百七十四 エサレナ

 夕飯時、宿泊施設のメインダイニングでフローネルが切り出した。


「それで? どういう事なのだ?」

「どういうって、何が?」

「いや、ベル殿が悪魔と呼ばれた事についてだ!」


 ああ、あの事かと納得する。そういえば、あの時話は後でと言ったか。


 どうやら、フローネルは未だに腹に据えかねているらしい。だが、元々あの「ベル」は作り物だ。それがどのような言われようをしようとも、ティザーベル本人としては痛くもかゆくもない。


 まずそれを説明してから、今後の予定を話した。


「あの場で『ベル』は悪魔だって印象を植え付ける事に成功したから、今度街中であの姿が現れたら、確実に人の意識はベルに向かうでしょ?」

「そうなるだろうな」

「ベルが人々の注目を引いてる間なら、地下からエルフが消えても不思議には思わないんじゃない?」

「だが、今日の様子だと、悪魔がエルフを奪いに来ると思われるんじゃないか?」

「それもそうか……なら、ベルを出現させる場所を、エルフが捕らえられている店から離せば、いけるんじゃないかな」


 ベルが現れるところでエルフに逃げられると学習していれば、店にベルを近づけないように動くのではないか。


 その際、地下から出られないよう出入り口を固める方向でいってくれれば、なおいいのだが。


「ティーサ、移動って、いっぺんに複数組を動かせるもの?」

「出来ますけれど、その為には一度地下に行っておいた方がいいですね。その際に目印を打っておけば、遠隔操作で移動させます」


 これが出来るのと出来ないのでは大きな差があるが、問題ないようだ。


「なら、説得を兼ねて、またネルに頑張ってもらおうかな?」

「任せてくれ。今度こそ、しっかり説得してみせる」

「いや、肩の力抜いて。ね?」

「う、うむ……」


 変に力が入った状態だと、出来る事も出来なくなる。説得がうまくいかないと救出が面倒になるので、ぜひとも成功させてもらわなくては。


「そうだ、例の広場にから連れてきた女性、その後どう?」

「容態は落ち着いています。つい先程意識が回復したようです」


 今は病室でおとなしくしているらしい。大きな怪我としては、骨折が複数箇所見られるのと、内臓にも傷があるので、完治には少し時間がかかるそうだ。


「そう……ネル、一回彼女に面会して、諸々の説明をしておいてくれる?」

「ああ」


 いくら安全な場所だとはいえ、何もわからないままでは心細いだろう。この先に希望が待っているとわかれば、治療にも前向きになれるのではないか。


 平行して、地下のエルフ達の説得にも向かわなくてはならない。フローネルは大忙しだ。




 諸々のスケジュールを組み、明日からの行動に備える。フローネルは地下のエルフ達に手紙を書いたり、病院の彼女の見舞いに行ったりしていた。


 一方のティザーベルはといえば、中央塔の最上階で地図を睨んでいる。


「大分広範囲にわたってエルフが捕らえられているよね」

「そうね。それに、今もヤランクスとやらが動いているようよ?」


 こうしている間にも、エルフ狩りが行われているという。懲りない連中だ。以前偶然にも潰した組織はかなり大きなものだったので、被害に遭うエルフの数は激減しているようだが、まだゼロにはなっていないという。


