。店の外に漏れ出なければね」
エサレナの話しでは、そうした連中は主に高い身分の連中が多いという。大枚をはたいて自分の変態趣味を満足させる訳だ。
――まあ、エルフは娼婦の中でも高値だろうから、それなりの財力がなければ通えないだろうしね。
娼館は他にもあるけれど、地下にエルフを捕らえている店は一見そうとはわからないような設えのところが多い。しかも、娼館が建ち並ぶエリアからは微妙にずれているのだ。
差別化を図った結果か、それともエルフの存在が教会的にまずいからか。その辺りは、エサレナからの情報でわかった。
「店が離れているのは、客がそこに通っているのを周囲に知られたくないからよ。この国の法では、私達には市民権はない。だからどう扱っても、法的に罰せられる事はないのよ」
彼女の言う市民権は、人権と捉えてもいい。こちらの世界には基本的人権の考え方がないので、法で守られるのは国や自治体から市民権を獲得した者のみなのだ。
そうでなければ、ヤランクスなどという組織がおおっぴらにエルフ狩りなど出来るはずもない。
「奴隷として狩られるのが、市民権を持つ市民国民でない限り、上は目をつぶるって事か……」
「目をつぶるどころか、自分達も楽しみに来るわよ」
エサレナの言葉に、ティザーベルは小声で「ダメだこりゃ」と呟いた。
エルフ問題を根本的に解決するなら、その法そのものを変える必要があるけれど、多分ネックは教会だ。政教分離が出来ていない国なら、法にも宗教的な教えが幅を利かせる。
法律を変える為には、教会の教えそのものを変革する必要が出てきた。さすがにそこまでは出来ない。
――一時しのぎみたいなものだけど、捕まったエルフを助けて逃がし、二度と捕まえられないように対策を取るくらいかな……
ティーサによれば、小さい里は結界の力が弱いという。一番都市の影響圏内であればこの先ティーサが調整を行えるそうだが、圏外までは無理だという。
可能性としては、里が影響圏内に入る都市を再起動させて、結界の調整をその都市の支援型にさせる事だそうだ。
問題は、影響圏の都市がどこにあるかわからないところか。
星の目を使い、パスティカに候補地を絞ってもらったけれど、それでも結構な数だ。
幸い、エルフの里はヒエズバス国の西側に集中していて、おそらく一つの都市で全てをカバー出来るという予測が立っている。
まあ、今は都市の事より目の前のエサレナの話しだ。
「……王都には、貴族とかが多いのかな?」
「他の街に比べると多いでしょうね。多分、その大半が私達と面識があるわよ」
それすなわち客として来たという事か。
「救いようがないね」
「それに、たまにだけど王城にも連れて行かれた事があるし」
「マジで!?」
王城に出張という事は、まず間違いなく相手は国王だろう。エサレナも肯定していた。
一国の王が、加虐趣味を持つとかシャレにならない。
「広場のおばあさんの話じゃ、いい領主いい国王って事だったけど」
「ユルダにとってはそうでしょうよ。でも、私達にとっては最低な客の一人だわ」
国のトップが加担しているとなると、周辺の里の強化も急いだ方がいい。まだこの辺りなら、一番都市の影響圏内だ。
「ティーサ、各里の結界強化、頼める?」
「お任せください」
「こんな事なら、王都から救出すれば良かったね」
「だが、そうすると街のエルフ達が王都に連れてこられただけじゃないか?」
ティザーベルの問いに、フローネルの鋭い意見が返ってきた。エサレナも彼女と同意見らしい。
「とにかく、ユルダ達は私達を物としか見ていないわ。私があの広場に引き出されたのも、処刑されるとこが見たいって客の要望があったからよ」
「うえ……」
「多分だけど、あの場で処刑されたエルフはいると思うわ。そんな口ぶりだったから……」
救えなかった命があった事に、フローネルが拳を握りしめる。その姿に、あるアイデアが浮かんだ。
「ねえ、その処刑を望んだ客って、どんな相手かわかる?」
「え? えっと……確か店の男が『ヤーデダ侯爵閣下』って呼んでたわ。大抵の客の事は、旦那としか呼ばないのに」
他の客がいる場所で身元がバレると困る事もあるのだろう。だが何かの拍子に、店の男と客が二人きりになり、その場で呼びかけた名だそうだ。
「侯爵……ね」
ティザーベルは、ちろりとパスティカを見る。彼女も心得たもので、すぐに名前から王都の屋敷その他を割り出した。
「屋敷は王城に近い場所にあるわね。国の中でも権力に近い場所にいるんじゃないかしら」
「じゃあ、そのヤーデダ閣下の館の屋根で、派手に騒いでもらいましょうか」
ティザーベルは、パスティカと二人でにやりと笑う。折角ベルという悪魔を仕立て上げたのだ、使わない手はない。
「どうせだから、他にも表沙汰にされたくないあれこれ、探るのも手じゃない?」
「いいね。どうせ叩けば埃の出る体だろうから、思いっきり叩いてあげようじゃないの」
悪い顔をして笑う二人に、フローネルとエサレナが引いているのがわかる。
だが、悪人が地獄に落ちようがどうしようが、配慮はしない。むしろ積極的にたたき落としに行くのがティザーベルのスタイルだ。
「遠慮はなしよ。思いっきりいきましょう!」
ティザーベルの鼓舞する声に、支援型二体だけは元気よく応えた。
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