「そっちも潰さないとなあ……連中の居場所って、わかる?」

「わかるけど……残念ながら、一番都市の影響圏外らしいわ」

「移動は使えないか……じゃあ、途中まで移動で、その後は馬車かな」

「そうなりそうよ」


 地図上に、一番都市の影響圏が円で示され、そこから外れたヤランクスの活動場所やエルフの里、また捕らえられているエルフがいる街が紫で示される。結構な距離と数だ。


「ヤード達を迎えに行くのが、遅くなりそう……」

「いっそ、二人を先に拾って、その後戻って問題解決に動けばいいんじゃない?」

「その方がいいかな……」


 直線距離で、レモのいる場所がここからざっと三千キロ近くある。空を行くのでもない限り、かなりの移動距離だ。


「これを行って帰ってくるのか……何とか効率のいい往復の道のりを考えないと」

「それは私達の役目よ。あなたは、方向性を示せばいいの」


 そんなものだろうか。悩みはするけれど、当の支援型が言うのだから、任せてもいいのかもしれない。


 というより、既に頼り切っている自分がいる。


 ――ちゃんと自立していた頃に戻れるかな……


 現状、そちらの方が心配だった。パスティカ達の能力は、便利すぎる。一度味わったら、忘れられなくなりそうだ。




 翌日の朝には、フローネルが手紙を書き終えていた。全て手書きの上、複数必要だから面倒だっただろうに。


「手紙、お疲れ様」

「いや、今の私には、このくらいしか出来ないから。説得も、頑張る」

「うん」


 手紙も説得も、フローネルにしか出来ない事だと何度も言ったせいか、ポジティブになってきている。短い付き合いではあるが、フローネルにネガティブは似合わない。


「じゃあ、今日はその手紙の配達くらいかな?」

「そうだな……あ、エサレナが、ベル殿に話したい事があるって言っていた」

「誰?」


 聞き覚えのない名前だ。聞き返すと、フローネルから病院にいる彼女の事だと言われる。


 何でも、アデートにいるエルフの今を伝えたいそうだ。


「ふうん……彼女は、私が人間だって知ってるの?」

「私が説明した。最初は信じていなかったが、広場からここに連れてきたのも、治療を施してくれたのもベル殿だと言ったら、話してくれると」


 実際にあれこれ動いたのはティーサなのだが。まあ、彼女に指示を出したのはティザーベルなので、一応間違ってはいない。ティーサは、エルフに関してはこちらの指示以外で動こうとはしないから。


 相変わらず提案はしてくるけれど、ティザーベルがゴーサインを出さなければ動かないのだ。その辺りは、さすがは支援型というべきか。




 広場で救い出したエルフ、エサレナのいる病院は中央塔から見て左端にある建物だ。


 周囲を緑で覆われた建物で、高さは三階建てだが幅が広いので大きく感じる。

 ここの二階にいるらしい。


「エサレナ、フローネルだ。入ってもいいか?」

『ええ、もちろん』


 引き戸の向こうから聞こえた声は、しっかりしている。治療は順調にいっているらしい。


 病室は淡い色合いでまとめられた部屋で、よくある白一色ではなかった。手すり付きのベッドに起き上がっていた女性、エサレナがこちらに微笑みかけてくる。


「あなたが『ベル殿』ね。助けてくれて、ありがとう」

「どういたしまして……出来ればティザーベルと呼んでもらいたいわ」

「わかったわ。私の事はエサレナと呼んでちょうだい」


 病室内に入り、椅子を引っ張ってきてフローネルとベッドの脇に腰を下ろす。ティーサとパスティカはティザーベルの肩の上だ。


「その小さい子が、実際に助けてくれたのね。何だか、不思議」


 曖昧な表情で支援型達を見るエサレナは、ティザーベルに向き直った。


「助けてもらった身で、こんな事をお願いするのは間違っているのかもしれないけど、お願い! あなたの力で王都のエルフ達を救ってほしいの!」


 ティザーベルは、思わずフローネルと顔を見合わせる。どうやら、彼女はエサレナに計画を教えていないらしい。


 頭を下げるエサレナに、ティザーベルは顔を上げるように言った。


「まだ本調子じゃないんだから、無理はしないで。それと、捕まっているエルフ達は、本人の意思を確認した後全員救出するから」

「本当に!?」

「ええ。その為の下準備も終わったし。ね?」


 フローネルに話を振ると、無言で頷く。手書きの手紙をあの数揃えるのは、大変だっただろう。それに、これから説得という大仕事も残っている。


 エサレナは、こちらを見て目を潤ませていた。


「……ありがとう。感謝してもしきれないわ」

「最初からそのつもりでアデートに行ってるから。あ、ヒエズバス国内で囚われていたエルフは、アデート以外全員救出済みだから、安心して」

「え?」

「それと、あなたも治療が終わったら、ちゃんと行き先があるから」

「はい?」

「救出したエルフだけで、新しい里を作ってあるの。そっちに送るから。ちゃんと自給自足出来るだけのものはあるから、心配しないでね」

「あの……どういう事?」


 続きざまにあれこれ聞かされたエサレナは、キャパオーバーを起こして思考が止まっているらしい。


 その様子を見ながら、フローネルと顔を見合わせて苦笑するティザーベルだった。

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